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第5話 出会い Ⅳ

「ハル、アキ。」 突然人の声が聞こえ、樹は飛び起きた。 側にいた犬たちが名前を呼ばれ一斉に駆け出す。 そこには青年が立っていた。 黒髪短髪で筋肉質、精悍な顔立ちで程よく焼けた小麦色の肌は健康的だ。 樹とは正反対の人だった。 ⸺あ…。 パチッと目が合う。お互い無言で見つめあった。 「…お前さ、」 青年が樹の前にしゃがみこむ。 一気に顔が近づいて思わず怯んでしまった。 「何で泣いてんだ?」 「え?」 頬を温かいものがつかう。そうだ、泣いてたんだった。 青年に気を取られてすっかり忘れていた。 それを皮切りに自身の状況を思い出し、樹は思わず顔を手で覆った。 説明するには恥ずかしすぎる。 「えーっと、そのー…。」 もじもじと身体をよじったことにより右足のワイヤーが音を立てた。 気づいた青年が樹の足を掴む。 「これ くくり罠 か?変だな、人間はかからないようにしてるはずだが…。」 なんの事だか全くわからない。 「まあいい、外してやるから待ってろ。」 そう言って手慣れた様子で外し始めた。青年のつむじが見える。 恥ずかしさやらなんやらで居た堪れない気持ちになり、樹はそっと顔を伏せ地面を見つめた。 「いっ!」 途中チクッとした痛みを感じた。 どうやらワイヤーの先から針金が飛び出していたようだ。 「チッ、何だこの雑な作りは。」 青年は苛ついた様子で辺りを見渡す。 「看板も見当たらねぇし、多分密猟だな。」 はぁー、と深いため息をついて背負っていたリュックを下ろした。 「ほら、足出せ。」 「?」 「怪我してるだろ、手当するから。」 ん、と催促される。 足首を見ると締めつけられた跡が赤くなり、針金で傷ついた所から血が出ていた。 しまった、撮影に影響はないだろうか。 帰って手当てするより今してもらった方が酷くならずに済むかもしれない。 そう思い言われたとおりに足を差し出した。 樹の白い足に青年の手が重なる。 大きくて筋張っている男らしい手だ、内側には幾つもマメができている。 芸能界ではあまり見ることのないかっこよさに胸が高鳴った。 「あの、手当てまでしてもらってすみません。宮本樹と申します。えーっと…」 名前は、と尋ねると青年は包帯を巻くのをやめリュックをあさり出した。 何かのカードを取り出し樹の前に差し出す。 「奈良(なら) 和也(かずなり)。鹿を狩っている最中にお前を見つけた。」 ⸺第一種銃猟狩猟者登録証、奈良和也…二十歳! 自分より年下だ、こんなに落ち着いてるのに。 「最近やっと第一種が取れたんだ。」 和也が誇らしげに言う。よく分からないが嬉しそうだ。 どうやら銃を使っていいよ、という許可証らしい。 さっきまで背中に背負っていた細長いものが銃なんだろうか。 「よし、終わり。」 気づけば手当てが終わっていた。 立ち上がる和也に慌ててお礼を述べる。 「奈良くん、ありがとう!」 「いいよ。けど、山の中はこういう罠が仕掛けられてたり動物がいたりで危ねぇんだ。知識ねぇのに一人で来んなよ。」 「う、ごめんなさい…。」 山の怖さは今日一日で嫌というほど理解した。 「にしても、誰だここに罠かけやがった奴…。」 和也がワイヤーを木から外し持ち上げると落ち葉の下から板のようなものが出てきた。 なるほど、これを踏むと罠が作動するのか。 「密猟ってことは、違反者ってことだよね?」 「まあなー。」 言いながら和也は意味ありげな視線を樹に送った。 「ま、お前も立派な違反者だけどな。」 「え!?」 「この山、私有地だぞ。」 ⸺山って保有者がいるの!? 露骨に顔を青くする樹を見て、和也はくつくつと笑った。 「うそうそ、冗談だ。ここはウチのもんだし、そんな厳しく規制する気はねぇよ。立ち入り禁止だったら大体看板が置いてあるからすぐわかるさ。」 揶揄(からか)われただけのようだ。 ホッとすると同時に、新たに疑問が生まれた。 ⸺二十歳で山持ってるってどういうこと? 「けどさっきも言ったが一人では来るなよ。わかったか?」 「肝に銘じます!」 「よしよし。」 和也は頷きポケットからスマホを取り出した。 「とりあえずおじちゃん等に連絡するわ。こいつはぜってー許さねぇからな。」 ぐっとワイヤーを握りつぶした。あまりの殺気に身の毛がよだつ。 ご愁傷さまです、誰だか知らないけど… じゃなかった! 電話を掛けようとしている和也にバッと飛びつく。 「今何時!?」 「は?」 和也は思わずといった感じで素っ頓狂な声を出した。 樹の顔をまじまじと見つめ、段々と眉根を寄せていく。 「お前、まさかスマホ…」 「わ、忘れてきました。」 うう、視線が刺さる。 和也は今一度樹をじっと見つめた後、深いため息をこぼした。 「おっまえほんと…、俺が通って良かったな。」 「感謝しております。」 「こいつらにも感謝しろ。」 木陰で休んでいる犬たちを指差す。 「ありがとー!」 駆けより頭を撫でると、嬉しそうに尻尾を振った。 「まずはお前の救出が先だな。どこから来たんだ?」 「えっと、下の方にあるキャンプ場だよ。」 「…ああ、あそこか。」 和也はリュックと銃を背負い支度を整えた。 「ハル、アキ。行くぞ。」 呼ばれた2匹は一目散に和也の元へ向かった。

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