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その後、すぐに彼は入院することとなった。
それと同時に、あの時の理解出来ない気持ちは"恋"だとようやく分かり、想いを告げようとしたものの、病院に訪れた時には、命を絶ったことを告げる電子音が鳴り響いていた。
「……自覚するタイミングが悪かったと、時折思い出しては思う。今まで恋をしたことがなかった自分には考えられなかったし、まさか男が男に恋をするだなんて思わなかったし。……引くだろう?」
「そ、そんなことは……ない、です」
「はは、綴《つづる》君は優しいね。……そういう時代になってきたから、君にとっては、普通のことなのかもしれないな。僕もその時代に産まれてくれば良かったよ。そうしたら、この想いも、そして、"あの人"が僕に、何を伝えようとしていたのか、すぐに分かったのかもしれないな」
今にも泣きそうに、寂しそうに笑った。
そんな表情を見て、ずきりと胸が痛むのに、目が離せなかった。
目を離したら、この人がどこかに行ってしまうのかもと思ったからかもしれない。
「ついでに言うと、今の姿は"あの人"のことを忘れないようにと、あと、生きていたら、こういうことをしたかったのだろうと、彼の代わりにってね」
「メガネも、息子のことを仲良くしてくれていたから、"あの人"の両親からもらった形見なんだ。掛けてみて分かったけど、伊達だったみたい」とメガネを外して、見つめていた。
ここまで聞いて、一色は無理だと思った。
この人に寄り添いたいと思ったが、この人が未だに"あの人"との思い出を浸っているのなら、自分がそれを上書きするなんて、もってのほかだ。
無理だ。耐えられない。自分以外に想う人のことを想うことなんて。
「余計なことまで話してしまったね。そろそろ行こうか」
メガネを掛け直し、立ち上がった伊織に、「……はい」と小さく返事をした。
何故、自分にあのようなことを話したんだと、八つ当たりに前に歩いて、何も無かったかのように、他愛のない話をする彼の大きな背中に、殴ってやりたい衝動に駆られた。
想っていた人からもらったこの本だって、池に投げてやりたくなった。
けど、想いを告げるのと同じぐらい、どれもこれも一歩、踏み出せずにいた。
何度も想像した中ではやっていたのに。
現実は、本の世界のように事を上手く運んでくれない。
それからというもの、図書室に行くことはなくなった一色は、伊織のことを極力忘れようと、読書をすることはなくなった。
あの時もらった本は、袋に包んだまま、押し入れの奥へと追いやった。
本に罪はないから。
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