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4.律儀な同室者
僕も眠くなってしまったので休んでいたのだが、人の動く気配で目が覚めた。
ディケンズは気を失ってはいたものの、その後は少しだけ目が覚めてそのまま眠ってしまっていた。慎重にベッドから抜け出て、どうやら水を飲みにいったらしい。具合は落ち着いたのか、足取りはしっかりとしていそうだった。
僕も目が覚めてしまったので、ベッドから起き上がるとディケンズが気が付いてこちらへとグラスを手にしたまま戻ってきた。
「……起きたのか」
「それは僕が言おうとしてたところ。ディケンズ、具合は?」
「大分良くなった。一応確認するが、全てお前がやったのか?」
「全て、とはどのことを言っているのか聞いてもいいのかな?」
「……着替えと処理についてだが」
「処理か……それも間違ってはいないな。あまり覚えていないだろうが、身体が楽になっていれば分かるか」
ディケンズは少し考え込むが、理解をしたようで無機質な視線を僕に向けてきた。
「……」
「無理強いはしていないぞ?」
「分かっている。別にお前を責めようとは思っていない」
「じゃあ何だ?」
何か伝えようとしているようだが、判断に悩んでいるように見える。ここまででも大した会話はしていないと思うが、一体何を考えているのか無表情でよく分からない。
「……一応礼は言っておく」
「そうか。律儀なヤツだ。融通は利かないが礼は言えるのか」
「言わない方が良ければ言わないが」
「その一言が可愛くないな。まぁ、同室の友人が具合が悪いのに放っておけなかっただけだ。優しさに感謝してくれる分にはどんどん感謝してくれ」
僕の言い分は大体聞き流していたのに友人という言い方がお気に召さなかったのか、ディケンズは僕を睨んで牽制する。
「……いつから友人になった」
「あれだけ僕に身を任せてくれたのに?恋人でもこちらは構わないけどね」
「お前が発散できれば誰でもいいのか?……ここで俺が拒絶すればどうなるのだろうな」
「それは勿論。先程の様子をギルドの皆に言いふらす。盛り上がるだろうなー。あの可愛げのないディケンズが、僕に身を委ねて果てた、だなんて」
ディケンズは額に手を当て息を吐き出す。どうやら呆れているらしい。呆れ顔から厳しい表情へと戻り、また僕を見据える。
「脅しているつもりか?お前は元々妙なヤツだと思ってはいたが。全く面倒な。友人にならないと言ったくらいで悪評を広めるとは」
「僕は自分の性癖を隠してはいないけどね。ギルドメンバーとするときもあるさ。それに悪評とは限らない。そういう人間らしいところもあったのかって好かれるかもしれないし」
「……勝手にしろ。一度言ったことは撤回するつもりはない。礼は礼だ。俺もお前に深く関わるつもりはないから、お前も好きにしろ」
「じゃあ……リュー?僕と友達から始めようか」
「……」
調子が良くなると直ぐに睨みつけてくる。彼なりのスキンシップなのだろうか。
「お前の名前だろう?リューライト・ディケンズ。だから、リュー」
「……返事はしないが」
「今してくれたから構わない」
「……お前と話していると疲れる」
「でも知っているか?僕とリューはバディになるらしいって」
「は……?」
今まで無表情だった癖に、バディと言うとリューの表情が動いた。信じられないと目線が訴えている。その様子に肩を揺らしながら笑ってしまった。
ギルドは基本的にチームで行動する。1人で行動するのは規則として許されていない。リューは優秀だが性格に難があると思われているせいで、チームがずっと決まっていなかったらしい。僕は僕で中途半端な厄介者だが、僕がここで過ごして学ぶことが条件で大量の武器を優先的に売買していることもあり、僕もチームを作りづらい存在だった。そこで考えられたのがこのバディという訳だ。バディとはその名の通りの相棒という訳だが、主に2人のチームを差す。
「君の威圧感と何でもこなすところに一緒に組みたいという人が現れないらしいぞ。僕はリューのことを気に入ったから何の問題もないが」
「何故お前と……」
「だから、僕のことはアルヴァーノと呼んでくれ。呼びにくいだろうから、アリィでいいよ。名前くらい知ってるだろう?僕はアルヴァーノ・ロイルだ」
不意打ちでぐっと腕を掴んで自身のベッドへと引き寄せた。隣に座る形になると腕を放せと至近距離で訴えてくる。
「いい加減にしろ。病み上がりでもお前1人くらいはどうにでも出来る」
「怖い怖い。一言呼んでくれたら解放する。じゃないと、このまま押し倒してさっきの続きをする。それでも僕は一向に構わない」
「どこまで悪ふざけをしたら気が済むんだ?」
「…お前が口だけで何も実行しないからな」
「………」
リューは態度や雰囲気が近寄りがたいだけで。実はかなりのお人好しなのかもしれない。
こんなやり取りに付き合わないで、さっさと僕を突き飛ばすなり黙らせるなり行動に出てしまえばいいのだ。なのに、屁理屈には付き合ってくれる。諦めたのか乱暴に息を吐き出して、リューは不本意だという顔をこちらに向けた。
「正式に発表された訳でもないし、お前と友人など冗談じゃない。が、今日は疲れた。腕を放してくれ、アルヴァーノ」
「はい、良くできました」
微笑んで放してやる。リューは心底嫌そうに僕を一度見ると、溜息交じりにおやすみと言ってベッドに潜ってしまった。疲れているのは本当だろう。だが、僕が一応助けたことも分かっているから突っぱねなかったのかと思うと、揶揄いがいがあってますます放したくなくなった。
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