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第11話

≪第二の被害者 木村聖(10)の証言≫ あかり、話しちゃったんだ。 しょうがないですね、認めます。言い訳はしません。私たち椎名さんをいじめてました。 あかり、椎名さんがやったって思ってるのかな。仕返しされたって考えてるのかな。 あの、茶倉さん。 YouTubeの動画で言ってること本当ですか。ホントに幽霊や妖怪が見えて、お祓いとかできるんですか。 嘘……じゃ、ないんですよね?すごい人なんですよね。私たちのこと、助けてくれるって約束できますか。 調子いいこと言ってるのは十分わかってます。いじめっ子が大人に泣き付く資格なんてないですよね。 でも……これしかないんです。 警察の人は頭っから信じてくれないし、お父さんお母さんは取り合ってくれないし。 先生だっておんなじ。 茶倉さん、私……犯人は別にいるって思います。知ってます。黒幕はあの子。 転校生の犬飼小鳥子。 犬飼さんは一学期がはじまってすぐ転校してきました。四国から来たって紹介の時に言ってた。すっごい美人でびっくりしちゃった。雰囲気がね、大人びてるんだよね。 瑞希は犬飼さんと友達になろうとしたけど、犬飼さんが選んだのは椎名さんでした。 トイレに行く時も移動教室の時も仲良く連れ立って、瑞希はめちゃくちゃやっかんでました。 夏休みも二人してコンビニや図書館に入り浸ってるのをよく見かけました。椎名さんち横の公園でもたまに。 あれは二学期が始まってすぐ、自由研究の課題を提出する事になりました。 私が出したのは朝顔の観察レポート、犬飼さんが出したのはネズミの解剖図。アレにはみんな引いてましたね。 提出が終わった後の5分休み、早速その事でいじりにいったんです。瑞希は犬飼さんの机にどっかりお尻を据えて、大きな声で言いました。 「ネズミの解剖図提出するとか頭どうかしてんじゃないの?グロすぎ。悪趣味。気持ち悪い」 ぶっちゃけ同感でした。あかりもしたり顔で頷いて、犬飼さんに酷い言葉を浴びせました。 私たちに罵られてる間、犬飼さんは教科書の角をトントン揃えていましたが、だしぬけに顔を上げて言ったんです。 「アレは替え玉。本命は別にある」 本命って何? 顔を見合わせる私たちをよそに、犬飼さんはミステリアスに含み笑い、思わせぶりにほのめかします。 「じきにわかる」 「ウソツキ!負け惜しみ言っちゃってさあ」 「アンタは今日からネズミの解剖マニアのネズミ女ね!」 瑞希とあかりが捨て台詞を吐いて去って行ったあと、私はその場に残り、犬飼さんを観察していました。 気になる点は他にもあります。椎名さんが欠席してるんです。 田森先生は家庭の事情だって言ってたけど、本当は私たちのせいじゃないかなって、心の中じゃ気にしていました。 下校時間になりました。 あの日……通学路の途中であかり達と別れた私は、こっそり椎名さんのアパートへ向かいました。椎名さんの休みの原因が私たちにあったらどうしようって、さすがに責任感じたんです。 だってあの子、一学期は一日も休まなかったんですよ?結構酷いことしたのに。 アパートの階段を上がってる時、廊下に先客がいるのに気付きました。 後ろ姿だけで犬飼さんだってぴんときました。イマドキあんな髪長い子珍しいし、姿勢がすごく綺麗なんです。軸が全然ブレない。 「しーちゃんいる?おしらせのプリントもってきたよ」 犬飼さんが何度ピンポンを押しても椎名さんは出てきません。留守かな? 十分ほど粘って遂に諦めたのか、犬飼さんが持参したプリントを郵便受けに突っ込んで踵を返します。 ばれたらまずいと慌てて物陰に引っ込み、好奇心に負けて尾行しました。 あの、変な意味じゃなくて。抜け駆けとかじゃないんです。ただ単にどんな家に住んでるんのか気になって、すっごい豪邸かな、高級マンションかなって。 ……謝りたい気持ちもありました。 椎名さんだけじゃありません。 私たち、犬飼さんにも色んないじわるしました。図書室やトイレに立った隙を見計らって机や椅子を倒したり、教科書をゴミ箱に突っ込んだり、上履きを焼却炉に捨てたり色々。 椎名さんに続いて犬飼さんまで不登校になっちゃったらどうしようって、それでせめて一言謝ろうって追っかけて、あれっ?て混乱しました。 犬飼さんの行き先、家じゃないんです。学校なんです。下校時間が過ぎて誰もいない校門をくぐって、ぐるって体育館を回り込んで、プレハブ屋根の自転車置き場を過ぎてどんどん歩いてくんです。 忘れ物したのかな、だったら校舎に入らないのはおかしいな。更衣室に水着おいてきたのかな。 大人しく帰ればよかった。 なのにユーワクに負けちゃった。 犬飼さんの行き先が気になって、十分距離をとって付いてって、私、見ちゃったんです。 体育館裏、雑草が疎らに生えた空き地。 生徒もめったに行かない寂しい場所に、ボロボロの百葉箱がポツンと立ってました。ていうか、あんな所に百葉箱があるなんて初めて知りました。 犬飼さんは一直線に百葉箱に歩み寄り、蓋を開けました。 私の位置からじゃ犬飼さんが邪魔でよく見えなくて、だけどすごい臭い匂いがして、すごい嫌な感じがして、これだめだ、逃げなきゃってぐるぐるしました。 だって犬飼さん、百葉箱の中に蓋の隙間から喋りかけてるんだもん。 頭おかしい。 普通じゃない。 何言ってんのか全然わかんない。呪文みたいな……お経?歌?あんなの絶対異常だよ! 一瞬チラッと見えた隙間の向こうは赤くて黒くてドロドロぐちゃぐちゃで、あれ何なの? 私、吐きました。 吐きながら必死に逃げて、校門を出た所でコケて、泣きじゃくりながら逃げ帰りました。 茶倉さん……犯人は犬飼さんです。 あの人、百葉箱で何か飼ってます。 もっと早く言えばよかったって……馬鹿じゃない?言えるわけないじゃん。 そんな事したら私、アレに殺される。見ちゃったもん百葉箱の中。一瞬だって関係ない、見たことばれたら犬飼さんが追っかけてきて仕返しされるに決まってる!! お願い信じて、犬飼小鳥子は百葉箱でヤバいの育ててたの! ひっ、ぎ。 やだまたやだやだ痛いなんで、ばらしたから怒ってるのやだやだごめんなさい許して犬飼さん! 人さし指が痛いよッ、助けて先生! ≪担任 田森仁(40)の証言≫ お見苦しいところをお見せしました。 山本と木村なら大丈夫、いま電話を入れたんで保護者が迎えに来ます。それまで斉藤さんが付き添ってくださるそうです。 痛みもね、落ち着きました。 しかしアレは……なんなんでしょうねホント。 校長先生や斉藤さんは幻肢痛とおっしゃいますが、山本たちの反応ときたら些か常軌を逸しています。発作のタイミングまで殆ど同じ。ドアを隔てた教室の内と外でのたうち回って、化かされてる気分です。 犬飼の行方は……わかりません。さっきまで確かに廊下にいたんですが、ちょっと目を離した隙に消えていて。 他の先生がたにも頼んで捜してもらってるんで、きっとすぐ見付かりますよ。 え、百葉箱を見に行く? 校長先生も? まさか……さっきの木村の発言、本気にしてるんですか? 犬飼が百葉箱で何かを飼ってたなんて馬鹿げてる。確かにありますよ百葉箱は、今はもう使われてない朽ちかけの。 あそこに人さし指が隠されてる、とでも言いたいんですか? よろしい、ならば同行します。可愛い教え子が通り魔かもしれないと疑われてるのに知らんぷりできません。 皆誤解してるんです。 犬飼はとてもいい子です。そりゃ親しみやすいとは言えませんけど、勉強も運動もよくできて、クラスで浮いてた椎名の存在をよく気にかけていました。 なんで児童相談所に通報しなかった? 簡単に言わないでください、教師がどれだけハードな仕事かわかってないんですか? テストの採点に日誌のチェック、授業の準備に諸般の雑務、部活の顧問。定時に上がれる奇跡なんてほぼないし、家に持ち帰ってやる仕事もたくさんある。夏休みだって学校に来るんです。 俺だってねえ、余裕があればそうしたかったですよ。斉藤先生や行政と連携とって事にあたろうと考えていました。もちろん校長の許可をとった上でね。 いま一番優先すべきは犬飼の安全です。 椎名は自宅にいるから大丈夫、保護者の確認がとれました。不登校の理由?さあ、そこまでは……お母さんも詳しく知らないそうです。 やっぱり真壁たちのいじめが原因でしょうか。椎名の件に関しちゃ言い訳できません、完全に俺の落ち度ですよ、情けない。 こっちです。体育館をぐるっと回って……見えますか、アレ。あそこです。 待ってください、前に立ってるのは……犬飼。なんだここにいたのか。捜したんだぞ、戻ってきなさい。 「いや」 わがままいうな。 「絶対いや」 なんで嫌なんだ。 まさか……木村の言うことは本当なのか。百葉箱の中に小指を入れてるのか。 「これはコトリバコ。やっと完成したの」 ふざけるのはやめろ。茶倉さんがお前と話したがってる。 「動画で見たことある。霊能者の人ね」 犬飼。 「残念、お兄さんの目は節穴よ。本当に悪い人が誰かもわかんないじゃない」 犬飼! 「そんなんバレバレや」 茶倉さん、何を。 「コイツやろ?」 なんで俺を指す? ≪黒幕 犬飼小鳥子(10)の告発≫ 茶倉さん、か。やるじゃん。見た目うさんくさいしてっきりインチキだと思ってたよ。 そのぶんだと私んちの事もばれてるかな? ねえ、この子たちが見える? あなたのまわりを走ってる、白くて細長いオコジョに似た……。 犬神っていうの。 私は犬神憑きの末裔。 全然犬じゃない?でしょうね、便宜上の名前だもん。古い文献にはネズミよりちょっと大きめ、体に斑がありしっぽの先端が分かれたモグラの一種って書いてあるよ。どちらかというと管狐やオサキの親戚っぽい感じ。 犬神の作り方ってね、とっても残酷よ。コトリバコと同じ位。 まずは犬を頭だけ出して埋めて、その前に餌を見せて置いて、飢え死に寸前に首を斬る。 すると頭が食べ物に飛び付くから、これを焼いて骨だけにし、器に封じて祀るわけ。 数匹の猛犬を戦わせて、勝ち残った一匹に魚を与え、犬の頭を切り落としたのちに術者が魚をたいらげるやり方もあるみたい。 これは犬神のおうち。 私は百葉箱で犬神を飼ってたの。 きっかけはコトリバコ。 犬飼家の娘は生まれた時から犬神に憑かれてる。私もね、物心付いた時から犬神の気配を感じ取ってた。おばあちゃんは素焼きの壺で飼ってたっけ。 けどね、特にこれとったきまりはないの。 で、考えたわけ。 どうせ飼うなら大きいおうちの方がいいじゃない?この子たちだってその方が快適よね? 私は犬神を百葉箱にお引っ越しさせた。 コトリバコが実在するとして。 中に犬神を放り込んだら。 単純な掛け算で、威力は倍になるんじゃない? ホントはずっと試したかった。 だけどなかなか……人さし指ちょうだいってお願いして、あっさりくれる人いないでしょ?無理矢理奪うのも気が引けるし。 でもね、真壁さんたちなら別にいっか~って。しーちゃんにいじわるだもん。 犬神は素直ないい子、私の言うことをよく聞く子。 下校中の山本さんを襲った。塾帰りの木村さんを襲った。真壁さんをエレベーターで襲った。 犬神は実体を持たない、故に壁のすり抜けも可能。 コトリバコに入れるのは動物の雌の血、子供の人さし指、はらわたから絞った血。 しーちゃんが住んでるアパートで飼ってる猫は、人懐こくて可愛いメスの三毛猫。 私は真壁さんたちの指を百葉箱に入れて、ネズミのはらわたを絞った血に浸して、ゆっくりじっくり熟成させた。 そして完成した私の、私だけのコトリバコ。 言ったでしょ、犬飼家は犬神憑きの血筋だって。私のおばあちゃんお母さんは人を呪うのが仕事なの。人を呪ってお金もらってるの。 四国じゃ嫌われ者だった。しーちゃんは初めて出来た友達。 しーちゃんへのいじめがどんどんエスカレートしてくのを見て、夏休みの自由研究はコトリバコにしようときめた。 でもね、気が変わった。 コトリバコを作った動機は抑止力。 しーちゃんは優しいから、クソみたいないじめっ子でも酷い死に方したら哀しむでしょ? ま、罰なら右手人さし指をもらうだけで十分かなって。核弾頭と同じ理屈、持ってるだけで脅しになるのがコトリバコのメリット。 計画の段取り。 三人がそれぞれ一人でいる所を犬神に襲わせる。とってきた人さし指は百葉箱にポイ。完成したら三人をここに連れて来て、コトリバコを見せる。 中身は……見せなくて大丈夫でしょ?外側の圧だけでヤバってわかるじゃん。 チクる? あはっないない!あの子たちにそんな度胸ぜったいない、自分だけが可愛いんだもん! コトリバコの犠牲になるのはアンタよ、田森先生。 しらばっくれないで。 わかってるの。 ねえ先生、なんでカウンセラーの言い分スルーしたの? なんで週一でしーちゃんち訪問したの? なんでパンやお弁当買ってきたの? 何で夏休みまで様子を見に来たの? なんで家庭訪問するのにお母さんのスケジュール調べず、しーちゃんのお留守番中狙ったの? 夏休みの最終日、私、しーちゃんのアパートに行ったの。 ドアは鍵が掛かってなかった。 不用心だなって思ってノブを回したら、しーちゃんが泣いていた。 肌着だけで。 「見ないで。小鳥子ちゃん」 あんた、しーちゃんになにしたの? ≪TSS助手 烏丸理一(26)の証言≫ 小鳥子が百葉箱を開けた途端、猛烈な瘴気と臭気が吹き付けた。 俺は見た。 四角い箱の中に犇めく無数の目、目、目。真っ赤な目が爛々と光ってこっちを見詰めてる。 「盗ってこい!」 「ひっ……!」 小鳥子が嬉々として叫び、百葉箱から飛び出した犬神の群れが田森に飛びかかる。 「話が違ェぞ茶倉、コトリバコが呪い殺すのは女子供だけだろ!」 「アレはコトリバコであってコトリバコちゃうで、小鳥子のオリジナル!標的は術者が一番憎んどるヤツ!」 小鳥子は狂ったように笑っていた。何故かそれが哀しげに見えた。相沢さんは戦慄の表情で凍り付き、茶倉は左手に巻いた数珠で犬神の群れを殴り飛ばす。 「死ね!みんな死んじゃえ!」 髪を振り乱し喚く小鳥子の周りで暴風が渦巻き、赤い眼光が不吉な輝きを増す。 犬神が田森の下半身に群がって埋め尽くす。 「ぎゃああああああああああああああああっ」 犬神に齧り付かれ悶絶する田森をよそに、風圧に抗って摺り足で前進し、小鳥子へと手を伸ばす。 「やめろ小鳥子、こんな事したらお前が壊れちまうっ!」 「ほっといて!」 俺の手を薙ぎ払い、両耳を塞いで仰け反る。 「もっと早く作ればよかった!もっと早くやればよかった!そしたらしーちゃんは綺麗なまんまだったのに、先生に酷いことされずにすんだのに!」 私がしーちゃんを守りたかったと、その全身が叫んでいる。 「しーちゃんの為に作ったのにしーちゃんがいなけりゃ意味ないじゃん」 故郷で迫害されてきた犬神憑きの女の子が、やっと手に入れた親友を失った痛みと哀しみに身悶え、透明な涙をこぼす。 「返してよ!しーちゃんを返してよ!」 駄々っ子のように暴れ回る小鳥子の醜態が正視に堪えず、掠れた声を絞り出す。 「茶倉!」 即座に理解した茶倉が靴裏で地面を踏み締め、複雑な印を結ぶ。刹那、大地が鳴動する。 「きゃっ、」 よろめいた小鳥子に肉薄し、鳩尾に狙い定めて拳を打ち込む。 「ごめんな」 女の子を殴りたくなかった。 苦渋の表情で詫びた直後、片腕で受け止めた小鳥子を寝かせて百葉箱に急ぐ。 右手の数珠が眩い閃光を放って闇を浄化し、力ずくで蓋を閉ざす。 「ようやった」 すかさず封印の札が飛来し、百葉箱を埋め尽くす。百葉箱から漏れ出る光が徐々に薄れ行き、遂に振動が止む。 「ふー……」 脱力気味にへたりこんで視線を投げれば、田森は全身歯型に塗れて気絶し、その腕を茶倉が蹴っていた。 「さっきのやりとり聞いとったか、校長センセ」 「はい。確かに」 「ほなよかった」 茶倉がにっこり笑い、スマホの再生ボタンを押す。 『誤解するな犬飼、あっちから誘ったんだ!それに脱がしたんじゃないぞ、向こうが勝手に脱いだんだ!俺はスマホで撮っただけ、それ以上は断じてしてない!』 「録音しといたで」 クズの言い分に腹が立ち、泡を噴いて伸びた田森を忌々しげに睨む。 「脅して脱がせたんだろロリコン野郎」 「たったいま警察を呼びました。田森先生にはじっくり話を聞きます。茶倉さん、証拠として音源をお借りしても?」 「好きにせえ」 儚い嗚咽に目を向ければ、地面に寝転がった小鳥子が丸まって泣いていた。 「ごめんねしーちゃん……私のコトリバコ、役立たずだ」 「ンなこたねえよ」 やり方はどうしようもなく歪んでいたが、友達の為に立ち上がった覚悟まで間違ってるはずがない。 「ず、っと、この力がいやで。でも、しーちゃんを助けられるなら、ひぐっ、使っていいかなって思ったの。ごめんねしーちゃん。ごめんねみーこ。ごめんねネズミ……」 「ダチの為に手ェ汚したんやろ。ほなええやん、猫とネズミは災難やけどいじめっ子は自業自得。他の誰もほめたらん時は、せめて自分で自分をほめたれ」 犬飼小鳥子は大事な親友を守る為にコトリバコを作り上げた。 ≪犬神憑き 犬飼小鳥子(10)の懺悔≫ 田森先生は逮捕された。先生のスマホからは大量の証拠画像が押収された。どんな写真かは知りたくないし聞いてない。たぶんそれが正解。 あとで私は刑事さんや先生にいろいろ話を聞かれた。おばあちゃんとお母さんも呼ばれてこってり絞られた。 数日後、茶倉さんから電話がかかってきた。 『お前が作たコトリバコな。燃した』 「え……大胆」 私が言うのもなんだけど。 「中の指も一緒に?」 『下手に開けたら大惨事やしそれしかないやろ。どのみちでろでろに腐っとって繋げへん』 「本体、熱くなかったな」 『大丈夫。断ち切っといた』 茶倉さんがさらりと言い放ち、この人やっぱすごいな、と実感する。 あの指は依代だ。呪力増幅装置と化したコトリバコ内にある限り、本体に情報を送り続ける。 真壁さんたちの悪夢の原因はきっとそれ。 『針刺したん?』 「依代として使えるか調べたの」 『怖。サイコパスの発想やん』 「ステーキだってフォーク刺して下ごしらえするじゃん、一緒一緒」 『全然ちゃうしたとえがいちいち物騒やねん』 百葉箱の指には時々会いに行った。 ホントは開封厳禁だけど、いけない好奇心をおさえきれず、爪と肉の間に針を刺してぐりぐり抉ったりした。 心は痛まない。 真壁さんたちはしーちゃんにいじわるだったし、針千本刺されて当然。 「テキトーでも案外なんとかなるんだね。新発見」 『念には念を、指には針を、か。わざわざ百葉箱使たんもワケあるな』 「たとえば?」 『元の怪談のコトリバコは対象の身近におかな発動せん。いじめっ子殺りたきゃ|敵陣《学校》に仕掛けな意味ないやん』 「ご明察」 大枠は茶倉さんの指摘通り。 体育館裏に打ち捨てられた百葉箱をコトリバコに改造したのは、呪いの効果範囲に学校を入れたかったら。 他の箱はどうしたって違和感あるけど、百葉箱に擬態したコトリバコなら、日常風景に溶け込める。 「百葉箱がない学校ってまずないでしょ?教室のロッカーの上はさすがに目立っちゃうけど、体育館裏の死角に置けば、みんな気付かないよね」 『悪知恵回る』 「あ、しーちゃんは除外するように書き入れたよ。じゃなきゃ意味ないもん」 『底面や天板にエゲツない呪が刻まれとったもんな。他のガキ巻き込むんは』 「しかたない。しーちゃんが大事だもん」 しーちゃんと再び会えたら、コトリバコを用いる際の注意点や使い方をちゃんと教えようと思っていた。 私はいま児童相談所にいる。 詳しい処分は追って通告すると言われ、学校も休まされてる状態。これからどうなるかわからない。ことによっちゃ施設送りかも。 唯一の救いは……。 「小鳥子ちゃん」 名前を呼ばれて振り向く。しーちゃんが照れ臭げな笑顔を浮かべ、そこに立っていた。 『同じ所におるんか』 「うん」 しーちゃんは私と同じ相談所に保護されている。たまにお母さんとお姉さん、校長先生や斉藤さんが面会に来る。 校長先生から今回の顛末を聞いたしーちゃんは、児童相談所で私の顔を見るなり、とびきり強烈なビンタをきめてきた。 「コトリバコなんかいらない、危ないことしないでって怒られちゃった」 『ええダチやな』 「みーこを殺した件はガチでキレた」 『そらせやろ』 「私も……哀しかった」 ネズミの時と違い、暴れるみーこを絞め殺す時は本当に辛かった。 だけど、でも、やり遂げる必要があった。 「茶倉さん、私ね。ダントツぶっちぎりでしーちゃんが大事なんだ」 なんでいじめを止めさせる為にここまでしたのか、大人は不思議がる。 確かに今のしーちゃんを守るだけなら、犬神でびびらせるだけで事足りたかもしれない。 「私は弱くて馬鹿な子供だから、大事な人を守れる、すごい武器がほしかった」 『さよか』 このさき時が経って離れ離れになる日が来ても。 しーちゃんが大丈夫なように、切り札を残していきたかった。 「また引っ越すかもしれないし。まだ小学生だし、一人暮らしとか無理だし」 『うん』 「今は私がいるからいいけど、いなくなったらまた……だからね、しーちゃんにコトリバコあげたかったの」 自由研究の課題なんて嘘。 あの百葉箱は、私からしーちゃんへのプレゼントだ。 ギュッと目を瞑り、汗ばんだ手でスマホを握り締め、掠れた声を絞り出す。 「しーちゃんが喜ばないのはわかってた。でも、そうしたかった。私にできるのはこれだけだもん。しーちゃんは私のこと怖がらないし、キモがんないし、それで私、それだけで救われたの」 コトリバコを作った人たちの気持ちがわかる。 その中にきっと、私のご先祖様もいた。 「ねえ茶倉さん。穢多とか非人とか、あれホントは私たちのことだよね」 『……』 「穢れを多く抱え込んで、人に非ずって蔑まれて、私たちのことだよね」 初めて会った時、同じ匂いを嗅いだ。 この人は同類だと直感した。 私と同じ、忌まわしい憑き物筋。 「もっと酷い呼び方って、化け物かな」 コトリバコに封じたのは私の弱い心。 たった一人の友達に嫌われるのが嫌で、人間のふりをしようとしたずるい心。 「最初にコトリバコ作った人たちだって、作り方を教えた人だって、綺麗なものは綺麗なまんまとっときたかったと思うの」 『せやな』 「私も同じ。しーちゃんには綺麗なままでいてほしかった」 酷い話だ。 「間違ってた。しーちゃん、汚れてなかった」 先生に何されても。 「勝手に汚れたとか汚されたとか決め付けて、暴走した私が一番悪い。最低」 『ダチを傷付けられたらキレて当然やん』 「うん……助手さん元気?私に腹パンしたおでこの広い」 『買い出し行っとる』 「落ち込んでない?」 『結構きてたな』 「ごめんなさい」 目が覚めて最初に飛び込んできたのは、助手さんのとても辛そうな顔だった。 『ジブンのこと気にしとった』 「また掛け直す」 『小鳥子』 茶倉さんの声色が真剣味を増す。息を止める。 『お前も俺と同じ、バリ高ポテンシャル秘めた術者や。素人が作ても半端なモドキが出来上がるだけ、オリジナルのコトリバコが機能したんは素質による所が大きい』 「はい」 『お前の罪は現行法で裁けん、この国は霊や呪いの存在を認めてへんさかい。でもな、忘れんな。山本あかり、木村聖、真壁瑞希。以上三人の人さし指を奪たんは他でもない、お前やで犬飼小鳥子。これから箸使てもの食うたび、ペン握てもの書くたび、いちいち思い出して罪悪感に苦しめや』 「わかった。忘れない」 真壁さんは将来ピアニストになれたかもしれない。 彼女の夢を断ち切ったのは私だ。 『それさえ忘れんかったら、ギリギリ人でおれるで』 通話が切れた。 背後で立ち聞きしていたしーちゃんと目を合わせ、バツ悪げな笑みを交わす。 私は犬飼小鳥子。 犬神憑きの末裔。 まだ辛うじて人間の化け物。 「校長先生が面会に来たよ。小鳥子ちゃんに会いたがってる。行こ」 「うん」 しーちゃんが差し出す手を強く握り返し、ホールの方に駆けだした。 私の犬神、コトリバコと一緒にお焚き上げされちゃった? 呼べばまた戻ってくるかなあ。

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