54 / 66

第54話 そばに

 「あの……悠人、さん」  唇を震わせ、俺は何とか口を開く。 「なに」 「少し、時間下さい」 「まさか、今から会おうって言うの? お兄さん、それは止めるなあ」  笑いを含んだ声で言い、でも抱きしめる腕は緩まない。 「怖い、ですよ、俺。千早も、悠人さんも。俺にはアルファだとかそんなの関係ないのに。なんで俺なんですか? 俺は、そんなものに縛られることなんてほんとはないはずなのに」  話しながら、感情がどんどん溢れてくる。  そうだ、俺には関係のないことのはずなのに。  なのに、千早も悠人さんも、俺を欲しがる。  何で、どうして?   「そうだね。君には関係ないはずの事だよね。ねえ、琳太郎。僕も、彼も、アルファと言う性に縛られ支配されている。本来ならオメガに向けるはずの感情を君に向けているのは、本能がどこかで壊れているのかも。それでもね、好きなんて言う感情は誰もがもつエゴだよ。アルファとかオメガとか関係ないし、理由なんて必要ない、理屈もいらない。共にいたいって思ったのが君だったんじゃないかな。単純なことだけど、それってとても大事なことだと思うよ」  共にいたい。  さっきの千早のメッセージを思い出す。   『そばにいてほしい』  理屈じゃないか。  そんなの考えたことねぇや。  瀬名さんの言葉はいつも、俺の中で響き、心をぐらつかせてくる。  瀬名さんの手が、俺の頭に触れる。髪をくしゃりとされ掴みながら彼は言った。 「ねぇ、琳太郎。僕は君が欲しいんだ。じゃなくちゃ、こんなことしていないし、彼に宣戦布告なんてしていないよ」  宣戦布告、という表現が、ほんと、瀬名さんらしい。  普通そんなこと言わねえだろ?  そう思うと、ちょっと笑ってしまう。  ……ていうかこれ、告白じゃね?  欲しい、て言ったよな、この人。  アルファとかそんなの関係なく。 「もう少し、ロマンティックに言いたかったのになあ。僕の計画、台無しだよ」 「ろ、ろ、ろまん……?」  顔を見たいのに、抱きしめる力が強すぎて顔をあげられない。 「あの、悠人さん、ちょっと苦しいです」 「あ、ごめんね」  力が緩み、俺は顔を上げる。  すぐそこに瀬名さんの綺麗な顔がある。  切なげな目で俺を見てる……?  やべぇ、恥ずい。  彼は俺の頬を撫で、微笑む。 「顔見ると、愛おしさが増しちゃうんだよねぇ。だから顔見ないように頑張ってたのに」  愛おしさって、俺、そんな可愛いもんじゃねぇぞ? 「何言ってんですか」 「君が愛おしいって話」 「え、あ……え?」  過去に告白されたことは数えるほどだけどある。  そのどれよりも恥ずかしいぞ、今。  やべえ、心臓破裂するんじゃねぇかな。  どうする、俺。駄目だ、気持ちが追いつかねえし、考えられない。 「心が疲れてるときは決めないほうがいいよ。今決めなくても、時間は沢山あるんだから」 「悠人、さん……」  今は、決めなくていい。そう言われると心が少し軽くなった気がした。  俺は今、何も決められない。  でも、それでも。  俺にはひとつ、したいことがある。  俺は右手を握りしめ、瀬名さんに訴えた。 「あの、俺、少し千早に会って話したいんです。今じゃないとなんか、駄目な気がして」  すると、重い沈黙が流れる。  ……顔、怖いんですけど?  瀬名さん、あからさまに嫌そうな顔してる。 「彼は、君を傷つけるのに?」  それを言われると、胸が痛みだす。  望まない関係だった。  友達だった。  なのに強引にこんな関係になり、うなじを噛まれて、週に何度も抱かれるようになった。  それで俺は少しずつ心を壊していったのかな。  そんな自覚、ねえけど。  それでも千早が、宮田の事で苦しんでいたのは知っているし、俺とのことはその穴埋めなんだっていうのもわかってる。  たぶん今、千早は苦しんでるんじゃないかって思う。  今の瀬名さんみたいに。  そう思うと、放っておけなくなってしまう。  だって…… 「友達、ですから」  言いながら、涙が出てくる。  ――普通の友達で、ありたかったよ。  そう思うと、心が痛い。   「少しだけです。戻ってきますから、少しだけ、連絡取りたい、です」  つっかえながら言うと、瀬名さんは腕の力を弱めてくれる。 「わかったよ。僕は、ここで待っているから。行っておいで」  微笑んで言いそして、瀬名さんは俺の額に口づけた。  とりあえず、着替えて瀬名さんの部屋を出た。  そして、震える手で千早にメッセ―ジを送る。  時刻は0時半を少し過ぎたところだった。 『今、どこにいる?』 『あいつの、マンション前』  瀬名さんの言う通り、そばに来ている。  そう思うと、鼓動がやばい。  エレベーターを待つ時間が長く感じる。  しばらくしてエレベーターが来て、俺は誰もいない箱の中に入った。  一を押す俺の手はかなり震えていた。  やばい。  まずい。  緊張?  恐怖?  俺の心を支配しているのは何だよ。  自分が一番分かんねぇよ。  エレベーターが一階につき、扉が開く。  息苦しかった箱の中から出て、俺は大きく息を吸い、吐いた。空気が暑い。当たり前か、もう、七月だもんな。  通路を行き自動ドアを二つ超えたら、外に出られる。  俺は震える手を見つめそして、それをぎゅうっと握りしめ、外へと歩き出した。

ともだちにシェアしよう!