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第1話

『イケメン霊能者チャクラ王子こと|茶倉練《ちゃくられん》に独占インタビュー!霊能力に芽生えたきっかけは?霊界って本当に存在するの?』 記者:はじめましてこんにちは。本日はよろしくお願いします。 茶倉:ご丁寧にどうも。こちらこそよろしくお願いします。 記者:本日は巷で話題のチャクラ王子のプロフィールを徹底深堀り調査ということで、色々お話を聞かせていただければと思います。 茶倉:はは、お手柔らかに(笑)。幻滅させて申し訳ないですけど、僕のプロフィールなんて面白みありませんよ。 記者:何をおっしゃる、チャクラ王子といえばすっかり時の人じゃないですか。実は私もチャクラ―です(笑) 茶倉:光栄ですね。 記者:ご出身はどちらですか?かすかに訛りがあるような。 茶倉:大阪です。小5の時に両親が事故で他界して、東京の祖母に引き取られたんです。 記者:拝み屋をされてるお祖母様ですね?政財界の大物を多く顧客に抱えてらした、その道の有名人だとか。 茶倉:ええ、まあはい、そうです。母方の祖母は拝み屋だったんです。物心付く前から人の未来や幽霊が視えたとかで、両親の事故のことも予言してたんです。 記者:そうなんですか? 茶倉:「じゃあなんで回避できなかったのか」って顔に書いてありますね。答えは簡単、うちの親がオカルト全否定派だったんです。特に母が毛嫌いしてました。後を継げって祖母にうるさく言われて……反面教師ってヤツですよ。父と結婚後も絶対娘を産めって圧力をかけられてたみたいですね。母方は女系霊能者の家系なんで、男は無能で用なしと見なされてたんです。娘がダメなら孫を跡取りに据えようなんて、とんだ因業ババアです。母にも拝み屋との見合いを斡旋してたんで、駆け落ちは大正解じゃないかな。競走馬の掛け合わせじゃないってのに(笑) 記者:お祖母さんとは仲が悪かったんでしょうか? 茶倉:両親に代わって育ててくれた慈善精神には感謝してます。当時はまだ小5でしたからね……彼女がいなけりゃ路頭に迷うところでした。けどまあ、ぶっちゃけ反りは合わなかったな。祖母は性悪でしたんで。15で孫に追い越されて、その事もやっかんでたんです。 記者:追い越したというと? 茶倉:祖母のやり方は古いんですよ。一対一で依頼人の話を聞いて、段階を踏んでお祓いする。僕ならそんなの飛ばしてすぐ祓えます。ポテンシャルが違うんですよ、ポテンシャルが。 記者:お祖母さんのもとで修業を積まれて、霊能力に開眼されたと聞いてますが……。 茶倉:きっかけにはなりましたね。祖母とは事業を起ち上げる時に絶縁しましたが、僕が立派に自立して喜んでるはずです。 記者:茶倉さんは常に体内でチャクラを練っているそうですが……。 茶倉:学生時代に半年ほどインドで修行しまして、その時にチャクラの練り方を体得したんです。チャクラはご存じですか?人間の体内を循環している生命の源、気です。コイツを自由自在に操れるようになったら誰でも霊能者になれますよ、霊界と交信を可能にするチャンネルが開くんです。 記者:茶倉さんはそのチャンネルを常に全開にしてるんですね。 茶倉:常に、というと語弊があるな。日常生活に支障がでるんで普段は閉じてます、開けるのは仕事中だけ。 記者:茶倉さんにはどんなふうに霊や霊界が見えてらっしゃるんですか?「レイヤーの異なる世界」とよくおっしゃいますが。 茶倉:たとえるならVRやメタバースでしょうか。 記者:はい? 茶倉:一種の仮想現実ですよ。現実にもう一枚、別のレイヤーが重なってる。だから疲れる。何十時間もぶっ通しでVRやってたら目がチカチカするでしょ、アレと同じです。ハマりすぎは危険なんです、戻ってこれなくなる。別の世界を覗くことは脳に過大な負担をかけますからね。 記者:なるほど、勉強になります。では霊感をどうお考えで?一生死ぬまで霊を見ない人もいれば日常的に見まくる人もいますよね、両者の違いはなんでしょうか。 茶倉:貴女は花粉症ですか? 記者:え?は、はい。 茶倉:なるほど、ならば花粉症に関する最低限の知識はあるはずです。アレは人間の体内に一定量のスギ花粉が蓄積された結果に起きる、アレルギー反応です。なので一生ならない人間もいれば、まだ幼児の段階で発症する人もいる。個人差があるんです。 記者:霊感も同じだと? 茶倉:ご明察です。霊感自体は全人類に備わっていますが、それが生きている間に目覚めるかどうかはなんともいえません。僕たちはごく初期の段階で花粉症になり免疫が付いたがゆえに、有効な対策を講じられたんです。アレルギーが酷い人だってきちんとした治療を施せば回復します。 記者:幽霊の存在を信じない人たちに証拠を出せと言われたらどうなさいますか。 茶倉:花粉症の苦しみは発症した人間にしかわかりません、エビデンスの提出を求められても困難です。僕にできるのは効率的な対症療法を示す事だけ、それでお客様にご満足いただけるなら本望ですね。 記者:非常にわかりやすいたとえをありがとうございます。経歴の話に戻しますね。中学卒業後はどうされたんですか? 茶倉:地元の高校へ。最終学歴は慶応大経済学部卒です。 記者:その後は23歳で個人事業主として独立、オカルト関係の悩み相談やトラブル解決を引き受ける『tyakuraスピリチュアルセラピー』を起ち上げました。現在の年収は…… 茶倉:秘密です。公開したら品がないでしょ? 記者:公式サイトでは輸入品のパワーストーンを高額なお値段で販売されてますよね。 茶倉:高額かどうかは購入者に還元された利益率次第じゃないかな?僕が勧めるワーストーンはそのへんのパチモンと違って純正の本物、効果は折り紙付きです。身に付ければ癌も治ります。病は気から、根治はチャクラからです。ちなみにレンタルもやってます、ご用命ございましたらお気軽に。このブラックオニキスの数珠なんてお手頃ですよ、一週間10万円。シルバーのチャームは天使と妖精と猫ちゃんの三種類選べます。 記者:持ち歩いてらっしゃるんですか? 茶倉:記者さんは天使がお似合いですね。どうぞ、サービスです。 記者:あ、ありがとうございます。 茶倉:どういたしまして。銀には魔除けの効果があるんですよ、中世の貴族が銀食器を愛用したのは銀が毒に反応する性質を持ってたからで……僕の腕時計もシルバーなんです、ご覧になりますかヴァシュロン・コンスタンタン 記者:現在はご自宅のタワーマンションでお仕事をされてるとか。 茶倉:高校時代の友人が一人、助手として通ってくれてます。 記者:その方にも霊能力が? 茶倉:彼はとても厄介な特殊体質に悩まされてて、それを克服するために長年僕の事務所に通ってるんですよ。とはいえ貧民の友人に従来の報酬は払えないので、雑用係として働いてもらってます。現状粗茶を淹れる位しか役に立たないけど、場を和ませる役割はギリギリまっとうしてるかな。 記者:最後にお聞きします。茶倉さんはとても珍しいお祓いスタイルをとられてるそうですね、どういったものか具体的に教えていただけませんか? 茶倉:秘密です。この業界は信用第一なので、個人情報に関しては守秘義務を遵守します。 記者:そこをなんとか。 茶倉:どうしても知りたければ事務所にくるといい、特別に教えてあげます。憑かれてますよ、あなた。 俺の十年来の腐れ縁の茶倉練、通称チャクラ王子はエセ霊能職者だ。 茶倉の住んでるマンションは世田谷の一等地にある。政財界の大物やその愛人、ならびに芸能人が多く住むと評判の高級タワーマンション。当然パパラッチはお断りだ。 外観はとても洗練されており、俗物の代表格のインチキ霊能者が暮らしているようには見えない。アイツの性格を考えりゃ悪趣味な金ぴか御殿の方がよっぽどお似合いだが。 「!ッ」 タワマンに続くなだらかな坂道を歩いてる時に嫌な予感がした。 右手首を一瞥すりゃ、本来は澄んだ紫の数珠が瘴気を吸って濁り始めている。 まずい。危険な兆候。 こめかみをツーと汗が伝い、到着するなり玄関横のボタンをせっかちに押す。だんだん熱を帯びてきた数珠を左手で庇い、一粒一粒滑らかな玉を擦って気を逸らし、早く出ろと目を瞑り念じる。 何度味わっても慣れない嫌な感覚……数珠が静電気を纏ったかのようにパチパチし、足元が抜けて奈落の底に引きずり込まれるような不安感が追い討ちをかける。 「算盤でも弾いてんのかよ、とっとと出ろよ」 王子が御座すタワマンの天守閣を睨み付け、内股でもぞもぞ足踏みする。片手にぶらさげたビニール袋がやけに重い。 しばらくして回線が繋がり、気取った声色の標準語が応対した。 『はい、ТSS代表の茶倉ですが』 「俺だ」 『理一か。遅いわ』 よそ行きの声が一気に不機嫌になる。俺が知り抜いた茶倉練の本性全開の、邪険に尖った声色。 『メールしたもん買うてきたか』 「ハーゲンダッツの新作だろ?ちゃんと買ってきたよ、とっとと入れろ」 『せからしやっちゃのゥ』 「しんどいんだ」 『また拾うてきたんか』 芝居臭いため息に続いて事務的に確認。 『数珠は?何個イッた?』 「無事なのは三粒だけ。殆ど黒くなってる」 『時間ないな。どうしてもっと早く来んの?』 「こっちも色々忙しかったんだよ家庭の事情で」 『あー、実家帰っとったもんな。お疲れさんでお憑かれさんか』 絶対じらして楽しんでやがる。震える握り拳に怒りを押さえ込んで懇願する。 「頼む。早く」 『しゃあない。入れ』 自動ドアがスムーズに開き漸く立ち入りを許された。安堵で腰からへたりこみそうになる……が、まだだ。不自然に機械的な動作で右足を前に、左足を前に出しエレベーターに急ぐ。 四期並んだエレベーターの右端に飛び乗り、壁面の操作パネルの一番上、44階のボタンを強く押す。 ドアが閉じると同時に壁にもたれてずり落ちていく。右手に巻いた数珠のブレスレットは全体の三分の一ほど黒く染まっちまっていた。 「!?痛ヅッ、」 二重に巻いた数珠がギチッと手首に食い込む。血管が圧迫され、腕を拉ぐ激痛が走る。 高校の頃から数えていい加減慣れっことはいえ痛いものは痛い。俺はマゾじゃないんで痛いのは大嫌いだ、セルフ緊縛SMの趣味はねえ。 エレベーターはスムーズに動く。 犯罪防止の為だろうか背面の壁には等身大の鏡が嵌めこまれ天井の隅には防犯カメラが設置済み。ユニクロで揃えた上下でタワマンに来るなんて場違いなんだろうな、と卑屈な思考が過ぎり猫背で隅に移動。 腹立たしいことに、エレベーター内の面積だけで俺のアパートのユニットバスがまるまる入っちまうくらいの広さがある。 こんな状態でさえなけりゃ空調が利いてて快適に思えたはずだが、今は焼け数珠に水状態だ。 「あの……」 「ッひ!?」 うなじの産毛が一斉に逆立った。不意打ちに悲鳴を飲み込んで振り向く。あろうことか、エレベーターには先客がいた。 ちょうど俺の対角線上、左後方に表情がやけに暗いサラリーマンが立ち尽くしているのだ。平常心の回復を待ち、一応は敬語で聞き返す。 「何でしょうか」 「トイレですか?」 ちげえよ! 「持病の発作です。気にしないでください」 「はあ……」 尿意をこらえてると誤解された。心外だ。 無駄に高いタワマンの、じれったいほどゆっくり上昇する箱の中で意を決し、またもや振り向きざま会社員が切り出す。 「ホントのこと言ってください。漏らしそうなら」 「漏れねェから」 「水筒持ってるんで」 「水筒を尿瓶にするほど落ちぶれてません」 「終わるまでそっぽ向いてますよ」 気遣いが痛い。 「ていうか俺がトイレ我慢してる前提で進めんのやめてくれる?」 「じゃあなんで端っこでもじもじしてるんですか」 「ほっとてください」 さりげなく右手首を庇い隅っこに寄る。頼む早く最上階に付いてくれと狂おしく祈り、虚しい凝視を天井に注ぐ。防犯カメラは正常に作動中。 「そのブレスレット、色が変わるんですね」 「ッ!?」 心臓が止まりかけた、マジで。 囁き声にびっくりし咄嗟に振り向けば、すぐ後ろに会社員が張り付いていた。まるで接近の気配を感じなかった。現代の忍者か。忍者めしが常食か。 「本場ブラジル産の珍しいヤツだから一粒千円はくだらねえ。多分」 うっかり口を滑らしたあと、単価でマウントとっちまった安っぽい見栄を恥じる。しかもちょっと、かなり、盛った。俺の誇大広告を鵜呑みにし会社員が感心する。 「魔法みたいですねえ。どこで買ったんですか」 「ダチにもらいました」 「お友達は宝石商で?」 「詐欺師です」 打てば響く調子で即答する。会社員は冗談だと思ったらしい。 「もっとよく見せてください」 「ちょ、半径1メートル内に来ないで!」 会社員が前屈みになる。パーソナルスペースを侵害された動揺で、視線がブレた瞬間固まる。背面の鏡に会社員が映ってない。 映っているのはグレイのТシャツにチノパン、この世の不運を一身に背負ったような眉八の字の男だけ。ベリーショートに刈り込んだうなじにばっちり鳥肌立ってるのまで見えちまった。 「さわんな!」 「っ!?」 慌てて制すも遅い。案の定、男の手が数珠に触れた瞬間弾かれた。 「どうして……」 焼け爛れた手のひらを見下ろし、会社員が呟く。ショックに剥かれた目、放心した表情、青ざめた唇。 「なんでなんでなんでなんで?」 単調に繰り返す声には感情が欠落していた。見開かれた目は瞬きもしない。俺は壁に張り付いてあとずさり、声をひそめて聞く。 「あんた……何があったか覚えてる?」 「仕事が早く終わって、家に電話して、そしたら絵里子が出て。子どもの卒園祝いだからご馳走用意して待ってるって」 「今は5月だぞ」 会社員の顔に純粋な混乱が生じる。 「そういえば僕、なんでエレベーターにいるんでしょうか?早く帰らなきゃいけないのに」 すかさず操作パネルに飛び付き44階を連打、対する男は凍り付いた無表情のままなんでなんでと繰り返す。 「ぁうっ!?」 右手の数珠がさらに手首に食い込んでどす黒く染まり、ビニール袋を落とす。 袋からなだれた雑誌には「心霊トラブルはチャクラ王子におまかせ!」の見出しが躍り、いけすかねえ天敵が表紙で白い歯を光らせている。 反射的にスマホの短縮を押し、スピーカーに設定して叫んだ。 「聞こえてるか茶倉、とっとと来い!」 しまいにはキレてガンガン壁を蹴り付ける。大声で叫んでも答えはない。背後にたたずむ男の両目の焦点が、虚無の彼方へ遠ざかっていく。 「そうか、僕―……」 死んだんだっけ。 「どうしようからだがないとうちにかえれない」 エレベーターの行き止まりに追い詰められた俺の方へ、一歩一歩幽霊が近付いてくる。髪の生え際から流血し、手足が反対方向に折れ曲がり、だんだんと本来の……死後の姿に戻っていく。 「すいません、体を貸してくれませんか」 「だが断ぅぐ!」 低姿勢の申し出を一蹴しようとして、有無を言わさず詰められた。亡者だと自覚したことで体が急激に崩壊している。 霊が霊の自我を得た事でエレベーター内が異界化。非日常が日常に浸蝕し、操作パネルのボタンと照明がめちゃくちゃに点滅を始める。鏡面には壁に固定された俺が苦しみ悶える姿だけが切り取られていた。ああ、録画をチェックした警備員になんて思われるのか…… 「くる、な」 44階のボタンが点灯し、ゆっくりドアが開いていく。 フロアに威風堂々立ち塞がっていたのは、アルマーニのスーツを颯爽と着こなす美青年。 両サイドに銀のメッシュが入った流れる黒髪、涼しげな切れ長の双眸。左手首に巻き付けてんのはこん畜生すっとこどっこいとか舌噛みそうなブランド名の銀時計。薄く整った口元には皮肉っぽい笑みが浮かんでいた。 「死刑台のエレベーターとはよういうたもんや」 エレベーターの到着を直々に出迎えた茶倉がにっこり微笑み、数珠を巻き付けた右手の甲を翳す。 「数珠サックの右ストレートで往生せえや!!」 「ぎゃあああああああ!」 真っ白な数珠が神々しい輝きを放ち、可哀想な幽霊が絶叫する。 流星の軌道を描く右ストレートを叩きこまれた霊が霧散し、エレベーター内に静寂が舞い戻る。 「茶倉……」 片手を伸ばして助けを求める俺を無視し、床に放置された袋を拾い上げて中をひっかき回す。舌打ち。 「アホか、どこに雑誌とアイス一緒に入れさすヤツがおんねん。ホンマ気ィきかんやっちゃ」 チャクラ王子がでかでか載った雑誌は、アイスの湿気を吸ってふやけていた。「しかもこれ黒蜜きなこちゃうやん、抹茶あんこやん。使えんのー」とさらにぼやき、自分の部屋に帰っていく。 俺はエレベーターの敷居の上に伸びたまま、薄情な背中から視線を切ってうなだれる。 「はよこい、閉めんで」 上半身だけ出して茶倉が促す。 二本足で立ち上がれるだけ体力が回復するのを待ち、壁に縋って玄関へ行く。 部屋のドアに掲げられたプレートには、洒落た飾り文字で『tyakuraスピリチュアルセラピー』と綴ってあった。 略してТSS。 「トンデモスピリチュアル詐欺の間違いじゃねえの」 ティッシュにくるんだまま、捨て忘れたガムを取り出してプレートになすり付ける。 これでよし。ささやかな嫌がらせに留飲を下げる。 玄関に入った後はドアに施錠し、土足のまま先へ進む。洋式はどうも落ち着かねえ。 「お前が霊と遊んどった間にちょうどええ塩梅にやわっこくなっとる」 「遊んでるように見えたのかよアレが」 茶倉はリビングのソファーに座り、プラスチックの匙をアイスに突き刺していた。 「さっきの霊は?」 「2ヶ月からエレベーター利用者の目撃談が相次いだ。45階に住んどった既婚者が車に轢かれてもて、自分が死んだの気ィ付かへんでエレベーターに乗りはるんや」 「うちに帰ろうとして?」 「45階に住んどんのに階段使わんやろ、トライアスロンか」 「依頼だったのか?」 「都内一等地のタワマンに幽霊出るなんて噂が広まってもうたら大打撃、不動産価格大暴落。で、炎上前にうちに回ってきた。引き受けたら家賃まけてくれるゆーし渡りに船」 「俺を囮に使ったな」 「上手いこと釣れたやん」 まるで悪びれず匙の先を咥えてにんまりする。張り倒してえ。 いやいや、腐れ縁の性格の悪さを見くびっていた俺が悪い。ここに来るのは実に一か月ぶり、まんまと策にはめられたってわけだ。 「結構イケる」と至福の表情でアイスをご賞味あそばされる茶倉の対面に陣取り、真っ当な疑問を呈す。 「うちに帰りてえだけなら見逃してやってもよかったんじゃ……」 エレベーター内で襲ってきた男を思い出す。妻がどうの、卒園がどうのと言っていた。同情を誘われて独りごちる俺を、茶倉がばっさり切り捨てる。 「無理。通過できひん」 「結界?」 茶倉が背凭れに腕を回し、磨き抜かれた革靴の裏で絨毯を叩く。 「俺がおる44階にザコは寄り付けん。みんなここ来る前にトンズラ」 「今日は例外?」 「|疑似餌《デコイ》に食い付いたわ」 「人をゴキブリホイホイの粘着シートみたいにいうな」 「ぬかせ雑霊ホイホイ」 申し分なく長い足を組んで見下す茶倉。悔しいが言い返せない。 「四十九日を境に消えてくれたら手間省けたんやけど」 「霊界の執行猶予期間か」 「今回は時間切れ。最近じゃ防犯カメラにもノイズが映り込むようになってきたし、はよ手ェ打たなあかんかった」 「せめて一言いっとけ、マジでびびった」 「言うたら階段使うやろ」 「霊と相乗りはお断り。しかも密室」 「ヘタレが」 「俺は俺の体質だけで手一杯なんだよ」 まあ、歩きで44階を目指したらコイツんちに至る前に行き倒れるかもしれないが。 「そもそも可哀想やからってグロい姿でうちに帰してみィ、奥さんとガキが卒倒すんで」 茶倉が最後の一口をたいらげ、空き容器をゴミ箱にシュートする。「よっしゃキマり」と無邪気に喜ぶ顔は中学生のガキっぽい。ソファー前のテーブルには、コイツが表紙を飾った雑誌が干されていた。 「言われた通りコンビニにあった分買い占めてきたぞ」 「よお撮れてるやろ?カリスマヘアスタイリストとカリスマメイキャップアーティストにお願いしたんや」 チャクラ王子が得意満面でソファーにふんぞり返る。 「カメラ目線がしゃらくせえ」 合計10ページもある、巻頭インタビューをぱらぱらめくって呟く。 「一人称『僕』の時点でキャラ変わってね?」 「謙虚さをアピールしてみた。殊勝な物腰で読者の好感度ゲット」 「打算のかたまりかよ。関西弁は」 「ルックスにあわへんやろ」 「第一印象新宿のホストが難波のホストに変わるだけだぞ」 「アホぬかせ、立てばジャニーズ座ればMC歩く姿は韓流アイドルてのは俺んこっちゃ」 「エビデンスって何」 「ソースのこっちゃ」 「エビフライの」 「そっちのソースちゃうわ」 「日本語でいいじゃん」 「横文字並べた方が雰囲気でるやろ。霊能者かてイメージ商売や、大衆ウケ大事にせな」 「お前の場合はスピリチュアルかぶれの人妻にウケたいだけだろ。ていうかインドで半年修行って」 「嘘ちゃうしガンジス川で沐浴したし。牛と2ショット見る?めっちゃ臭かった」 「インド人の彼女作って写メ送り付けてきたじゃん、ラクシュミーよりマブいって」 サリーを纏った現地女性の画像を突き付ければ、茶倉が匙を上下に振ってとぼける。 「知っとる?カレーとラーメンは日本食なんやで、本場とは全然別の進化を辿っとんのや。俺は福神漬けと合わせて食べる日本のカレーが好きや」 「日本封切前の『バーフバリ』目当てで飛んだんじゃないのか」 「インド映画はインドの映画館で見るのが礼儀やろ、やっぱ」 「tyakuraスピリチュアルセラピー」の代表である茶倉練は詐欺師だ。十年来の腐れ縁の俺、|烏丸理一《からすまりいち》が断言する。 「そもそも名前がうさんくせえ、何してる会社かちっともわからん。瞑想?ヨガ教室?宇宙の呼吸でも教えてんの」 「茶倉霊とか相談所にすればええんか」 「パクリもやめろ」 「拝み屋とかまじない師とかそーゆーのださいやん、今はスーパーにナチュラルにスピリチュアル押し出した方が映えるんじゃ」 「拝み屋の孫が言うなよ……」 「ぶーたらほざいてへんで、とっととコーヒー淹れてこい」 茶倉は出会った頃から変わってない。高校生の頃から俺様全開で傲岸不遜だった。しかしコイツの二面性を知る者は少ない。外面が完璧なのも詐欺師の特性か? とはいえ全部が全部でたらめでもでまかせでもない。茶倉は由緒正しい拝み屋の血を受け継ぐ本物の霊能者であり、除霊(物理)で霊を祓える男だ。必殺技は数珠サックによる右ストレート。本人曰く数珠の質や値段によって威力が変わるらしいが、本当かどうかわからない。 「その前に……」 限界がきた。茶倉の袖を引っ張り、息を荒げて縋り付く。 「すまんすまん、忘れとった」 絶対わざとに違いない軽い調子で謝り、意地悪く口角を上げ、腕を背中に回す。 「ひゃうっ!?」 シャツの裾をめくり、人さし指でくすぐるように背筋をなであげる。 「寝ろ」 耳まで赤くして頷き、靴を脱いでソファーに仰向けになる。茶倉が舌なめずりで背広を脱ぎ、背凭れにかける。 「いざ除霊開始や」 「はやくっ、ぁッ、もたねッ」 「こらえ性がないな」 数珠が右手首を締め上げて痛い。茶倉が自分の手から抜き去った数珠を、俺の胸板で転がし始める。シャツ越しに擦られた乳首が尖って形を浮かすのが恥ずかしい。 「ンっ、ふっ、ちゃくらそこ、ぁあっ」 「えらい瘴気がたまっとんな。せやからまめに通ってこいゆーたやん、最低でも週一でガス抜きせんと」 茶倉が淡々と呟き、新たな数珠を取り出して俺の両手を束ねる。頭の上で縛られた両手にギチギチと数珠が食い込む。滑らかな手が素肌を這い回り、過敏に尖りきった乳首を摘まみ、カウパーで汁だくになったペニスをぐちゅぐちゅしごきだす。 しこった乳首をさんざん舌でいじめぬき、根元から搾り立てて茶倉が囁く。 「ホンマ、難儀な霊姦体質やな」 この体質を自覚したのは高1の時。ある夜を境に、毎晩のようにどす黒い影に犯される夢を見始めた。 当時の俺は思春期ってヤツで、四六時中Hな妄想を繰り広げちゃ悶々としていた。 それは認める……認めるが、せいぜいがクラスで一番可愛い女の子といちゃいちゃしたり若い女の先生とスケベな個人授業をする程度で、夜毎謎の影に強姦されるなんてわけわからないシチュには断じて憧れてない。 やがて謎の影は実体をとり、夢から抜け出して俺をヤりまくるようになる。 ギシ、とベッドが軋む。体の上に何か黒くてモヤモヤした人型のもんが乗っかっていた。当時の俺は面白半分でネットの心霊動画を見ていた、馬鹿な高校生だった。で、すぐ幽霊に寝込みを襲われたのだとわかった。 マジか、霊とか実在したのか。 実体験として怪談サイトに投稿しようかな、金縛りだけじゃパンチが弱いか、他に何かねえと……その時はまだそんな事に気を回す余裕があった。ちょっとだけ感動してもいた。もし手が動いたらスマホのシャッターを切っていた。 しかし、しかしだ。「他に何かねえと」とは思ったが、「ナニをされたい」なんて望んじゃない。 『ッ!?』 突然Тシャツがまくれあがり、成長期の途上の薄い胸板と腹筋を剥き出しにされた。続いて素肌を這い回る生々しい手の感触。 『あっ、ふっ、ンあっ、えっ?』 ナニされてんの俺。ナニされてんのか。脳内の混乱が収束した後にやってきたのは圧倒的な恐怖と嫌悪。謎の影は俺の裏表を好き放題にまさぐり、遂にズボンを脱がす。 『!やめっ、ぁぁ』 膝までズボンを下ろされた。当然下着ごと。露出したペニスに黒い手が絡んでしごきだす。目に映る光景は全てが悪夢めいていた。喉と舌と口は動く。絶叫すれば他の家族が気付いて助けにくる? そこまで考え、この状態で人を呼ぶのを躊躇する。 『あッ、ぁっ、ぁあっ、ンあっ、よせっ、痛ぐ』 体内に出たり入ったりする熱くて太い何か。見えないのにエグい質量を感じる。途中で金縛りが解けても挿入されたまんまじゃ逆らえない。シーツをかきむしり枕を噛んで喘ぎ声を殺す俺を、体にのしかかった黒い影は嗤っていた。 一晩中乳首やペニスや耳たぶをいじくられ、ケツの奥の前立腺をぶっ叩かれ、ろくに睡眠もとれない日々が続く。本当に生き地獄。 なお悪いことに、正体不明の影に連日レイプされてるうちに変化が起き始めた。最初は瞼の裏を過ぎる映像だった。 『んッ、んッ、んんッ!?』 枕カバーを噛み、こみ上げる快感に耐えてるうちに、ここじゃない部屋の光景がぼんやり浮かび上がる。安っぽいピンクの壁紙と鏡張りの天井……ダブルベッドの上には大人の玩具が散らばっていた。ローターとかバイブとかアナルパールとかそういうの。 『ぅあっ、ンっ、んだこれっ』 俺もエロいことに興味津々な高校生、エロ本とか友達んちでこっそり鑑賞会したAVとかでその手の卑猥な道具の知識はあった。で、その部屋が場末のラブホってのもわかった。瞼の裏で繰り広げられているのは性行為、しかも男同士の。何故男同士ってわかったかって……説明するのもうんざりだが、正面の鏡に一部始終が映っていやがったのだ。イメージの中の俺は若い男を組み敷いてガツガツ犯してるが、現実じゃ犯される側だ。てことは強姦魔と視点を共有してる?一種のテレパシー、デジャビュ? 『あぅっ、んあっやっそんな強くしたらィっちゃ、待っよせっ変なもん見せんな!』 最悪だった。五感を伴った猥褻な映像に脳内を犯されて、現実じゃ正体不明の影に犯されて、二重に快感が増幅される。犯されながら犯して、犯しながら犯されて、双方の感覚に苛まれるのがたまらない。 『~~~~~~~~~~~~~ッぁぁあ!』 びゅくびゅくと痙攣したペニスが粘っこい白濁をまき散らし、その夜何度目かの絶頂を強制される。 両親や先生、友達には相談できない。そもそもなんていえばいい?悪霊にアナル開発済み、現在進行形で調教されてますってカミングアウトしろと?心療内科に連れてかれるのがオチだ。 『どうしちまったんだよ俺の体……』 連日連夜こんな夢を見続けるなんて、ひょっとしてゲイなのか?男に抱かれたい、あるいは男を抱きたい潜在願望の表れなのか? 誰にも言えない悩みを持て余し、飯は喉が通らず口数は減っていく。 そうこうしているうちに「影」の所業はエスカレートし、真昼間だろうと無節操におっぱじめるようになった。 『ふっ、うううっ』 もし今俺に突っ込んでる強姦魔が実在の人間なら逮捕できるが、幽霊じゃどうしようもない。 コイツは性欲のかたまりで、授業中も関係なく犯してくる。机でノートをとってる時も前に出て板書してる時も、見えない手でケツを揉みしだかれて抽送される。当然シャツの下の乳首は勃ちっぱなし、ズボンにはテントが張って前屈みにならざるえない。 『問3は烏丸、といてみろ』 『は、い』 教師にあてられ、怪しまれないように返事をする。今されてる事がバレたら学校生活の終わりだ。右手と右足、左手と左足が一緒に出る歩き方で黒板へ行き、チョークを握る。 数学の方程式をといている間も影は容赦しない。ていうか、俺が手も足もでないのをいい事に調子のりくさって無茶苦茶する。 『ふぁっ!?』 『どうした』 『な、なんでもありませ、ンんっ!』 耳たぶに吐息を吹きかけられて腰が砕ける。内股でもぞ付き、前屈みにチョークを動かす俺に教師が不審げな一瞥をよこす。クラスメイトも怪訝そうだ。見えない手に胸を揉まれ、股を淫猥にこねくり回され、さらにはデカいブツで追い立てられる。 『んッ、んッ』 ピク付く尻を視姦する無数の視線。ズボンの内側で収縮する括約筋。 下唇を強く噛み、チョークの先端で気忙しく黒板をひっかく。出たり入ったりするペニスが的確に前立腺を押し潰し、羞恥の極みで絶頂に至る。 『~~~~~~~~~~ッ!』 我慢の限界。筆圧を込めすぎたチョークをへし折り、その場にへなへな崩れ落ちていく。 『どうした烏丸、具合悪いのか。ん?何か変な匂いがするな』 『先生すいません、保健室に……』 『わかった、保健委員に』 『一人で行けます!』 むしろ一人じゃないと不都合だ。不自然な前屈みで教室を逃げ出し、ダッシュで向かった先は男子トイレ。一番奥の個室のドアを荒っぽく閉じ、便器に掛けてズボンを下ろす。 『ッは、ぁあっ』 大きく足を開き、オナニーおぼえたての猿みたいに股間をしごきまくる。まだ足りない、後ろにも欲しい。とはいえアナニ―の経験はない。俺も男の端くれ、ケツに指を突っ込むのはさすがに抵抗を感じる。瞼の裏に鮮烈なイメージが炸裂、俺よりひと回りでかくてゴツい手がぶっとい肉棒をしごきまくる。 『ふッ、ふッ、ふッ』 キツく目を瞑る。自然とリズムが同期して快感が倍増する。 何やってんだ……惨めさと恥ずかしさでじんわり泣けてきた。授業をサボって、トイレの個室で。クラスメイトにバレたら生きてけねえ。仕方ない、こうでもしなきゃムラムラしすぎて狂っちまいそうなんだ…… 『あっ、ンあっ、ふぁああっ、や、止まンねっ、ぁあっ』 『気持ちええ?』 『ッ!?』 口の端から涎をたらし、大股開きで竿をおっ勃てたまま振り仰ぐ。茶倉が個室の上から覗いてた。自慰に夢中で気付かなかった。 『おまっ、なん、授業中』 ショックで絶句する俺に対し、茶倉は右手に預けた煙草をちょいと掲げてみせた。サボって喫ってたらしい。 『なんやえらいエロい声するなー、思て覗いてみたら』 『頼む他のヤツには黙っててくれ!』 『お前が男子トイレで股おっぴろげてオナニー狂っとること?』 茶倉が意地悪くニヤニヤする。一方こっちは黙っててくれるならトイレのタイルに土下座する覚悟だった。 『俺っ、の、体おかしいんだ……ホントはホントにこんな事したくねえのに、こないだから毎晩金縛りにあって、変な夢見まくって……』 『どんな夢?』 苦しい言い訳に食い付いてきた。まさか夢ん中で影にヤられてるとも言えずごにょごにょする。 『夜になるたびでっかい黒い影がやってきて、その、俺のカラダで色々するんだよ……されてる最中に変な映像も見える、別の部屋の。ラブホみてえな』 茶倉が一瞬真顔になり、ズボンの尻ポケットをごそごそする。続いて数珠が投げ込まれた。 『巻いとけ。ちょっとはマシになるで』 『待っ』 数珠を持ち歩いてる高校生に初めて出会った。俺の制止を振り切ってさっさと退散する茶倉。半脱ぎのズボンに手をかけてドアを開ければ、既にトイレからいなくなっていた。 「悪霊に処女切られるなんてホンマ気の毒なやっちゃ」 「またその話かよ、蒸し返すな」 「ええやん別に、なんぼでも笑える」 「面白がってんのはお前だけ」 現在……俺と茶倉の関係は複雑化している。元同級生で友人、所長と雑用係、兼セフレ。主と従でたとえるなら間違いなく茶倉が主で俺が従。誤解してほしくないのは、この関係が半ば不可抗力であるということだ。 十年前、俺は茶倉に霊姦体質だと診断された。即ち……悪霊を寄せ付けて、強姦されやすい体質なのだ。世の中には稀にそーゆー突然変異がいるらしい。 「お前のオーラは霊を惹き付ける。で、そん中には厄介な悪霊がぎょうさんおる。ここで問題。生きてる人間の体を乗っ取りたがっとる連中は、どこから入ってくるでしょうか」 「なんでケツなんだよ、目とか口とか鼻とか他にもあんじゃん」 「それはそれでグロいやろ」 霊姦体質の人間が霊を取り込む部位はばらばら。ある者は口から吸いこみ、ある者は目から取り入れる。 俺の場合はたまたまケツだった。しかも普通の入り方じゃなくて、その、アレだ。アレなのだ。わかれ。察しろ。 「諦めろ。お前のケツがたまたま悪霊バキュームやったんや」 「せめて名器といえっ、ぁあああッ」 前戯代わりの数珠転がしで一通り俺の体を浄めた(?)茶倉が上体を起こし、ズボンを下ろす。生唾を飲む。下着から飛び出た茶倉のペニスは形よく、既にカウパーを滴らせていた。茶倉が口角を片方上げる。 「物欲しそな顔しよってからに」 「……してねえもん」 嘘だ。俺は茶倉自身から目を離せない、早く入れてほしくてたまらない。 「ん……」 茶倉が色っぽく切ない表情で目を閉じ、自分のペニスに数珠を巻いていく。数珠の表面に歪んで映り込む俺の顔は、どうしようもない劣情に火照っていた。 「早く祓ってくれ」 「今くれたるからええ子にしとれ」 じれてせがむ俺を、茶倉がニヒルな笑顔でなだめすかす。崩れた色気にぞくりとする。 霊姦体質は四六時中悪霊に狙われている。 俺の場合、それは常に強姦魔に見張られてるのと同じ事だ。 茶倉がくれた数珠を肌身離さず身に付けてるおかげで、どうにか貞操を守れてきたが……悪霊の瘴気を吸収しすぎた数珠はやがて黒く濁り、限界を迎えると同時にブツンと切れる。 俺は数珠が爆ぜ散る前に茶倉の所へ行き、「浄化」してもらわないといけない。じゃないと日常生活を送るのすら困難だ。 「今日だってお前、俺が貸したった数珠がなけりゃヤられとったで」 「相手は家庭持ちだぞ」 「アホぬかせ、幽霊になってもたら関係ない。さまようてはる期間が長いほど理性は薄れてく」 「うち帰りたいからエレベーター乗ったヤツが浮気するかよ、それも男と」 「自分の身になって考えてみい、ヤりたい盛りのエロガキ時分はマンホールにもムラムラしたやろ。もぐれる孔ならなんでもええんじゃ連中は」 茶倉の除霊法は独特だ。顧客が口外したがらないのも納得。一方でセクハラだの何だの訴える依頼人がでないのは、合意の上で事に及んでいるからか。 「ふ……、」 数珠がギチリと茶倉の肉に食い込む。見るからに痛そうで顔をしかめる。さらに手を伸ばし、鈴口に膨らむ雫をすくい、丹念に塗り広げていく。 「準備万端」 茶倉が俺を押し倒す。指で寛げたアナルにカウパーを塗し、まだるっこしい手付きで前立腺を探り、先端をぐっと押し当てる。 「ふぁっ、ぁっ、ぁあっ――――――――――」 体重をかけて押し入ってきた肉のかたまりにこじ開けられ、無我夢中で喘ぐ。 「ぁッ、茶倉それすげっ、気持ちいいっ、前立腺あたるっぁあっイっちゃうっ」 「除霊で感じちゃ世話ないで淫乱!」 「うるっ、せ、ぁあっ、ひあっ、ふぁあっあ」 ペニスに結んだ数珠がコリコリ媚肉を巻き返し、アナルパールを抜き差しされているような被虐的な排泄感に仰け反る。これが茶倉流の除霊だ。コイツは依頼人……憑かれた人間の体内に直接霊力を注入し、悪霊の残滓を一掃するのだ。 絶倫でイケメンで金持ちで、これじゃあ儲かるはずだとやっかむ。本人曰く別のやり方もできるらしいが、セックスが一番効率的なのだそうだ。 「ぁッ、あッ、ぁあっ」 数珠の束縛がキツいのか、抽送が負担をかけているのか、茶倉も額に汗を浮かべていた。体を繋げているせいで混沌としたイメージが脳内に流れ込む。茶倉がこれまで祓ってきた悪霊の姿が、依頼人の顔がめまぐるしく錯綜して悪酔いする。 「見境のォ感応すないうとるやろ」 「自分で、コントロールできたら、苦労しねえよっ!」 霊姦体質の弊害は、中に入ってきた存在の記憶を強制的に見せられること。 今までさんざん嫌なものを、おぞましい最期を見せられた。俺に最初に取り憑いた男はラブホで殺されたのだ。動機は痴情の縺れ。絶頂に至る寸前、ふいに茶倉が動きを止める。 「理一ィ……一か月ご無沙汰の間によそで男ひっかけたな?」 「ふ、へ?」 「締め付け具合でわかるわ、淫乱が」 軽蔑しきった表情で罵られ、耳まで真っ赤になる。 「仕方ないだろ……お、俺の体は悪霊に開発調教されて、後ろでやる快感に目覚めちまったんだ」 「オモチャ使たアナニ―で満足せい」 「物足りねえもん」 「そっちもしっかりやっとんのかい」 俺は高1の頃からゲイだ。 悪霊にヤられたのがきっかけでアナルセックスにハマっちまったのは人生最大の汚点。むしろトラウマを快感で上書きしようとしてるのでは? 素人分析は抽送の再開で散らされた。茶倉が怒りも露わに腰を叩きこみ、出たり入ったりするうちに白かった数珠が黒く染まっていく。 「理一ん中から出てけザコ霊ども!」 「ぁぁ―――――――――――――――――――――ッ……」 瞼の裏で閃光が爆ぜ、脊髄から脳天へ落雷が駆け抜ける。ずちゅると糸引き抜かれたペニスと俺の手の数珠をほどき、一足先に賢者タイムの茶倉が呟く。 「除霊完了。ぎょうさん出してスッキリしたな」 確かに体が軽くなった。気のせいか視界も明るい。ぐったりソファーに突っ伏す俺をよそに、茶倉が背広に袖を通して言った。 「二時に依頼人くるから換気せい。匂いがこもってかなわんわ」 「情緒ってもんがねえのかよ」 「後戯とピロートークご所望かいな?残念、他のヤツとオイタしてへんかったら考えたのに」 俺はコイツと離れられない。俺の特殊体質を知ってるのは世界中でコイツだけ、弱みをがっちり掴まれてる。よしんば他の霊能者でも除霊は可能として……出会うはしから悪霊にケツ狙われてるなんて、赤の他人に言えるか? ティッシュをとって後始末してる最中、茶倉が片手を突き出し催促してきた。 「ほい」 使用済みティッシュをのせようとしたら手の甲をはたかれた。 「アホか!ちゃうわ!数珠返せ!」 「さっき返したじゃん」 「もういっぽんあるやろ。がめようて魂胆ならいてこますどワレ」 茶倉の目が凄味を含んで据わる。あこぎな取り立てにハッとしてポケットを裏返し、さっきまでしてたのとは色違いの数珠を献上した。 茶倉が漸く表情を緩め、ビロードのケースに数珠を収納する。 何も言ってこないから、渋々こっちから口を開いた。 「親父、退院したよ。奇跡的な回復力だって医者も驚いてた」 「さよか」 俺が親父の看病で一か月不在にしてた間、茶倉は特別な力を込めた数珠を貸してくれてたのだ。 「レンタル料いくら?」 「貧民がいらん気ィ回すな」 「けど」 ソファーの背凭れに腕を回し、テーブルに長い足を投げ出した茶倉が飄々とうそぶく。 「友達価格ってやっちゃ。セックス一回でまけたる」 親父が退院できたのは数珠のご利益だろうか、厄を撃退する茶倉の力だろうか。 俺はまだ当分コイツの世話になるんだろうな。

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