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第32話 エンカウント
買い物に行きたい。
そう言って、戸惑う千早を外に連れ出すことに成功した。
だいぶ暑くなってきたし、仕事用のTシャツが欲しい。
千早の運転でやってきたのは、郊外にあるショッピングモールだ。
日曜日と言う事もあり駐車場は混みあっていて、建物からだいぶ離れたところに車を止めることになってしまった。
車を降りて外に出ると、
「暑っ!」
と、思わず大声をだしてしまう。
「今朝の天気予報で、最高気温二十八度になると言ってたな」
「なにそれ、夏じゃん!」
周りの客たちも皆半袖だし、ハーフパンツやミニスカートの女性の姿も目立つ。
さんさんと輝く太陽が憎らしい。
しかも駐車場はアスファルトだ。照り返しがきつい。
「そうだな。それに、人が多い」
千早は少し嫌そうな顔をして、モールに吸い込まれていく人々を見つめる。
時刻は十時すぎ。
こんな時間にこんなところに来たのは久しぶりかも知れない。
そもそもここ、車かバスじゃないとこられないし。
だから千早と来たことも数えるほどしかなかった。
やっぱ、車あるっていいなあ。
俺はまず、免許取ることから始めないとだけど。
「俺、Tシャツ欲しいの。他にも見たいものあるし」
というか、あのまま千早の部屋にいるのに耐えられなかった、というのもある。
外に出れば気分も変わるだろう、という安易な考えで出てきたんだけど。
人の多さにげんなりする気持ちは俺もわかる。
巨大ショッピングモールは服の他、レストランに家電、ゲームセンター、映画館などもあるから一日中過ごせる。だから人が集まるし、いつ来ても混んでいる。
「高校の時、映画見に来て以来だっけ?」
俺が言うと、千早は頷く。
「あぁ。二年の時に一緒に来たな」
その時も日曜日で、千早は人の多さにげんなりしていたと思う。
「ここの本屋大きいから、本屋も行きたいなあ」
せっかく来たから色々寄りたい。
なぜか足を止めてしまっている千早の腕を掴み、俺はモールの建物へと向かった。
三階建てプラス駐車場二階の、横にひたすら長いショッピングモールは、端から端が見えない。
何百メートルもあるんじゃないかってくらい大きいので、目的の店を周るだけで疲れてしまう。
ファストファッションの店で安いTシャツを買い込み、ついでに仕事用の綿パンも買い、俺たちはモールの隅にある本屋に向かった。
本屋は俺たちが入った入り口とは真反対にあるため、相当な距離を歩く羽目になった。
ところどころに椅子があり、自動販売機もあって男性やお年寄りが座って休憩している姿を多く見かけた。
「どうせだから、俺、あっち見てくる」
本屋に着くなり、千早は奥の専門書のコーナーを指差し、そちらへと消えていってしまう。
俺は俺で、店の入り口付近にある新作コーナーを物色していた。
俺が働く本屋では扱っていないレーベルの本もあるので、見ていて楽しい。
何買おうかな。
ラノベ、漫画、一般書籍。
時折手に取りあらすじを見ていると、背後から肩を掴まれた。
「結城じゃん」
「ひっ……!」
驚き振り返ると、にまっと笑った瀬名さんが立っていた。
……って、え?
なんでこの人こんなところにいるんだよ?
「せ、せ、せ……」
「何そんなに驚いてんの? 僕よくここくるよ? というか本屋だったらいつでもどこでも行くし」
まじかよ。
ここ以外にも大きな本屋なんてあるのに、なんで今日と言うタイミングにここにいるんですか、瀬名さん。
俺の心臓がバクバク言っていて、今にも破裂しそうだ。
「結城、ひとり?」
にこやかに問われ、俺は視線を泳がせてしまう。
ひとり、ではない。
千早がいる。
でも、この人に千早の存在を知られたくない気がして、どうしようかと悩んでしまう。
いやでも待て、黙るって答えているようなもんだよな。
案の定、察しのいい瀬名さんはにやにやと笑い、腕を組む。
「あ、もしかして、噂の彼と一緒とか?」
その問いを否定することも肯定することもできず、俺は苦笑するしかできなかった。
それはつまり答えているのと同じだってわかっているのに、何も言えない。
「そっかー。そのわりにはなんかびくびくしているように見えるけど、大丈夫?」
それはあんたのせいだ。
瀬名さんの手が俺の頬に触れたとき。
「琳太郎」
威圧するような声に名前を呼ばれ、俺は声のした方を見た。
千早が、明らかにこちらを睨んで立っている。
瀬名さんは俺に伸ばした手をおろし、
「あれが、噂の彼かあ……」
と、楽しそうに呟いた。
何なんだこの人。
なんか企んでる?
千早はこちらに歩み寄ると、瀬名さんと俺の間に身体を割り込ませて来て言った。
「決まったのか?」
「え? あ、まだ。千早は?」
「俺はもう買ってきた」
嘘、早っ。
言われてみれば、千早が持っているトートバッグが明らかに膨らんでいるのがわかる。
「結城、じゃあ、またね!」
空気を読んだのか、でもまったく空気を読んだとは思えない楽しそうな声音で言い、瀬名さんは手を振り去って行く。
その背中を、千早は怖い顔をして見つめた。
「あれは……」
「バイトの、先輩」
たぶんきっと、気が付いてるだろう。
あの人が誰だか。
「瀬名悠人……だったな」
ほらばれてる。
やばい、背中を変な汗が流れていく。
「何を、話していたんだ?」
瀬名さんが消えていった方から目を離さず、千早は冷たい声で言った。
「何って……とくに大した話はしてないよ」
誰と来たのか、くらいしか話していない。
「そう。お前からした男 の匂いと似ている」
でしょうね。
だってあの人、俺に抱き着いたりしてくるし。
って、なにこの状況。
訳の分かんない三角関係は御免こうむりたいんだけど?
俺は千早の腕を掴み、こちらを向かせる。
「とりあえず! 本買って、メシ食べようぜ! せっかく出てきたんだし、ほら、ふたりで出かけるの久しぶりだろ?」
すると、千早は目を大きく見開き、しばらく間を置いた後、
「そうか」
と呟く。
「デートとか考えたこともなかった」
千早がぽつり、と言った言葉に、俺は何を言われたのか考え込んでしまう。
デート、ってなんだっけ?
デート……いやそれって恋人どうしてするものじゃね?
俺と千早は……なんだろう。
千早は俺の事を番だとかなんだとか言ってるけれど、じゃあ、俺にとっては何だ?
あ、わけわかんなくなってきた。
デートかどうかはとりあえずおいておこう。
千早の気分が変わればと思って外に連れてきたんだ。
なのに、なんでそういう時に会うかな、あの人に。
何も起きなきゃいいけど。
「琳太郎」
「なんだよ」
「それで、本は決まったのか?」
言われて俺は本棚を見て、どうしよう、と悩み始めてしまった。
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