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第19話 土曜日の夜に
本屋の閉店時間。
中に客が残っていないか確認した後、自動ドアの鍵をかけシャッターを下ろす。
そんな閉店作業を終えてロッカールームに行き、着替えていると瀬名さんが声をかけてきた。
「なあ結城、この後暇?」
「え? いや、友達とメシを喰う約束してて」
ドキドキしながらそう答えると、瀬名さんは腕を組み残念そうな顔をする。
「なんだぁ。一緒に飲みに行こうと思ったのに」
「何言ってんすか。俺、まだ未成年ですよ」
呆れながら答えると、瀬名さんは、あ、という顔をして声を上げて笑った。
「ははは、そっかー。言われてみれば僕も、未成年だわ」
「じゃあ、飲みになんて行けないじゃないですか」
「残念だなあ。僕、あとちょっとで誕生日なんだけどなー」
それでもだめだろう、飲酒は。
「飲みに行くは冗談として、飯に行きたかったんだけど、じゃあ、次の機会でいいや」
と言い、彼はスマホを綿パンのポケットから取り出した。
「だからさ、連絡先、教えて?」
胸の前で、両手でスマホを挟み、笑顔で首を傾けて、お願いポーズをしてくる。
十九の男がやっても、正直可愛くはないんだけどな、それ。
そう思いながらも断る理由はなく、俺は瀬名さんと連絡先の交換をした。
「やったー。結城の連絡先ゲットー」
「そんなの嬉しいですか? 俺よりもっといい人いるでしょう」
内心呆れつつ言うと、瀬名さんは不意に俺の肩を掴み、顔を近づけてきた。
え、なにこれ、怖いんですが。
彼は目に怪しい光をまとい、にやりと笑っている。
「僕、今は君に興味津々なんだよね」
「いや、意味わかんないんですけど。俺、オメガじゃないですよ?」
「わかってるよ。君からはそう言う匂いはしないから不思議に思ったんだもん」
そう言って、彼はすっと、離れて行く。
不思議に思ったって何が?
あぁ、さっき言っていたアルファの匂いってやつのことだろうか。
そんな匂い本当にあるのかなあ。
自分ではよくわからない。
宮田からも、何も言われたことないしな……
考えていると、瀬名さんは満面の笑みを浮かべて手を振った。
「じゃあ、またね、結城」
そして瀬名さんは、ロッカールームを出て行った。
あの人がご飯に誘ってくるなんて、初めてだよなあ。どうしたんだろ?
疑問を抱きつつ、俺は帰り支度を進めた。
外に出ると、むわ、とした空気と共に汗がじわりと噴き出てくる。
やべえ、暑い。
早くコインロッカーに置いてきた荷物を確保して、あいつの家、行かねーと。
そう思っていると、スマホが着信を告げた。
メッセージを確認すると、相手は千早だった。
あいつは、大学がある時やバイト中は、一切連絡をしてこない。
だから連絡が来るのは昨日の夜ぶりだ。
『バイト、終わった?』
『今終わったところ』
『近くにいるから迎えに行く』
すぐにそう返信があり、俺は思わず辺りを見回した。
いったいどこにいるんだ、あいつ。
いや、それより荷物を回収しねえと。
俺は、コインロッカーに急いで向かった。
歩きながら、俺はメッセージを返す。
『近くってどこだよ』
『とりあえず、東口のコンビニ前に来て』
俺は急いでロッカーから荷物を取りだし、コンビニへと走って行った。
二十一時を過ぎると、さすがに人通りは少ない。
カップルの姿や学生と思しき集団が、酔った様子で楽しそうに駅の中に入っていく。
約束の場所であるコンビニ前に行くと、ちょうど中から千早が出てきた。
彼は手に、ペットボトルの炭酸ジュースを持っている。
千早は俺を見ると、
「お疲れ」
と言いながら、そのジュースを差し出した。
「え、俺に?」
受け取りながら答えると、彼は頷きながら言った。
「あぁ。今日、暑いからな」
確かに暑い。ペットボトルを見て、俺は喉が渇いていることに気が付く。
俺は礼を言い、ペットボトルの蓋を開けてそれに口をつけた。
あー、美味しい。
疲れた身体に甘い飲み物が沁み渡る。
「あれ、でもなんでわざわざ迎えになんて来たんだ?」
ジュースを半分飲み、ふたを閉めながら尋ねると、彼は俺の腕を掴んで身体を引き寄せた。
「わっ……」
「そんなの、決まってるだろう」
千早の声が、耳元で響く。
「俺が、どれだけ我慢していたと思う?」
いや、一昨日やったじゃねえか。
とか。
昨日だって通話でオナニーさせたじゃねーか。
とか。
言いたいことはあったけれど、それどころではなかった。
「琳太郎……?」
不審そうな声で俺の名を呼び、彼は俺の顔をまじまじと見た。
「え、何」
「お前……いや、なんでもない。たぶん気のせいだ」
と呟き、千早は首を横に振った。
何なんだいったい。
何か俺の顔についてるのか?
んなわけないか。
「なあ、琳太郎」
「何」
「何か、変わったこと、あった?」
そう問われ考えるが特に心当たりはなく。まあ、瀬名さんに変なこと聞かれたのはあるけど、大した内容じゃないしな……
考えて、俺は首を横に振る。
「ねえよ、そんなの。バイトしてきただけだし」
「そう、ならいいけど」
そう言うと、千早は俺の腕を引っ張り、早足で歩きだした。
「ちょ……」
「でもなんか気に入らないから、早く帰って風呂入るぞ」
「は?」
何がなんだかわけがわからないまま、俺は千早に引きずられるように夜の街を歩いた。
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