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第1話 神様の塔で一人ぼっち
「ふわ」とあくびをして「うーん」と伸びをする。ごろんと一回転してから、またドームを見上げた。
ベッドに寝転がったまま見るドームの天井の向こう側は今日も快晴だ。青い空に太陽がキラキラしていて、たまに小さな鳥が気持ちよさそうに飛んでいく。
「今日もいい天気だなぁ」
『朝になりました』
「おはよー」
僕の声に『おはようございます』と返してくれたのは、ネネという名前の……ええと、何だったかな。ナントカカントカって教えてもらったけど難しくて覚えられなかった。
ネネは、朝が来ると必ず『朝になりました』と話しかけてくれる。でも姿は見えない。ナントカカントカっていうのは塔全体にいて、僕みたいな姿はしていないんだって教えてくれた。
僕はネネのことを神様のお世話係だと思っている。だって、この塔はずーっと昔に神様が造ったものだからだ。世界中にいくつもあるらしいけど、僕はこの塔しか見たことがない。
塔は真っ白で背が高くて、てっぺんに部屋がある。中は一人で暮らすのにちょうどいい広さで暑くも寒くもない。僕が来たとき、部屋には大きなベッドとテーブルや椅子があった。不思議な形のお風呂やトイレも使える状態だった。つるつるした床は裸足で歩き回っても冷たくなくて、いまでも不思議に思っている。
壁には大きくて真っ黒な板がある。テーブルには真ん中からパカッと開く薄い箱が、床には黒や白の長い紐みたいなものもあった。それが何かは知らない。神様が使っていたものだとは思うけど、どうやって使うのか僕にはわからなかった。
『朝食を用意します』
「ありがとー」
僕がベッドから起き上がると、ネネが朝ご飯を用意してくれる。用意といっても壁のへこんだところにシュッと出てくるだけだから、僕はネネが料理をしているところを見たことがない。姿がないネネが、どうやって料理をしたり掃除洗濯をしているのかも知らない。
いろんなことがわからないままだけど、ネネを作った神様はすごいんだなってことだけはわかった。
『朝食の用意ができました』
ネネの声がしたあと、壁のへこんだところに朝ご飯が出てきた。大きなお皿の上には棒の形をしたパンっぽいものが三本と真っ白な飲み物が入ったコップ、それに黄色の小さくて四角いものが五個載っている。
「これってパンなのかなぁ」
大きなお皿をテーブルに運んでから、棒の形をしたパンっぽいものの端っこをパクッと囓った。味は甘くておいしいけど、パンみたいにふわふわじゃなくてサクサクって感じがする。
ネネが用意してくれる朝ご飯は毎日同じだ。棒の形をしたパンっぽいものは何種類か味があって、今日は甘い味。昨日はチーズ味で、その前は果実っぽい味で、その前は木の実のような味がした。
「ま、おいしいからどの味でもいいけどさ」
棒を一本食べ終わってから白い飲み物を飲む。最初はミルクかと思ったけど、ミルクよりほんのり甘くて少し酸っぱい。ヨーグルトみたいで、でも僕が知っているヨーグルトとは少し違っていた。
白い飲み物を飲んだら、次は黄色くて小さいものをポイッと口に入れる。
「これ、何だろうなぁ」
こんな食べ物は見たことがなかった。名前はわからないけど、これも毎朝必ず五粒出てくる。白や黄色、桃色、緑色といろんな色があるみたで、噛むとグニュッ、モチッとしていて意外とおいしい。
「匂いもちょっとずつ違うんだよね」
どうやら色が違うと匂いが違うらしい。今日出てきた黄色いのはさっぱりした甘い匂いで、緑色のは少しだけ葉っぱみたいな匂いがする。桃色のが一番好きなんだけど、明日はどの色だろう。僕は明日の朝ご飯のことを考えながら、今日の朝ご飯を食べた。
朝ご飯を食べたら今度は着替えだ。新しい着替えは、ご飯が出てくるところとは別の壁のへこんだところに置いてある。新しい服を取って脱いだ服をそこに置くと、シュッとどこかに消えてしまう。そうして次の日には洗濯されて出てくる。
「神様のお世話係ってすごいなぁ」
会ったことはないけど尊敬していた。僕は洗濯も料理も苦手で、唯一何となくできたのは部屋の掃除くらいだ。
「その掃除も、ここじゃネネがしてくれるけどね」
どうやってしているのかはわからないけど、床もテーブルもベッドもいつも綺麗だ。僕が気づかない間に音も立てずに掃除できるなんて、神様のお世話係は本当にすごい。そんなお世話係を作った神様は、もっとすごい。
「まぁ、神様にも会ったことはないんだけどさ」
神様ってどんな姿かなぁと思いながら、頭から服をすっぽり被った。首のところが大きく開いた服だけど、気をつけないと角が引っかかってしまう。
「だから、服を脱ぎ着するときは慎重にゆっくりと」
頭が通ったら、あとはストンと裾を落とせば終わりだ。普通の羽持ちだと、最後に服から羽を出さないといけないからこうはいかない。
「僕はちょっと動かすだけで済んじゃうけど」
ゆるゆるの服の中で、ちょっとだけ羽をパタパタさせる。それだけで簡単に羽の位置がいい感じに戻るから楽チンだ。
「楽チンだから、いいんだ」
本当にそう思っているのに、自分で聞いても少しだけ元気がないような声に聞こえた。
僕の両耳の上には小さな巻き角がある。本当に小さな角で、角持ちの中でも一番小さい角だと思う。それなのに色が真っ赤だから、空の青色をした僕の髪の中にあると変に目立つ。
空の青色の髪はフワフワのモコモコで、少し伸びるだけで大変だった。だから、気がついたときに自分で適当に切るようにしている。そういえば目も青いけど、そっちは空じゃなくて水の青色だって言われた。自分ではどう違うのか、よくわからない。
もう一つ、僕の背中にはこれまた小さな羽が生えていた。こっちも羽持ちとは思えないくらい小さいもので、肩甲骨っていう骨のところにちょこんとあるだけだ。パタパタ動かすことはできるけど、小さすぎて飛ぶことはできない。だから羽持ちからは「出来損ない」と呼ばれていた。
「こんなごちゃ混ぜの姿で生まれたのは、きっとお父さんが何人もいたからだ」
僕のお母さんは美人で有名なスキュラだ。金髪碧眼でおっぱいも大きかったし、たしかに上半身は美人だと思う。でも、下半身は怖い顔をした犬が三匹だ。怖い顔が三つもあって、脚なんて十二本もある。そんな姿でもお母さんはすごくモテて、何人ものお父さんたちに大事にされていた。
正直、僕のお父さんが誰かはわからない。ごちゃ混ぜすぎて誰の姿に一番近いのかわからないからだ。
そのくらいお父さんはたくさんいたし、お母さんはいつでもお父さんたちとえっちなことばかりしていた。たぶん、僕がお腹にいたときも何人ものお父さんとえっちをしたから、こんなごちゃ混ぜになったんじゃないかなと思っている。
「まったく、困っちゃうよね」
おかげで僕は生まれたときから一人ぼっちだ。羽持ちからも角持ちからも、なんなら下半身が馬や牛の半獣人からも、下半身が魚の人魚からも、二足歩行の獣人からも「ありゃ何だ」と言われて遠巻きにされてきた。
お母さんは子どもの僕よりお父さんたちのほうが好きで、僕にかまってくれることはなかった。僕を産んでもすぐにお父さんたちとえっちなことをしていたから、生まれたときから僕はずっと一人ぼっちだ。
「それなら早く大きくなって、さっさと独り立ちしよう」
僕が羽持ちなのか角持ちなのかはわからないけど、どっちも成長が早いからかあっという間に大きくなった。お母さんに放っておかれてもスクスク育つのが僕たちのいいところだ。そうして体が大きくなった僕は、のんびりできる誰もいないところに行こうと思って旅に出た。
あちこち歩き回ったのは一年と少しの間だったけど、本当にいろんなところを歩き回った。そのとき偶然通りかかったのが、神様たちが住んでいたって言われている遺跡だった。そこで僕は神様の塔のことを知った。
「よーし、神様の塔に行くぞ」
そこならきっと一人で静かに暮らせる。そう思って神様の塔を目指すことにした。
それからまた一年かけてこの塔にたどり着いた。ここは陸の端っこで目の前には海が広がっている。そういう端っこだからか周りには誰もいなかった。
こうして僕は、ようやく一人でのんびりできる場所を見つけることができた。塔の中はお母さんが住んでいた家よりずっと綺麗で、ネネっていう神様のお世話係がいろいろやってくれれるからとても快適だ。
それに、寝転がれば空が見えるドームの天井も最高だと思う。太陽がゆっくり昇る朝も、綺麗に晴れた昼も、夕焼けが眩しい夕方も、星が落ちてきそうな夜も、全部大好きになった。雨が降っている日だっておもしろいし、ずっと見ていても飽きない。時間があればベッドに寝転がって、お気に入りのドームの天井を見て楽しんだ。
僕はここに来てからずっと一人きりを楽しんでいた。独り言はちょっと増えたけど、それだって楽しんでいる。
そう、楽しんでいると思っていた。でも、最近はちょっとだけつまらないと思うときがある。ネネは話してくれるけど、決まった時間にしか話さない。一人ぼっちは楽チンだけど、誰とも話ができないのは思っていたよりつまらなかった。
「ちょっとだけつまんないかなぁ」
気がついたら、また同じことを言っていた。
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