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第65話 久しぶりの部屋★
千早の匂いのする、千早の部屋。
玄関で思わず足が止まり、俺は目の前に続く廊下を見る。
ここに来ると玄関の壁に押し付けられて、キスされることが多かった。
性急な口づけと、身体を撫でる手と。
もちろん何もせずそのまま中に入ることもあったけど。
この廊下って、こんな風だったっけ?
廊下の先に扉がある。
玄関の左手には大きな靴箱。
廊下を行きまっすぐ行けばリビングで、右に行くと風呂やトイレがあったと思う。
何度も来ているはずなのに、知らない空間なような気がして、不思議な感じだった。
この部屋で俺は、平常でいる時間よりも快楽の中にいることの方が多かった。
「琳太郎?」
靴を脱いた千早が、動かない俺を振り返る。
「あ……ごめん」
我に返り、俺は靴を脱いで部屋に上がった。
廊下を歩きながら、俺は壁にイラストが飾られているのに初めて気が付く。
折り紙よりも小さな色紙が、等間隔に廊下の壁に飾られている。
その多くが猫のイラストだった。
寝ている猫や、座っている猫。武将姿をした猫のイラストもある。
このタッチは見たことあるような……
「千早」
「何」
「この絵……」
「俺が描いたやつ」
だよな。
何度か見たことのある千早のイラスト。
千早は手持無沙汰になるとイラストを描く癖がある。
高校の時、ノートなんかを借りると、片隅にちょっとしたイラストが描いてある事が多かった。
何度も来ているはずなのに、全然視界に入ってなかった。
「お前、勉強もできてスポーツもできて、絵もうまくてすげえよな」
それは純粋な感想だった。
それが、アルファってやつなんだろうけれど。
俺は今の大学に入るの、けっこうぎりぎりだったはず。
だけど千早は余裕だったはずだ。偏差値はそこそことはいえ、なんで千早が地元の大学を選んだのか、正直意味不明だった。
もっと上の大学に入れただろうに。
「だからって、欲しいものが手に入るわけじゃないけどな。悩んで足掻いて、手を伸ばして。それでも手に入れることができずに俺は……」
そう呟きそして、千早は黙ってしまう。
千早がずっと求めていたもの。
運命の番。
でもそれは、相手の強い意志で拒絶されて……千早はおかしくなっていった。
そして俺とあんな関係になって……
何が先なんだろう。
偽物と言われて抱かれた日々から想いは変化していったのか。それとも最初から想いはあったのか。
千早の手が俺の肩に伸びそして、身体を引き寄せる。
千早の匂いが、俺を包み込む。
「それでも今、手を伸ばせば届く場所にそれはあるから。諦めていたんだけどな。俺がお前にしたことは、赦されるものじゃないから」
「千早」
名前を呼び、俺はその背中に手を回す。
「いろいろあって、俺、わけわかんなくなって苦しかったけど……でも今は、大丈夫、だから」
どこまでが偽りで、どこからが本物なんだろう。
偽物の番じゃなくなったのって、いつなんだろう。
どこで間違えたのか。
そもそも間違えなんてあったのか。
宮田が千早を拒絶しなければ。
千早が俺を身代りにしようとしなければ。
瀬名さんが俺の匂いに気が付かなければ。
それらは全部、間違いだったんだろうか?
どれが欠けても、今の状況にはならないだろう。
宮田と俺が出会った偶然。
瀬名さんが俺の匂いに気が付いた偶然。
通り過ぎてみれれば全て必然で、どれが欠けてもこうはならなかっただろうな。
犠牲は大きかったけれど。
でもどれひとつ欠けたとしても、俺は今、ここにいることを望まなかっただろう。
支配的に扱われたから、一緒にいたいと望んでるわけじゃない。
俺が、俺自身が、共にいたいと思ったから。
もしかしたら俺、まだどっか変なのかもしれない。
俺はベータだ。オメガじゃない。
こんな想いを抱いたところで本来、どうにもならないはずだったのに。
千早が俺を選んだように、俺も、千早を選んだ。
向けられた感情に、俺は答えを出したんだ。
「千早……きっかけは間違えた、と思うよ。俺ももう、お前とは会えないのかと思った。会えば苦しいのに、会わないとまた苦しくて。でもそんな苦しいのは正常じゃないって思って」
「……そうさせたのは、俺だな」
「でも俺は、後悔はないし……それに」
息を大きく吸い、俺は千早の顔を見つめる。
唇が震える。
視界が僅かに歪んでくる。
それでも俺は、口にしないといけない言葉がある。
「俺は……お前と一緒に、いたいって思う、から」
つっかえながら言うと、千早は大きく目を開く。
「琳太郎……」
一度口にすると、気持ちが随分と楽になる。
「俺は、お前と一緒にいたい、から」
「本当に、お前はそれで……」
「ちゃんと、考えて、決めたことだよ」
だからもう、迷わない。
千早の顔が、すぐ目の前にある。
切なげな眼で、俺を見ている。
「俺も……お前にそばに、いて欲しい」
そして顔が近づき、唇が重なった。
風呂場で身体を綺麗にし、俺と千早はベッドの上で重なり合う。
初めてじゃないのに。
何度も何度も抱かれているのに。
初めての日のような恥ずかしさが心を支配する。
唇が触れ、舌が割り口の中を舐め回す。
俺もそれに応えようと舌を出し、自分から舌を絡めれば、唾液が絡まる音が響く。
やべえ、キスだけでおかしくなりそう。
唇が離れたとき、俺は吐息を漏らして千早を見つめた。
「千早……」
「琳」
千早は俺の耳に唇を寄せ、囁く。
「愛してる」
この数か月の間、聞くことのなかった言葉。
たぶんきっと、ずっと俺が欲しかった言葉。
俺は千早の背に回した腕に力を込め、
「俺も……好きだ」
と、答える。
千早はそのまま俺の耳を舐め、耳たぶを食む。
そして首筋を舐めて口づけを落とし、手で俺の身体を撫でていく。
やべえ、息がすぐに上がってしまう。
千早によって開発された身体はすぐに反応し、身体の奥が疼きだす。
手が俺の胸を撫で、乳首を弾く。
するとそこからじりじりとした感覚が生まれ、俺は声を上げた。
「ああン……ち、はや……」
「久しぶりなのに、随分と敏感だな」
「ひ、久しぶりだから……あぁ!」
指が乳輪をなぞり、乳首を指先が抓る。
舌は首から胸へと下りていき、開いている方の胸に口づけ乳首を吸い上げていく。
「う、あぁ……胸、ばっか、やだぁ……」
「俺としては、もっとかわいく啼くところを見ていたいんだけどな」
そう呟き、千早は手をおろし腹を撫で、そして太ももに触れる。
俺のペニスはすでにガチガチに硬くなり、先走りを垂らして腹を濡らしていた。
「すごいな、これ。すぐにイくんじゃねえの?」
笑いを含んだ声で言い、千早は俺のペニスを指先で弾いた。
「ひっ……」
思わず腰が跳ねてしまう。
「千早……早く、欲しい」
「今日は、俺としてはもっと優しくしたいんだけど」
そう言って、千早は俺の腹に口づけた。
優しくしなくていいから、早く中に挿れてほしい。
俺の中に生まれた熱は、放出の時を待ちわびているんだから。
「千早……お願いっ」
涙目になりながら訴えると、千早は身体を離し、俺の足を抱え上げて尻を撫でた。
「あ……」
「さすがに狭そうだな、ここ」
と言い、千早は後孔の周囲を撫でた。
ローションのついた指の先端がそこに触れ、入り口をつつく。
「ん……」
そしてゆっくりと、指が差し込まれ、奥までつくとすぐに指は抜かれてしまう。
「あン……」
やべえ、まだ指一本挿れられただけだって言うのに。
中、気持ち良すぎる。
千早はローションを足しながら俺の後孔に指を挿れ、ゆっくりと中を拡げていく。
「てっきり、あいつとヤッたのかと思っていたけど、違うみたいだな」
「う、あ……そん、なの……してな……あぁ!」
指が前立腺を押しつぶし、俺の視界が白く染まる。
もっと欲しい。
そこだけじゃなくって、もっと奥までこじ開けてほしい。
千早に慣らされた身体は、快楽にどん欲だ。
「ね、え……中、欲しい。千早ので、俺の中、ぐちゃぐちゃに、して?」
息を切らせて訴えると、千早が息を飲む音が聞こえた気がした。
「そんなに煽られたら俺、お前の事抱き潰すかもしれない」
余裕のない声で呟きそして、千早は俺の後孔に先端を宛がう。
すぐに中に入り、亀頭が前立腺を掠めて徐々に奥へと入ってくる。
「あぁー!」
挿れられただけで快楽が腰から脳へと一気に駆け上がりそして、びくん、と身体が震える。
「挿れただけでイくとか、琳太郎、可愛いな。あと、少しだ、琳」
イッてると言うのに、千早は容赦なく腰を進めてくる。
狭い中を拡げるように。
最奥へとたどり着いたとき、千早は苦しげに、そして嬉しそうな顔で呟く。
「中、熱いな」
「ち、はや……」
千早は俺の身体の横に手をつきそして、激しく腰を動かし始めた。
それは、イったばかりの身体には強すぎる刺激だった。
千早が腰を打ち付けるたびに俺のペニスからは精液が溢れ、俺の口からは喘ぎ声が漏れていく。
「あぁ、あ……それ、変になる、からぁ……!」
「変になれよ、琳。俺の事だけ見て、俺の事だけ考えて」
「ち、はや……!」
開いたままの口から唾液が流れ、襲い掛かる快楽に頭がおかしくなりそうだ。
千早が一度達するまでに俺は何回イかされただろう?
千早が息を上げ、切なげに呟く。
「中……イく」
そして千早は目を細めそして、動きを止めた。
腹の中が熱い。
千早は息を切らせ、繋がったまま唇を重ねる。
触れるだけのキスをしそして、目を見つめて呟く。
「愛してる」
「千早……俺も……」
俺は彼の首に腕を絡めそして、口づけを求めた。
一度中に出されたあと、体勢を変え、うつ伏せにされて俺は身体を貫かれた。
さっきより深く入り込み、声が漏れ視界が歪む。
千早が腰をひくと、中に出された精液が中から漏れ出て太ももを垂れていく。
腰がやばい。
膝がガクガクと震え、快感が脳へと這い上がっていく。
「ち、はや……それ、だめぇ……」
最奥をこじ開けられ、チカチカと視界が点滅し俺はまた達してしまう。
「本当に、誰ともヤってないんだな?」
当たり前だ。
自分でもできなかったって言うのに。
「ひ……あぁ……!」
「琳太郎」
後ろから貫かれたまま、身体を抱きしめられそして、首に舌が這う。
この二週間でだいぶ薄れたであろう傷痕に、千早はかぶり、と噛み付いた。
「ひっ……」
「お前は、俺の物だ」
そう呟き、また、かぶりと噛み付く。
「ちは、や……」
これはきっと、本能的なものなのだろう。
俺はオメガじゃないのに。千早は首筋に噛み付き、歯を立てる。
獣の交尾って、オスがメスに噛み付くんだっけ? 逃げ出さない様に。
噛みつかれた痛みに涙が滲んでくる。
「い、あ……」
痛みはあるけれど、以前みたいな拒否の感情はない。
「俺の噛み痕しかないな」
噛み痕を舐めながら千早は言い、傷痕をぺろり、と舐めた。
当たり前だ。
誰ともヤってないし、誰にも噛まれてないんだから。
どんだけ疑うんだよまじで。
「あたり、まえ……だろ? 俺は、お前しか……あぁ!」
急に腰を動かされ、俺は天井を仰ぐ。
奥、気持ち良すぎる。
千早に開発された身体は、簡単に快楽に堕ちていく。
これなしで生きていける? それは無理だ。
千早だけが俺を。
満たすのだから。
「千早……ちは……」
「お前の中、気持ちいい……また、中に出そう」
余裕のない声で呟き、千早は腰の動きを早めていく。
そんなことをしても何も生み出さないのに。
それでも千早は動きを止めず、俺もそれを拒絶せず。
声を上げ、中に出して、とこいねがう。
「奥、ちょうだい……ちは、や……あぁ……っ!」
もう何度、俺は達しただろう?
もう何回、ドライでイっただろう?
俺は千早に与えられる快楽に溺れ、自分から腰を揺らしている。
もっと欲しいと、うわ言のように繰り返してる。
その願いを千早は聞き、そして、また俺の中を熱い欲で満たす。
楔が引き抜かれ、俺はぐったりとその場に倒れこむ。
だめだこれ、ぜってー明日、動けねえ。
それでも、俺に後悔はなかった。
千早と、ひとつになれた。
たくさんの代償を支払い。
「琳」
名を呼び、千早は倒れこむ俺の身体に覆いかぶさってくる。
首の噛み痕を舐め、そして、首に顔を埋めて囁く。
「もう絶対に離さない」
言葉は鎖のように俺の身体に絡みつく。
それに俺は悦びを感じるようになっていた。
怖くなるほどの執着と、溺れるほどの快楽。
それを嬉しいと、思う俺はまだ壊れているだろうか?
それでも。
これは俺が選んだ結論。
生まれた運命だ。
「愛してる」
そう呟き、覆いかぶさる千早の手に俺の手を絡めた。
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