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第24話 土曜日の朝

 翌日の土曜日。  朝、八時に目が覚めるとスマホにメッセージが来ていた。  相手は瀬名さんだった。  受信したのは七時頃だ。  起きるの早いなあの人。  俺は、欠伸をしながらメッセージを確認する。 『おっはよー! 今日はよろしく! 十一時だからね』  朝からテンション高めのメッセージだな。  見たからには何か返さないと、と思い、俺は眠い頭で考えて返事を入力する。 『おはようございます。わかってますよ、東口のコンビニ前ですよね? ちゃんと行きますよ。で、どこ食べ行くんですか?』  そう送り返すと、すぐ既読が付き、返事が来る。 『えっとね、駅近くの、ラルベロっていう、イタリアンレストラン』  初耳ですが?  まあ、イタリアンなら食えるものあるだろうから大丈夫だろう。  俺は、わかりました、というスタンプを返すと、すぐにハートマークが乱舞するスタンプが返ってきた。  ……なんなんだ、この人。  そこはかとない不安を抱きつつ、俺は欠伸をしつつベッドから這い出た。  昨日は千早と会っていないため、腰に痛みはない。  ……まあ、通話しながらあれこれ指示はされたけれども。  俺のバイト先である本屋は、下は黒い綿パンという規定があるが、上は何を着てもいいことになっている。  俺は仕事用の綿パンと紺色と黒のボーダーTシャツ、それに半袖の黒いパーカーに帽子を被り外に出た。  時刻は十時前。今から出て電車に乗っていけば、約束の場所に十時半過ぎには着くはずだ。  その次だと過ぎてしまうから、早めに家を出ることにした。  外に出ると、ジワリと汗がにじむ。  今日も二十五度を超えるらしい。空に輝く太陽が、忌々しく思えてくる。  雲一つない、晴れた空だ。  駅まで歩いて七分ほどの道のりは大した距離ではないはずなのに、暑さのせいで遠く感じる。  お出かけ用のショルダーバッグの中に、麦茶を入れた水筒を放り込んできてよかった。  まあ、バイトの日は水筒を持って行くようにはしているけど。  これ、ペットボトル買わねーと、夜までもたないだろうな。  駅の手前でお茶を飲み、俺は人の行きかう駅の中に向かって行った。  土曜日と言う事もあり、駅はそこそこ混んでいた。  まあ、お店って十時オープンが多いし、それくらいの時間に合わせて電車に乗る人、多いもんな。  周りを見れば、中高生の集団や、カップルの姿が目立つ。  中高の時、俺もあんな風に友達と電車に乗って出掛けたっけ。  ちょっとした遠出ってドキドキするんだよな。  俺が住む町は田舎で、大学がある町はちょっと都会だ。  電車で十分少々なのにえらい違いで。  うちの方にはショッピングモールなんてないけれど、あっちは駅前にあるし、デパートまである。  遊ぶところが多いから、皆隣町まで行く。  千早とも、たまに電車に乗って出掛けたっけ?  ショッピングモールに行ったりしたな。  ……そう言えば、最近、一緒に遊びに行ってないな。  会ってもあいつの部屋で……  何をしているのか思い出し、俺は顔が真っ赤になっていくのを感じる。  何考えてんだ、俺、朝から。  違う事考えよう。  ……そうだよ、千早と会ってもいつも部屋行ってばっかで、食事位しか出かけてないよな。  ……どこかに誘ってみようか?  うーん、でもどこだろう。  電車に揺られながら俺は、千早とどこに出掛けようかと考えた。  十分ほどで、目的の駅に着く。  俺は人の波に乗り電車を降りて、改札へと向かった。  時刻は十時四十二分。  まだ少し時間があるな。  でも、どこかで時間潰すには中途半端だなあ……  そう思いながら俺は、東口へと向かった。  その時。 「結城ー!」 「のわあ!」  後ろから思い切り抱き着かれ、俺は叫び声をあげてしまう。  行き交う人たちが視線が突き刺さる。  俺は、抱き着いてきた人物を引きはがし、振り返って相手を確認する。  案の定、そこにいたのは瀬名さんだった。  俺と同じ、黒い綿パンに、長袖の白いカットソーを着て、にへら、と笑って手を振っている。 「ちょっと、何するんですか、瀬名さん!」 「だってー、背中が見えたから思わず。結城、背中で誘うんだもーん」  誘うってなんだ、本当にもう。  この人、わけわかんねーな。 「暑いし、外だし、人いっぱいいるし、目立つこと辞めてくださいよ、本当に全く」  俺は顔をひきつらせつつ、瀬名さんに向かって苦情を申し立てる。  すると、瀬名さんは顎に人差し指を当て、上に視線を向けてしばらく考える仕草をした後、ぱっと明るい顔をして、言った。 「人前じゃなければいい?」 「よくないです」  被せ気味に俺が言うと、瀬名さんは、文字通り、頬を膨らませる。 「えー、まじで」 「まじですだめです、いきなり後ろから抱き着くのは普通やらないです」  そもそも、俺はそこまで瀬名さんと仲良くない。  少なくとも俺はそう思ってる。  いや、レジとか仕事を教えてくれた人のひとりではあるし、シフトが被ることも多いから、そこそこ話はするけれども。  でも、ただのバイト仲間だ。  それ以上でもそれ以下でもない。  瀬名さんは、口を尖らせ、 「残念」  と、拗ねた声で言う。  何なんだこの人。  わけがわかんねーよ。  とりあえず、話題変えよう。 「つーか、早いっすね、瀬名さん」 「楽しみ過ぎて、早く来ちゃったんだよねー」  瀬名さんは、満面の笑みで言う。遠足前の小学生か。 「それは結城だってそうじゃないか」 「俺は、電車の都合考えると、この時間に来るしかないんですよ」  そう答えると、瀬名さんは不服そうな顔をする。 「えー? てっきり僕に会うのが楽しみで早く……」 「来るわけないです。電車の本数、多くないんです」  そもそも、こっちにくる電車は基本、一時間に一本だ。  時間によっては二本だけど。  一本乗り逃すと大変な目に合う。  瀬名さんは頭の後ろで手を組み、 「残念だなあー」  などと言っている。  何なんだこの人。  大丈夫かこの人。  ちょっと変わった人だな、と思っていたけれど、ちょっとどころではないかもしれない。 「もう少ししないと、お店あかないんだよねー。十一時オープンだし」  言いながら、瀬名さんは腕時計を見る。  今時珍しいな、時計してる人。 「じゃあさ、結城」  言いながら、瀬名さんは俺の腕をがしり、と掴む。 「図書館行こう」 「はい?」  駅には、公立図書館の出張所がある。  そこの事を言っているんだと気が付くのに、しばらく時間がかかった。

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