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「あの人は、物静かな人だったんだよ」 あちらこちらでアヒルボードが、優雅に泳げるぐらいの広さがある池の前のベンチに座り、眺めていた時、隣の優しい目つきをした人が、ぽつりと語った。 一色の隣にいるその人は、一色が通う中学校の図書室の司書である。 名は、伊織智樹。 何の前触れもなく、急にクラスの居心地の悪さを感じた一色は、次に授業があるのを関係なく、読みかけの本を持って、図書室に訪れた。 その矢先にその人は、いた。 丸メガネを掛け、一見黒髪に見える髪色は、光に照らされると、赤く見えるという不思議な色合いに、手元にある本に視線を落とすその目元は優しげで、いかにも物静かで、読書好きそうな印象を受けさせた。 いつから司書が代わったのだろう、このように今も、立ち止まって見てしまうぐらいに見惚れてしまっているのに。 ドサッ。 足元に重たい物が落ち、それが手に持っていた本だと分かるのと、同じく音で気づいたらしい司書が、本から顔を上げ、こちらと目が合った。 すると、ふんわりと笑った。 「いらっしゃい」 ──一目惚れをした。 それからというもの、授業を一、二時間出て図書室に行く毎日を送った。 さすがに担任には内申点に響くだのなんだのと言われたが、お構いなしに伊織と交流し続けた。 それに、こうして一色が授業中であるのに、その事を咎めずに相手をしてくれ、オススメの本を紹介し合ったり、読み聞かせまでしてくれたのもあって、ますます伊織に入れ込んでいった。 その間も、成績が悪くなると再三言われたが、今の一色にとっては、そんなことよりも伊織と少しでも話をしてる方が、よっぽど重要であった。 そうした淡い恋を抱きながら交流し続けているうちに、今度の休みの日に、本を買うのを付き合ってくれないかとお願いされた。 休みの日に、しかも、誘われるとは思わず、驚きながらも、学校以外で会えるという嬉しい気持ちが強く、断る理由がないと、快く承諾した。 「みんなには、内緒だよ」 悪戯な笑みを浮かべ、人差し指を唇に当てながら。

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