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第2話 僕はツルハシマークを見つけた!

 さて、眠っても眠っても……夢から覚めることはなかった……。  僕は、「頭が痛い」と訴えて(仮病)、あの日以来毛布から出ていない。  誰も疑わなかった。城の人々は、皆良い人である。  毛布にくるまりながら、僕は必死に考えていた。  ――現在も僕は、『まさにメルファーレ神の再来!』『神童!』『攻撃魔術の使い手!』と言われている。三歳なのに! まぁ、さすがはNPCである。  メルファーレ神というのは、この世界に十三人いる神様の一人で、他にはエンジェリカ神なども存在する。この国の始祖とされている(ゲームだと強いアイテムを落とす存在でもある)――元々強い魔力を持っていたらしい。  ゲームにおいて悪名高いが、それでも裏切り者の第二王子は、やはり名だたる魔術の使い手という扱いではあった。それも数少ない魔術剣士だったはずだ。魔王はそれに目をつけたのである。それで第二王子は調子に乗ってそそのかされたのである。  魔術と剣術の両方を使えないと、魔術剣士(ウィザードナイト)にはなれない。  現在、剣の稽古はまだ始まっていない。  そして剣の稽古で、おそらく伝説の勇者と出会う。  ×剣の稽古をする。  ○剣は習わない!  僕は一人頷いた。魔術は既に習っているし、使っていて死ぬほど楽しかった記憶が実感を持ってあるため、やめられそうにないが、剣はやめられるだろう。なにせ僕は、高校の体育の剣道の成績は10段階評価で3だった! 向いてない!  勇者パーティに参加したのも、貴重な魔術剣士だったからだと思うので、その職業に付かなければ良いのである。僕は絶対に魔術剣士にはならない。  では、何をしていったら良いのだろう……。  万が一、なにか間違いが起きて、逃亡者生活を強いられる場合も考えて、一人で生き抜く力もつけておかなければならない。  あと――せっかくゲームと同じ世界にいるんだから、好きなことをやりたいとも思う。僕は、生産が大好きだ。うん。そうだ。そうじゃないか!  僕は生産をして、手に職をつけて、何があっても大丈夫な方向で、勇者関連からはドロップアウトすれば良いのだ! 夢かも知れないし、そうでないとしてもただの偶然でそんな未来は来ないかもしれないが、注意するにこしたことはない! 「そうと決まったら……早速!」  思い立ったが吉日、というか、思いついたら、早速やってみたくなってしまった。  ガバッと起き上がり、僕はベッドから降りた。  生産と一言で言うのは簡単だが、エンジェリカの生産システムでは、7種類の技能のレベルを上げることが可能だった。しかしこの世界に来てから、経験値バーなんて見た覚えがない。どうやってレベルを上げるんだろう? 「う、うーん……」  目を閉じて腕を組んだ。すると、真っ暗になった視界の左下に、ツルハシのマークが見えた。あ! 見慣れた生産ウィンドウを表示するマークだ! 今までもあったのだろうか? 誰にでもあるのだろうか?  他にもなにかないかと思いながら見てみたが、何もなかった。まぁ良い。  頭の中で、それを選択すると、目の前に淡い光が溢れた。  見れば、半透明の青い板が正面に出現していた。  鍛冶・装飾・木工・裁縫・調理・薬学・錬金術の7つのボタンが並んでいる。  恐る恐る手を伸ばすと、触れることができた。  タブレットを操作するのと同じ要領で、ゲーム同様それぞれ触れると、現在作成可能な『レシピ』が出現した。このレシピの通りに一定数作成すると、レベルが上がって、さらに上のレベルのレシピの生産が可能になるはずだった。  生産は0~200レベルまでだった。200レベル以上は、まだ公開されていなかったのだ。そもそも、190~200レベルのレシピが公開されたのも、僕がやっていた頃なのだから、この世界の時間で言うなら十年以上先だ。どこまで現在上げられるのだろう?  おいおい試すとして、僕は、何から取り掛かろうか考えた。  試しにやってみるとするならば、材料集めが簡単で、レベルが上がりやすいものが良いだろう。序盤が楽なのは、調理・薬学・錬金術の3つだと決まっていた。少し悩みながら、窓の外を見る。ゲームには四季が無くフィールドごとに気候が違うだけだったが、現在はしっかりと存在する。現在は、秋だ。  本格的にやるならば、必要素材を栽培することも検討しなければならない。  そう考えながら、窓の外で揺れている【小麦】と【稲】を見た。  どちらも生産者の倉庫には備蓄されていた素材である。 「小麦か。小麦から小麦粉を生成すると、レベル0からレベル3は、余裕だな」  思わずつぶやいた。【小麦粉】は、レシピレベル3である。  レシピは、5レベル上のものまで作成可能なので、現在レベル0の僕でも小麦作りは可能だ。  一人頷きながら、僕はクローゼットへと向かった。そして、もこもこの青い服に着替えて、汚れても良いように、上には魔術練習用のローブをまとった。王族だけあって、非常に高価で豪華な服なのだが、一番動きやすいものを選んだ。そのまま部屋を出る。 「ユーリ様! お具合はよろしいのですか!?」  すると、部屋の外に、僕の護衛の近衛であるラスカが立っていて、声を上げた。  銀色の甲冑が軋んだ音を立てる。  二十代後半の青年で、よく日焼けしている。 「もう大丈夫」 「良かった……俺、心配してたんですよ。今は、どちらへ? お食事なら、持ってこさせますよ?」 「ちょっと小麦を見に行こうと思って」 「小麦?」 「小麦」 「どうしてまた?」 「小麦粉を作ろうと思って」 「小麦粉を作る!?」  僕が笑顔で言うと、ラスカが目を丸くした。 「粉引きですか? 何も殿下が自ら……農民を呼びますよ?」 「違う、そうじゃない。生産したいんだ」 「生産? 生産とは、ええと、どういう意味ですか?」 「えっと、だから、材料を用意して、ツルハシのマークを押して――」 「ツルハシ!? ま、ま、まさか!! 殿下、殿下は、ま、まさか、【メルクリウスの加護】をお持ちなのですか!?」 「へ?」 「魔術を発動するのと同じ要領で、素材から生産なさりたいと、そういうことでは!?」 「う、うん」 「それが可能なのは、一億人に一人のみが生まれ持つ【メルクリウスの加護】により、先天的に視界の端にツルハシマークが見られる聖人だけだという伝承を知らない者はおりません!」 「!」  僕は狼狽えた。メルクリウスというのも十三人の神様の一人で、それは知っていた。だが、「知らないものはいない」という加護の話を、僕は初めて聞いた。なにせゲームでは誰でも生産が可能だった……。それにゲームユーザー、一億人もいなかったと思う。 「そのことは、国王陛下はご存知なのですよね!?」 「……」 「すぐにご報告を!!」 「ま、待って!!」 「!?」 「――その、これは、部外秘で、誰にも話してはダメなことだったんだ。勿論父上もご存知だ。だからラスカは、誰にも言わないでくれ」 「承知しました……!」  とりあえず、加護というものについては、後で調べようと思った。 「それで、小麦を使った小麦粉作りを試したいんだ」 「もうそのように高度な技をお使いに!? 通常、卵をゆで卵にするのに3年かかると聞いていますが……」 「えっ、そうなの!?」  僕は狼狽えた。【ゆで卵】は、レシピレベル2の調理だ。それに3年もかかるとしたら、これは、生産はかなり大変だということだ……。小麦粉よりも先にそちらを試すべきだろうか……悩む……! 「滅多に存在しないので、俺も会ったことがないので、聞いた話ですが――これまでには何を作ったんです?」 「ひ、秘密! ええと……どうしよう……小麦……」 「行くだけ行ってみましょう。ついでに卵も。いやー、俺、一回見てみたかったんだー!」  こうして、ラスカに抱き上げられて、僕は城の外へと連れて行ってもらうことになった。

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