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第20話 そういえば
千早の部屋に着くなり、俺はバスルームへと連れ込まれてしまった。
「なんだよ、何が気に入らないんだよお前」
文句を言いつつ、それでも服を脱ぎながら尋ねると、千早は明らかに不機嫌そうな顔になる。
「匂いがする」
また匂いかよ。
「匂いって何」
先に裸になった千早は俺の腰へと手を回すと、そのまま身体を引き寄せてきた。
俺、まだ上しか脱いでないんだが?
千早の、膨らみ始めたアレが腹にあたり、変な気持ちになってくる。
「お前から、僅かに別の男(アルファ)の匂いがする」
と、不機嫌な声で言った。
男の……匂い?
意味がわからずきょとん、とすると、千早は小さく首を傾げた。
「心当たり、本当にない?」
「ねえよ!」
そう答えてから、瀬名さんに触られたのを思い出す。
だけど、あんなんで匂いがつくか?
つくわけねえよなあ……
俺がはっきりと否定したものだから、千早は怪訝な表情になる。
「本当に……?」
「あぁ。バイト行ってただけだぞ、俺は。まあ、アルファはバイトにいるし、客とかにいたかもしれねえけど」
アルファとオメガは人口の一パーセントを下回ると言うが、あんだけ客が来たら何人かいてもおかしくないだろう。
「……バイトに、いるのか?」
千早が尖った声で言い、目を細める。
なんだよこえーんだけど?
俺、なにかまずいこと言っているか?
何が何だか分かんねえよ。
「琳太郎」
「はい」
怖い声で言われ、思わず緊張した声で返事をしてしまう。
「そいつに近づくな」
「え? な、な、なんでだよ」
「信用できないから」
「んなこと言われても、バイト時間被るし無理だよ」
「ならバイトや……」
「めねーからな。俺は免許取りたいって言ってるだろうが!」
さすがにそこまで縛られるのは嫌だ。
俺の言葉を聞き、千早は口をぎゅっとむすぶ。
「免許……」
と呟き、視線を落とし何かを考え込んでいるようだった。
なにこの沈黙、怖いんですが?
何企んでるんだこいつ。
俺は千早の胸に手を当て、強い口調で言った。
「とにかく! バイトはやめないからな! ほら、風呂入るぞ!」
そして俺は千早の腕から逃れ、下も脱ぎ風呂場へと入って行った。
瀬名さんはそもそも大学が違うし、バイトで会うのも週に三回あるかどうかだ。
あ、でも今日連絡先教えたんだった。
まずかったかな?
……いや、そんな何か起こるわけないだろう。うん。起こらねえ、よな?
俺はオメガじゃねえし。
ていうか、アルファってオメガを奪い合うとかあるのかな?
運命の番ってやつじゃなかったら、別にオメガなら誰でもいいわけだよなあ。
あ、それはベータも同じだから、三角関係とかあるか。
他のアルファのことは知らねーけど、千早の話を聞く限り、オメガの奪い合いとかめちゃくちゃドロドロしそう。
そんなことを考えながら身体を洗っていると、背後から手を回されスポンジを奪われてしまった。
「本当に、何にもないんだよな、琳太郎」
「だからない、って言ってるだろ? だいたいアルファの匂いとか俺には分かんねえし。そんな簡単につくもんなのかよ」
「ただ会っただけじゃつかないから心配してるんだろ」
心配、なのか? それ。
何か違う感情を感じるが。
千早は俺の身体をスポンジで俺の腹を洗いながら、空いている手で胸を撫でていく。
「心配って……ちょっ……」
「まさか、お前のことでこんな想いを抱えるとは思わなかった」
「あ……」
指が乳輪をなぞり、スポンジは下半身へと下りていく。
「ちょ、千早、何で……」
「お前なら大丈夫だと思っていたのに。そんなところに伏兵がいるとは思わなかった」
「ひっ……」
スポンジが俺のペニスに触れ、内股を滑っていく。
「琳太郎、本当に、バイト辞め……」
「だ、だからそれは譲れねえって言ってるだろ……あぁ!」
乳首を抓られ俺は、身をよじり千早の腕から逃げようとする。
けれど、がしり、と身体を押さえつけられ逃げることは叶わなかった。
「お前のここから、匂いがするんだよ」
言いながら、千早は俺のうなじをぺろり、と舐めた。
「そんなところ……」
と、言いかけて思い出す。
そう言えば、触られたっけ。
瀬名さんに。
なんで撫でられたんだろう、と思ったけど、もしかして理由があった?
え、なんで?
「琳太郎。誰にも触らせるなよ。お前、無防備すぎるから」
「む、無防備とか、俺は普通だろうが」
「相手も普通の相手ならいいが。でも、アルファがお前に興味を持っているかもしれないんだろう?」
瀬名さんが、俺に?
いやいやいや。
俺はベータだ。
そういうのはオメガを挟んでやってくれないかな?
「なんで俺なんだよ……」
「そいつの考えはわからんが、いいか、琳太郎、絶対にそいつとふたりきりになるなよ」
ロッカールームで瀬名さんとふたりきりになることなんて週に一回はあるから、ふたりきりになるなは無理なんだけどな。
けど、そんなこと言ったらどうなるかわからないので黙っていることにした。
言ったら何しでかすかわかんねえし。
「連絡先とかも教えるなよ」
それはもう手遅れだが、なにも言わず俺はただ頷くことしかできなかった。
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