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第27話 早く会いたい

 十三時からのアルバイト。  全然身が入らなかった。  流れるようにレジの対応をし、お客様の問い合わせに答え、品出しをし、売り場の整理をして。  そして、休憩時間に瀬名さんに言われたうなじのマーキングについて調べた。  アルファがオメガのうなじを噛むのは、番である証であり、噛まれたオメガはそのアルファの所有物、と言う事になるらしい。  オメガは発情期になると、アルファを誰彼かまわず惹きつけてしまう匂いを発するらしいが、うなじを噛まれることで番の契約が成立し、匂いを発しなくなるとか。  どういう仕組みだよ。  俺はオメガじゃない。  だからいくらうなじを噛まれても、番の契約は成立しない。するわけがない。  そう思い、俺はうなじに触れる。  確かにある、噛み痕。  なんで千早はここを噛むのか不思議に思っていたけど、俺を番にするためか? 『偽物の番』  二週間前に、千早に抱かれて言われた言葉。  身代わりになれと。性欲を満たすためとも言ってたな。  そのくせ、愛してやるとも言って来て。  わけわかんねえな、あいつ。  俺はぼんやりと、休憩室のテーブルを見つめる。今この部屋には誰もいない。わずかに、店内BGMが聞こえてくるだけだ。  その為、いろんな考えが頭の中を駆け巡る。  千早にとって、俺、宮田の身代わりなんだもんな。  運命の番って、魂レベルで繋がってるっていうし。その絆を切る方法なんてあるわけがないよな。  でも宮田が拒絶して、結果俺は、千早に囲い込まれて。  開発されて……なんか開発って響きヤだな……  でもその通りだし。  卒業までの期間限定。  終わりのある関係。  何だ俺、なんでこんなに心が揺れるんだ?  千早は友達だ。  高校からの友達で、同じ大学に入って。  これからも変わらない、と思ってた。  なのに、週に三回あいつの家に行き、顔を合わせれば抱かれて。  あいつ、どこまで本気なんだろ?  ただの、身体だけの関係?  本当に性欲を満たすだけの存在なのか? でもその割には執着すごくねえか?  あー、わけわかんなくなってきた。 「結城、おっつー」  降ってきた声に驚き、俺はびくん、と身体を震わせた。  顔を上げると、テーブルの向こう側に瀬名さんが座っていた。  彼は焦げ茶色の小さな手提げバッグからパンとコーヒーと、ハードカバーの本を出し、それをテーブルに置く。   「あ、あ、お、お疲れ様です」  俺と瀬名さんは、出勤時間が一緒なので休憩時間も被ってしまう。  時刻は十五時半。時間も時間なので、この休憩室には俺と瀬名さんしかいない。  今、瀬名さんとふたりきりはちょっときつい。 「なんかぼんやりしてたけど、喰わなくて大丈夫?」  そう言われ、俺はテーブルの上に置いたままの、コンビニで買ったおにぎりの存在に気が付く。  あ、全然喰ってなかった。  俺はあわてておにぎりを手に取り、フィルムを外した。   「あ、もしかして、僕が言ったこと気にしてる?」 「いや、そんなんじゃないです」  見え透いた嘘を言い、俺は鮭のおにぎりにかぶりつく。  スマホを見ると、すでに休憩時間は二十分過ぎていた。  やべえ、俺、そんなにぼんやりしていたのかよ。 「やっぱりさあ、結城、僕と……」 「何もしませんから。ここ、どこだと思ってるんですか」  この数時間で、俺の中での瀬名さんイメージはかなり崩れ去っている。  ちょっと変わった人だな、くらいには思っていたけど、医学部だし、すげえ、と思っていたのに。  今となってはかなり変で、厄介な人だ。  しかもなんか誘ってくるし。こんな人類、初めて会ったよ。  瀬名さんは、さっさと生クリームたっぷりの菓子パンを平らげると、コーヒーを飲み、本を開く。 「そっかー。じゃあ、気が変わったら教えてね」 「変わるわけないです、何言ってんですか本当にもう。からかうのやめてください」  内心呆れつつ言うと、瀬名さんは本に目を落としたまま言った。 「僕は本気だよ」  さらっと言われ、何を言われたのか理解するのに時間がかかる。  本気? 「俺は瀬名さんにそんな興味ないですから」  しどろもどろになりつつ俺が言うと、瀬名さんはふざけた口調で答えた。 「それは残念だなー」  絶対俺、この人にからかわれていると思う。  瀬名さんは、本を読んでいるため表情がよくわからない。  これはもう、声をかけても反応なさそうだな。  言うだけ言ってこれかよ、まったく。  俺はおにぎりをさっさと平らげ、スマホを手に取った。  閉店時間までバイトをし、俺は店を後にする。  時刻は二十一時半。スマホを見ると、案の定、千早からメッセージが来ていた。  それを見て、自然と胸が高鳴っていく。  俺、千早と会うの、楽しみにしてんのかな?  ……はやる気持ちは、ある。  早く会いたいと思う気持ちはある。  俺は今、瀬名さんに言われたことで心の中がぐっちゃぐちゃになっている。  だから、早くあいつに会いたい。  会って、この想いを何とかしたい。  コンビニ前で待っている、と書いてあったので、俺は小走りに東口へと向かった。

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