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第54話 そばに
「あの……悠人、さん」
唇を震わせ、俺は何とか口を開く。
「なに」
「少し、時間下さい」
「まさか、今から会おうって言うの? お兄さん、それは止めるなあ」
笑いを含んだ声で言い、でも抱きしめる腕は緩まない。
「怖い、ですよ、俺。千早も、悠人さんも。俺にはアルファだとかそんなの関係ないのに。なんで俺なんですか? 俺は、そんなものに縛られることなんてほんとはないはずなのに」
話しながら、感情がどんどん溢れてくる。
そうだ、俺には関係のないことのはずなのに。
なのに、千早も悠人さんも、俺を欲しがる。
何で、どうして?
「そうだね。君には関係ないはずの事だよね。ねえ、琳太郎。僕も、彼も、アルファと言う性に縛られ支配されている。本来ならオメガに向けるはずの感情を君に向けているのは、本能がどこかで壊れているのかも。それでもね、好きなんて言う感情は誰もがもつエゴだよ。アルファとかオメガとか関係ないし、理由なんて必要ない、理屈もいらない。共にいたいって思ったのが君だったんじゃないかな。単純なことだけど、それってとても大事なことだと思うよ」
共にいたい。
さっきの千早のメッセージを思い出す。
『そばにいてほしい』
理屈じゃないか。
そんなの考えたことねぇや。
瀬名さんの言葉はいつも、俺の中で響き、心をぐらつかせてくる。
瀬名さんの手が、俺の頭に触れる。髪をくしゃりとされ掴みながら彼は言った。
「ねぇ、琳太郎。僕は君が欲しいんだ。じゃなくちゃ、こんなことしていないし、彼に宣戦布告なんてしていないよ」
宣戦布告、という表現が、ほんと、瀬名さんらしい。
普通そんなこと言わねえだろ?
そう思うと、ちょっと笑ってしまう。
……ていうかこれ、告白じゃね?
欲しい、て言ったよな、この人。
アルファとかそんなの関係なく。
「もう少し、ロマンティックに言いたかったのになあ。僕の計画、台無しだよ」
「ろ、ろ、ろまん……?」
顔を見たいのに、抱きしめる力が強すぎて顔をあげられない。
「あの、悠人さん、ちょっと苦しいです」
「あ、ごめんね」
力が緩み、俺は顔を上げる。
すぐそこに瀬名さんの綺麗な顔がある。
切なげな目で俺を見てる……?
やべぇ、恥ずい。
彼は俺の頬を撫で、微笑む。
「顔見ると、愛おしさが増しちゃうんだよねぇ。だから顔見ないように頑張ってたのに」
愛おしさって、俺、そんな可愛いもんじゃねぇぞ?
「何言ってんですか」
「君が愛おしいって話」
「え、あ……え?」
過去に告白されたことは数えるほどだけどある。
そのどれよりも恥ずかしいぞ、今。
やべえ、心臓破裂するんじゃねぇかな。
どうする、俺。駄目だ、気持ちが追いつかねえし、考えられない。
「心が疲れてるときは決めないほうがいいよ。今決めなくても、時間は沢山あるんだから」
「悠人、さん……」
今は、決めなくていい。そう言われると心が少し軽くなった気がした。
俺は今、何も決められない。
でも、それでも。
俺にはひとつ、したいことがある。
俺は右手を握りしめ、瀬名さんに訴えた。
「あの、俺、少し千早に会って話したいんです。今じゃないとなんか、駄目な気がして」
すると、重い沈黙が流れる。
……顔、怖いんですけど?
瀬名さん、あからさまに嫌そうな顔してる。
「彼は、君を傷つけるのに?」
それを言われると、胸が痛みだす。
望まない関係だった。
友達だった。
なのに強引にこんな関係になり、うなじを噛まれて、週に何度も抱かれるようになった。
それで俺は少しずつ心を壊していったのかな。
そんな自覚、ねえけど。
それでも千早が、宮田の事で苦しんでいたのは知っているし、俺とのことはその穴埋めなんだっていうのもわかってる。
たぶん今、千早は苦しんでるんじゃないかって思う。
今の瀬名さんみたいに。
そう思うと、放っておけなくなってしまう。
だって……
「友達、ですから」
言いながら、涙が出てくる。
――普通の友達で、ありたかったよ。
そう思うと、心が痛い。
「少しだけです。戻ってきますから、少しだけ、連絡取りたい、です」
つっかえながら言うと、瀬名さんは腕の力を弱めてくれる。
「わかったよ。僕は、ここで待っているから。行っておいで」
微笑んで言いそして、瀬名さんは俺の額に口づけた。
とりあえず、着替えて瀬名さんの部屋を出た。
そして、震える手で千早にメッセ―ジを送る。
時刻は0時半を少し過ぎたところだった。
『今、どこにいる?』
『あいつの、マンション前』
瀬名さんの言う通り、そばに来ている。
そう思うと、鼓動がやばい。
エレベーターを待つ時間が長く感じる。
しばらくしてエレベーターが来て、俺は誰もいない箱の中に入った。
一を押す俺の手はかなり震えていた。
やばい。
まずい。
緊張?
恐怖?
俺の心を支配しているのは何だよ。
自分が一番分かんねぇよ。
エレベーターが一階につき、扉が開く。
息苦しかった箱の中から出て、俺は大きく息を吸い、吐いた。空気が暑い。当たり前か、もう、七月だもんな。
通路を行き自動ドアを二つ超えたら、外に出られる。
俺は震える手を見つめそして、それをぎゅうっと握りしめ、外へと歩き出した。
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