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第26話 かき乱す
俺はただ、ひきつった笑いを浮かべることしかできなかった。
そうしている間に、ピザが運ばれてくる。
ピザ一枚が三十センチ近くはあろう大きさで、とても一人前には見えない。
二枚の取り皿に、ピザカッター。
トマトソースの匂いに空腹が刺激されるが、俺は今それどころじゃなかった。
瀬名さんは笑っている。
いつもと同じ、爽やかな笑みで。
それが本当に恐ろしい。
この人は、何を考えているんだろう。
首の噛み痕に気が付いて、俺をこんなところに誘って。
「結城、そんなに怖い顔しなくても大丈夫だよ。別に、襲おうとか思ってないから」
言いながら、瀬名さんはピザカッターを手に取る。
俺は小さく首を振り、
「そこまで思ってないですけど、何考えてるのかわかんなくて怖いです」
そう答えて、俺は瀬名さんがピザをカットするのを見つめた。
瀬名さんは、厚みのあるピザ耳に悪戦苦闘しながら、八等分に切っていく。
「僕は面白そうだなー、と思って近づいただけだよ。他に理由なんてないし。普通、アルファってそこまで一般人(ベータ)に執着しないものだしね。まあ、僕はオメガにも興味ないけど」
あ、この人変な人だと思ったけど、想像よりも変な人かも。
オメガに興味がない?
そんなアルファ、いるのか? アルファって何が何でもオメガを求めるものだと、ネットには書いてあったけど。
ネットで調べた情報との差に、俺は戸惑いを覚える。
まあ、千早がすでに、常識外の行動を取っているけれど。
「だって、僕は本があればいいから。運命の番とか、僕は信じてないしねー。僕は面白いと思ったものにしか興味を持てないんだよ」
「そ、そ、そうなんですか……?」
そこまで本が好きなのか、この人。
家の中すごそうだな。
「だから、君のお相手がオメガじゃなくって君を選んだのが本当に不思議で仕方なくって。いったい君に何があるのか知りたくて今日、誘ったんだよねー」
「いや、俺には何もないですから」
ピザが切られていくのを見つめながら、俺は首をまた横に振る。
「そうかなあ。まあ、アルファってさ、人より執着心強いし、一度手に入れたら絶対に離そうとしないものだけど。だから結城にはそうさせる何かがあるのかなーって思ったんだけど。あ」
ピザをカットし終え、ピザカッターをペーパーの上に置き、瀬名さんは俺の方を見る。
なんだろう、何か悪企みしているような表情に見えるんですが?
彼は身を乗り出して言った。
「じゃあさ、一度寝てみる?」
「何言ってるんですか、あんた!」
個室であるのをいいことに、言いたい放題だな、この人。
俺は思わず身を引き、声を上げた。
「んなことするわけないじゃないですか、俺は男で、ベータだってば!」
「僕(アルファ)にとって、男とか女とか関係ないよー。挿れる穴があればいいもの」
言いながら、瀬名さんは戻って行き、水のグラスを手に取った。
「何言ってるんですか、真昼間から」
この人、まじで変だ。
そう思いつつ、俺はフォークと手を使って、マルゲリータピザを皿に取る。
「えー? いいじゃない、別に。減るもんじゃないし」
「減りますって! そう言うのは恋人とか番とかとやってください」
「だから僕にはそう言う相手いないってば。生きている人間に、さほど興味ないもの」
そう言われ、最初に話した、解剖実習の話を思い出してしまう。
もちろん俺は、遺体なんて親戚のものしか見たことないし、手術も解剖もドラマでしか知らない。
でも想像してしまって、あらゆるところが痛くなるし気持ち悪くなってくる。
「もちろん、ヤッたことはあるけど、そこまでじゃなかったなあ。だから、君に興味……」
「もたないでくださいやめてください。俺はそういうのいらないです」
きっぱりとお断りを入れ、俺はピザにかぶりつく。
うん、美味しい。
一口食べると空腹が蘇り、俺はいっきにピザを一切れ食べ終える。
「そうかー。残念だなあ。でもさあ、結城」
「何ですか」
顔を上げると、瀬名さんはマルゲリータピザを皿に取っていた。
「なんでそんな、幸せそうじゃないの?」
「……え?」
想像とは違うことを言われ、俺は変な声が出る。
幸せ?
「ほら恋人のいる人って、もっと幸せなオーラを出してるものだけど、結城からはそういう感じしないからさ。何かあるのかな、と思って」
「え、あ、えーと」
何を言えばいいのかわからず、俺は視線を泳がせてしまう。
動揺が顔にも声にも表れているだろう。
瀬名さんは、マルゲリータピザを食べきると、生ハムピザに手を伸ばす。
「ねえ、結城は、その人といて、楽しいの?」
無邪気に笑い言われた言葉が、俺の心をかき乱した。
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