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1.不調の原因は
男という生き物は不便だ。我慢をすると身体に不調をきたす。
今日の射撃訓練を見ていたが、同室のディケンズは調子が悪そうだった。普段は百発百中なのだが、今日は2発外していた。
ギルドの訓練施設に詰め込まれた僕たちは、最終試験に向けて日々訓練に励んでいた。ギルドとは様々な種類があるものだが、僕たちが所属しているギルドはこの国の中でも力を持っているギルド『メルセネール』だ。モンスター退治から国同士の争いごとなど、主に荒事を引き受けて生計を立てている所謂、傭兵集団のようなものだ。実力主義のこのギルドは、性格問わず実力でのし上がっていける代わりに、命の保証は特にされておらず死んだら本人の責任という分かりやすい契約関係を結ばされる。
僕は元々このギルドに武器を提供している商人の息子なので、こちらには社会勉強という名目で別枠で所属している気楽な身分だ。それでも実力がなければ周りからただの坊っちゃんだとバカにされて面倒なので、ある程度は本気をださなければならない。
とは言え、決まりごとさえ守れば実力で何でも押し通せるこのギルドは、ある意味やりたい放題できるので気が楽だった。僕は快楽主義者なので、時と場所を選ばず遊びたいと思ってしまう人間だからだ。家にいると親と兄弟が煩いので、このままここに所属していたいくらいだ。
(に、しても。ディケンズは……)
自分の場合は後腐れない関係のその場限りのお付き合いで発散してしまうから楽なのだが。
あの男はそういった気配もない。僕の予想が正しければ、ディケンズの不調の原因は多分アレなのだろう。溜まっている、というヤツだ。
(今晩辺りか……)
真夜中にそっと帰ってきた僕は、室内にディケンズの姿がないのに気付く。暗い室内だったが、シャワールームの明かりが漏れていることに気付く。
そっと入り口の側に寄り、耳をそばだててみる。シャワーの水音に紛れて、小さな息遣いが聞こえる。僕の予想は当たったらしいが、結果は芳しくないようだ。
やる気がないのか疲れてしまったのか、達することなく止めてしまったようだった。
からかうつもりで扉のロックを外す。この扉はガタがきているので、コツさえ知っていれば簡単にロックを外せるのだ。
さすがに気付いたディケンズが濡れた前髪の間から、顔を覗かせた僕を睨み付けている。
気配に気付いた時から動きは止まっていた。今は浴槽の縁に腰かけて足を組んでいるが、何時の間にそこまでの体裁を整えたのか。
「鍵はかけておいたはずだが?」
「この扉はコツさえ知っていれば外せるよ。ところでディケンズ。僕が手伝ってやろうか?お前はそういうの下手そうだし」
ディケンズの眼光に鋭さが増す。どうやら提案はお気に召さなかったらしい。
「2発、外していただろう?」
煩わしそうに前髪をかきあげてさらに訝し気に目を細めている。鷲の様に鋭い目線に射貫かれると背筋が冷える。だが、眉尻が動いたのを僕は見逃さなかった。
「だから何だ?いつまでここにいるつもりだ」
「お前が頷くまで…と言ったらどうする?」
「くだらないことを言っていないで退け。もうあがる」
ディケンズは顔も無愛想ではあるが整っているし、黒髪から覗く視線は鋭いが、瞳も深みのある灰で引き付けるものがある。身長も高いし筋肉も綺麗に付いている。細すぎず太すぎず丁度良い身体のラインだ。ワザとらしく舐めるように見遣ると、本当に心の底から嫌そうな空気を出してくる。分かりやすいヤツだ。
「何が楽しい?俺もお前がこの時間に帰ってきた理由を聞いた方がいいのか?」
「ふふ…ご想像にお任せするよ。別に言いつけてもらっても構わないしな」
「……付き合いきれん」
充分に堪能したのでそろそろ解放してやろうと扉から離れてやる。最後にこちらをひと睨みすると、そのままシャワールームからあがってきた。バスタオルを渡してやると無言で引ったくる。
「もういいのか?」
「何がだ?」
「決まっているだろう?言葉に出したほうがいいのか?」
「……」
ディケンズは答えない。そのまま素早く着替えを済ませてしまうと、何も言わずにベッドの方へと行ってしまった。愛想のないヤツだ。
「僕は心配しているだけなんだけどね」
髪も乾かさずにそのままベッドへと潜ってしまったディケンズを見ていても面白くないので、僕も大人しく眠ることにした。
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