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第25話 その理由

 駅ビルの一画にある公立図書館の出張所は、もちろんのことながら静まり返っている。  俺も本屋でバイトするくらいなので本は好きだが、この図書館に来たのは初めてだった。  行くなら、大学のそばにある本館の方に行くから、ここに近づく理由はなかった。  瀬名さんは楽しそうに図書館の中を歩いてく。  図書館、というか、小学校の図書室位の広さなので、さほど広くはない。  それでも一般図書やライトノベル、専門書も置いてある。  そこで時間を潰した後、俺は瀬名さんと共に目的のお店に向かった。  駅の東口から歩いて五分ほどの、商店街の一画にそのお店はあった。  イタリアンレストラン、ラルベロ。  外観は、見るからにお洒落な感じ。  ビルの一階に作られたその店の中に入ると、全席個室と言う、俺の入ったことのない形態をしているお店だった。  イタリアンレストランなのに個室の店なんてあるんだな。  通された部屋は、畳敷きに掘りごたつみたいになっていて、くつろげる空間になっている。 「結城、アレルギーないって言ってたし、ピザとか好きだって言ってたからさー」  席に案内されるなり、瀬名さんは座りながら言った。  あの好きなものがあるかとかアレルギーどうのっていうメッセージ、ちゃんと意味があったのかよ。  なんだろう、そう思うとなにかこう、むず痒く感じる。 「ここ、パスタもピザも量が多いけど、結城なら大丈夫だよね!」  と、満面の笑顔で言われ、俺は苦笑いしつつ頷く。  この辺りのイタリアンレストランは、安くて量が多いのが特徴だ。  一人前が二人前近くあるのが普通だった。なので成人男性でも、一人前が結構きつかったりする。  ランチセットでピザとサラダ、ドリンクのセットがあったので、俺たちはそれを注文することにした。  マルゲリータピザに、生ハムのピザをそれぞれ頼み一息ついたとき、瀬名さんが言った。 「僕、本が大好きなんだよねー」 「あー、だからさっきも図書館行ったんですか?」 「そうそう。ちょっとでも時間があったら本を見ていたいし、本屋で働くのも夢だったんだよねー」  楽しそうに言い、瀬名さんはグラスに入ったコップに口をつける。  まあ、本屋で働くくらいだし、本が好きなのはわかる。 「僕、本屋になるのが夢なんだよね」  ……え?  意外な言葉に、俺は目を瞬かせた。  あれ?  瀬名さん、医学部じゃなかったっけ?  俺の表情に気が付いたのか、瀬名さんは声を上げて笑い、言った。 「あはは、わけわかんない、って顔してるね、結城」 「えぇ……だって、医学部の二年、ですよね? 瀬名さん」 「うん、そうだよ。昨日も解剖実習してきたよ」  解剖実習、の意味にはすぐに気が付き、俺は口を閉ざす。  それってあれだよな? ご遺体の解剖……あ、俺、無理。そう言うの無理。  俺は思わず手で口を押えてしまう。 「結城の反応、面白いね。そういうの、想像しちゃだめだよ。まあ、医者を目指してるのは親の意向、ってやつ? 好きなことするために必要な試練なんだよ」 「……試練で医学部に入って医者目指すって……」  そこまで言って、思い出す。  この人、アルファだった。  アルファは総じて頭がいいんだ。  何が抜き出ているかはもちろん個々で違うらしいけれど。  千早は運動も勉強も出来たなあ…… 「まあ、僕には大した試練じゃないよ。本屋をやる夢の為に手段は選んでいられないからね」  そう語る瀬名さんが、なんだか眩しく見える。  夢か。  俺、夢とかないからな……  宮田の、普通の学生生活を送りたい、と言う夢や、千早の運命の番を手に入れたい、と言う夢。  皆何かしらの夢を持つものなのかな。  俺は、どうしたいだろう?  考えても何にも出てこない。 「夢があるって、いいですね」 「あれ、その言い方だと、結城に夢ないの?」  問われて俺は、答えに窮する。  俺の表情から何かを悟ったのか、瀬名さんは手をひらひらと振り、 「ごめんごめん、悪気はないから。夢ないとか別に珍しくはないし」  と言ってくれた。 「まあ、そうなんですけど……」  俺、どうしたいんだろう、て、思わず考えてしまう。   「そんなに悩ませる気はなかったんだけど。それよりさ、結城、僕に何か聞きたいんじゃないの?」  と言いながら、彼はテーブルの上で腕を組む。  まあ、確かに聞きたいことはある。   「まあそうですけど……なんでわかるんですか?」 「だって、何にも知らないって、顔に書いてあるから」  楽しそうに笑いながら言われると、何かこう、もやもやとするんだけど。  どうも調子が狂うな、この人と話していると。  なんだろう、俺、瀬名さんの手のひらの上で転がされているような?  そんなことを言っているうちに、サラダが運ばれてくる。  キャベツにレタス、トマトに胡瓜などに、オレンジ色のドレッシングがかかっている。  それを食べつつ、瀬名さんは言った。 「気になるんでしょ? 僕が言った、君の匂いの話」 「えぇ、まあ。それ、友達にも言われて」 「友達って誰? 君にマーキングしてる人?」  急にテンション高めに言われて、俺は面食らう。  何なんだ、この人本当に。  って言うか、マーキングって何? 「その、マーキングって何なんですか?」  俺が言うと、瀬名さんは箸をおき、頬杖をついて俺を見つめる。  笑みを浮かべて。 「本当に何にも知らないんだね。ほら、君のそのうなじの傷だよ」  言いながら、瀬名さんは俺を指差す。  言われて俺も箸をおいて、右手で首の後ろに触れた。  傷? そんなものあるのか?  そしてそこで初めて気が付く。  確かに何かの痕があると。  そしてそれが千早が噛んだ痕であると、すぐに気が付いた。 「え? こ、これ?」  戸惑い言うと、瀬名さんは俺を指差しながら、その指をくるくると回す。 「それ、アルファがオメガにつける所有物の証だよ。それつけられると、オメガはそのアルファの番になり、他のアルファは近づけなくなる。だから、マーキングって言ったんだよ」  俺、知らないうちにそんなことされてた?  え、知らなかったし。  動揺していると、瀬名さんはさらに畳み掛けてくる。 「でも、変だよね。君はオメガじゃない。そういう匂いはしないしね。だから僕は不思議なんだ。なんで君にマーキングするアルファが存在するのか? 君にいったい何があるのかって思ったらさ、いてもたってもいられなくなって」  あぁ、この人は気が付いていたのか。  俺が、千早(アルファ)に囲われていることに。  やばい、心臓がぎゅうっと締め付けられているような感じがする。   「アルファに執着される君に、僕は興味津々なんだよね」  にっこりと笑う瀬名さんの笑顔が、今の俺にはとても怖いものに思えた。

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