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第66話 俺の決めた俺の運命

 七月二十三日土曜日、晴れ。  毎日毎日三十度越えの真夏日だ。  今日は、千早の誕生日。  彼に、プレゼントを渡す日。  試験前なので、今日はバイトを元から入れてなかった。  なので十三時に千早と待ち合わせしていた。  一緒に買いたいものがある。そう言われて連れて行かれたのは、デパートの貴金属売り場だった。   「何、買うんだよ」 「……指輪?」  と、なぜか疑問形で答えてくる。  あー、指輪ね。指輪。  ……指輪?  はてなが俺の頭の上にたくさん浮かぶ。  何で指輪? え?  戸惑いつつ、店員さんの言うがままに試着して買ったのは、小指に嵌められる銀色の、揃いの指輪だった。  価格とかは全然見てない。  内側が青く発色している、シンプルな指輪だ。  ジルコニウム、という金属でできているらしい。  ぱっとみ、ちょっとおしゃれな指輪で普段していても誰も気にしないだろう。  売り場を後にして、俺は指輪の入った袋を下げた千早に尋ねた。 「なんで指輪なんて……」 「何か、残るものが欲しいと思って。それで買うならそろいの物がいいなと思ったんだ」  そう答えた千早は、恥ずかしげに俺から顔を反らしている。  残るものかあ。 「指輪って、なんか結婚とかでする物だと思ってたから、びっくりした」  そう俺が言うと、千早は俺の顔を黙って見て、すぐ視線を反らしてしまう。  なんだ、今の。  残るものと言えば、俺が千早に買ってきたのもアクセサリーだ。  天然石のブレスレット。  千早っぽく、黒いブレスレットにした。  喜んでくれるだろうか?  渡した時の反応を見るのが楽しみだ。  千早が俺に手を伸ばす。 「行くぞ、琳。俺は早く、ふたりきりになりたい」  こんな往来で恥ずかしいこと言うんじゃねえよ。  そう思いつつ、俺は伸ばされた手を握りしめた。  それから、三年以上が過ぎた。  夢なんてない俺は、堅実に公務員試験を受けて合格。  春から市役所職員になる。  千早は文句を言いながら親の会社で働くことになったらしい。  絵をかく時間が減るとか、不満たらたらだったけど。  どうやら千早は、俺の知らない所でイラストで稼いでいるらしい。  何してるのかは教えてもらえていない。  宮田は花屋に就職が決まったと言っていた。 「花ってさ、色んな人を笑顔にするからいいなーと思って」  と語っていた。  そして。  卒業を間近に控えた三月初め。  俺は、駅近くのカフェで悠人さんと会っていた。  悠人さんとはあれからバイト先で顔を合わる以外、たまにこうして会うことがあった。  俺はとうにバイトを辞めているけれど、悠人さんはできる限り続けると言っていた。  彼は今、大学五年生だ。  実習が増えて大変らしい。  髪が伸びた悠人さんは、後ろで綺麗に髪をまとめている。  それでもかっこよさは変わんないんだから、この人やっぱ顔とかいいよな。 「いいなあ、卒業。僕はまだ一年残ってる」  そう言いながら、悠人さんはトートバッグからひとつの箱を取り出した。  立方体のその箱は、青いリボンがかけられている。 「なんですか、それ」 「卒業のお祝いだよ」  言いながら悠人さんはその箱を俺に差し出した。 「おめでとう。お兄さんから君にプレゼント」  と言い、彼は微笑む。 「あ、ありがとうございます。開けて大丈夫ですか?」 「大丈夫だよ」  俺は受け取った箱のリボンを外し、箱を空ける。  中に入っていたのは、腕時計だった。  紺色のベルトの、アナログ時計だった。  ……なんか高そうだけど、いいのか、貰って。 「あ、ありがとうございます。いいんですか、こんなの貰って」 「プレゼントっていうのは自己満足なんだよ、琳太郎。僕があげたいと思うからあげるんだよ」  言われてみればそうかもしれない。  俺が悠人さんのプレゼントしたのも、結局は俺がそうしたいからあげたんだ。  俺はちらりと悠人さんの首元を見る。  俺は知ってる。  彼はいつも、ネックレスを身に着けてる。  服で隠すように。  俺があげた、本のモチーフが付いたあのネックレスを。  あの時宮田が、アクセサリーとか身に着けるものは重くないか、と言っていた。  その意味が今、わかる気がする。  あのネックレスを見ると、なんだか縛り付けてしまっているような気持ちになってしまう。   「あの、悠人さん。ネックレス……」 「え? あぁ、してるよ。あの時間は、僕にとっては大事なものだから」  言いながら、悠人さんは胸元に触れる。  たぶん、服の上からモチーフに触っているんだろう。  大事なもの。  俺はただ、迷惑をかけどおしていただけだと思うのに。 「あの、悠人さん恋人とか……」 「いるわけないでしょう。心を通わせるような相手、僕は求めていないんだよ」  即答され、俺は押し黙る。  まあ、わかってはいたけれど。   「僕はそう言うのはいらないんだよ。セフレで性欲は満たせるし、それ以外は本があればいいから」  そう思うのは、俺関係なくたぶん元から、何だろうな。  悠人さんはテーブルに肘をつき、俺に向かって微笑む。 「君のせいじゃないよ。元からそう言う考えだから。あの時のあの時間が、特殊だっただけだよ」  そう言われて、はい、そうですかと納得できるかといわれると難しい。 「僕は君が好きだった。その事実は変わらないし、変える気もない。好きだなんて言う気持ちはエゴだよ。君が気に病むことじゃないから」 「そう、ですけど」 「それより、君は実家出るの?」  強制的に話題を変えられ、俺は頷く。 「あ、はい。あの、千早の家に、引っ越します」  引越しは来週だ。  荷物は少ないから楽なものだった。 「明るい顔していてよかったよ」  嬉しそうに悠人さんは言い、コーヒーの入ったカップを手にする。 「ふたりで暮らすんだ」 「まあ……今も半分一緒に住んでるようなものですけど」  生活の事を考えるとやはり、自分の収入がちゃんとない状態で一緒に暮らすのは嫌で、卒業するまで引越しを待っていた。  千早は不満そうだったけど。  でも俺が嫌なものは嫌なんだ。  本屋のバイト代だけでは生活なんてできない。 「よかったね。お兄さんは君が笑顔でいてくれて嬉しいよ」 「ありがとうございます、ほんと、色々と」  この人がいなければ、俺は今、千早と一緒にいなかっただろう。  あの時、俺の心は壊れていたかもしれないんだから。 「別に。僕はしたいようにやるだけだよ。君が幸せでいられるならそれは僕の幸せにもなるんだから」  そして悠人さんは、右耳に触れた。  三月の半ば。晴れ。  引っ越してきて初めて、俺は千早の部屋が実は三LDKである事を知った。  キッチンの奥に部屋があるとか誰がわかるかよ?  俺の私物はその部屋に置き、寝室は一緒になる。  本棚。クローゼット。テーブル。  あー。俺、やっと実家出られたんだなあ。  そう思うと感慨深い。  与えられた部屋を見渡していると、後ろから声がかかった。   「琳」 「何?」 「夕飯どうする」 「夕飯……一緒に作る?」  ふざけて言うと、千早は目を瞬かせて、戸惑った顔をする。 「一緒……」 「俺ちゃんとメシくらい作れるっての」 「いや、そう言う意味うじゃねえよ。」  と言い、千早は視線を反らす。  なんだよ、そんなのが恥ずかしいのか?  俺は千早に近づきそして、その腰に手を回す。 「せっかくだし。ほら、一緒に買い物行こうぜ」  俺が言うと、千早は恥ずかしげに頷いた。 「琳」  彼は俺の左手を取ると、小指に光る指輪に口づけた。  その千早の右手首には、俺が誕生日にあげた黒い石のブレスレットが見える。 「これからもよろしく、俺の運命の人」 「わかってるよ、そんなの。俺はお前から離れないって、決めてるんだから」  それが俺の決めた、俺の運命だから。

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