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第30話 新しい朝

 朝、目が覚めると、隣に千早はいなかった。  辺りを見回し、カーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいることに気が付く。  とうに朝を迎えているらしい。  スマホで時間を確認すると八時を過ぎていた。  身体が重い。  心も、軽くなったとは言えない。  偽物の番。  わかってはいても、心のどこかでずっと引っかかっている。  自分としては、俺が偽物になることで丸く収まるならそれでいいとか思っていたけれど。  偽物と言う割に、愛してやるとか言われて。  わけわかんねぇ。  あと三年もこの関係は続くのか……? そう思うと、心がずしり、と重くなる。  ……逃げるとか無理だしな。  そもそも大学一緒だし、そんなこと俺ができるわけがない。  千早に開発された身体はあいつを求めるし、でも心はずっと揺らいでいる。  そもそも身代わりと言われて喜ぶかって言われたら喜ぶわけねぇしな。  あの日、俺が千早を止めた事から、この歪んだ関係は始まった。  あー、考えてたら訳わかんなくなってきた。  どうしたって俺は、今の状況から脱する方法なんてないだろうしそれに、もし俺が千早から離れようとしたらあいつ、どうかなっちゃいそうな気がする。  宮田は別に悪くねぇし。  そもそも運命の番だからといって、それで縛ろうとするのは良くないと思うし。  まあ、その結果、巻き込まれて今に至る俺がいるわけだけど。  俺はどうしたいんだ。  そう思い、俺はうなじに触れる。  千早に噛まれた傷痕。  番だから当たり前とか言われたけど、俺には重い。  ……お前が運命を選ぶなら、俺はどうなるんだ……?  あー、なんなんだこの感情。訳わかんねーし、腹減ってきた。  俺はガバっと起き上がり、痛む腰をさすりつつなんとか服を着て、寝室を出た。  寝室をでるとすぐ、リビングがあるが、そこに千早の姿はなかった。  カーテンが開かれたリビングに差し込む太陽が眩しい。  テレビは消えているし、オーディオもついていない。  テーブルも綺麗に片付いている。  あいつ、どこに行ったんだ?  このリビングを挟んで向こう側にもう一部屋あり、そこが千早の勉強部屋になっている。  俺がここで課題をやる際は、その部屋を使っている。  その部屋にいるんだろうか?  そう思い、勉強部屋へと向かおうとすると、声がかかった。 「琳太郎」  驚き、声がした方を向く。  カウンターキッチンの向こうに、千早が立っていた。  あれ、さっきはいなかったような気がするんだけど……あれ?  不思議に思うけれど、単に奥の方にいて見えなかっただけかもしれない。  リビングから、キッチンの奥は見えないし。   「あ、千早」  俺は、リビングにあるソファーまで歩き、彼の方を向く。 「おはよう、琳太郎、朝食は?」  微笑みながら言い、千早は瞬間湯沸かしポットを手にした。 「おはよう……うん、腹減った」  そう答えると同時に、腹が鳴る。 「ちょっと待ってろ。あっためるから」 「あ、うん」  頷き俺は、ソファーに腰かけてテレビをつけた。  無音て苦手だ。  何か音が流れていないと落ち着かないので、人の家とはいえついテレビを点けてしまう。  やっているのはワイドショーだった。  それはそうか。  そう言う時間だもんな。  殺人事件、交通事故、芸能人の噂話。  こんな時間にテレビなんて見ないのでなんとなく新鮮な気持ちにはなるが……正直興味はなかった。   「琳太郎」  いつの間に現れたのか、頭上から声がかかったかと思うと、後ろから抱きしめられた。 「おわぁっ!」  千早から香るのは、たぶんシャンプーの匂いだけ。  俺にはアルファの匂いはわからない。  千早が、俺の耳元に唇を寄せて、囁くように言った。 「お前が、いなくなったらどうしようかと思った」 「……はい?」  想定外の事を言われ、俺は思わず間抜けな声を出す。   「朝起きたら、お前がいないんじゃないかって」 「あんだけヤっといて、お前より早く起きるとか無理に決まってるだろうが」 「……それもそうか」  おかげで俺はまだ、腰が痛い。 「琳太郎」 「何だよ」 「悪かったって、思ってるよ」 「……は?」  振り返りたいけれど、ソファーに身体を押さえつけられてしまい、全く身動きが取れやしない。  悪かった? 何を?   「無理やり、ここに連れてきたこととか……」  なぜか千早の声が消え入り、最後の方は全然聞こえない。  って、こんな耳元で言われてるのになんでだよ? 「……とか、の内容が重要じゃねえのか、それ?」 「無理やり、抱いたこととか……ごめん……琳太郎」  今さらそんなこと謝られても。  どうしたらいいかわからず、俺は戸惑いそして、千早の腕に触れる。  こういう空気、苦手だ。  何言えばいい、俺?  頭の中で色んな言葉がぐるぐるとまわる。 「お、お、俺は、酷いことされてる、って思うし……確かに無理矢理だけどでも、俺も結局拒否できてないし。お前が苦しむの、見るのは嫌だし……」  言ってて訳が分からなくなってくる。  誰かが苦しむのは見たくない。  じゃあ、俺が苦しむのは?  ……俺だって苦しみたくはない。  俺を抱きしめる千早の腕に力がこもる。 「その優しさに甘えてるのは俺だな」 「そうだよ、俺、優しいと言うか甘いと言うか。馬鹿だと思うよ」  そうだ。  別に俺が強く拒否したらたぶんきっと、千早はこんなことしてこなかったと思う。  千早だって馬鹿じゃないし。  身代わりになれとか無茶言って、ここに連れ込まれて。  それでも俺は、逃げ出そうとしなかった。  それでもまあ、悪いのは千早なのは確定だとは思う。 「昨日、お前が泣いているのを見て、色々考えたんだ。そうしたのは俺自身だって」  もしかして、千早、反省してる……?  その事実に俺は動揺する。  どうしよう俺、どうしたらいいんだこの状況。  その時、パンの焼ける匂いと、トースターの止まる音が響く。  その匂いに俺の腹が、また音を立てる。 「と、と、とりあえず、飯食いたい」  冷めたパンは食べたくない。  そう思い、千早に声をかけると、彼は俺の耳元に口づけそして、離れて行った。

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