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第2話 子どもを生むぞ!

 お腹が痛くて目が覚めた。なんだか体も熱い。ジンジンするお腹をさすりながら、毛布から顔を出してゆっくりと仰向けになった。  ドームの天井の向こう側では遠くがうっすらと明るくなっている。たぶん、もうすぐ太陽が昇るんだ。 「……イタタ」  またお腹がギューッと痛くなった。これってどういうことだろう。  これまでお腹が痛くなることなんてなかった。風邪をひいたことも熱が出たこともない。僕たちはほとんど病気にならないから、こういうときどうしていいのかわからなかった。 「そうだ、ネネに……って、まだ起きる時間じゃないや」  ネネは決まった時間にならないと話してくれない。それまで我慢できるかなと思った途端に、またお腹がギューッと痛くなった。 「どうしよう……お腹、痛い」  痛くなる感覚がどんどん短くなっていく。ギューッと痛くなって、ジンジン痛くなって、またギューッと痛くなる。あまりに痛くて、仰向けだった体を横に向けてギュッと小さく丸まった。 「だめだ、痛いの、おさまらない」  横を向いても痛いのは変わらない。ギューッとなってジンジンして、そのうち体が熱くなって全身から汗が吹き出した。僕はどうしていいのかわからなくて、とにかく必死に丸くなった。  そのうち、お腹だけじゃなくてお尻のあたりも痛いような気がしてきた。……違う、痛いのがお腹からお尻に向かっているんだ。 「なんで、どうして」  痛いのが少しずつ動いていく。だからといってお腹が痛くなくなるわけじゃなくて、今度はお腹とお尻の両方が痛くなってきた。  ギューッとなってジンジンして、それからお尻がジクジク痛くなる。痛いのがどんどんお尻に向かっていく。痛くて怖くて、僕は必死に目を瞑って小さく小さく丸まった。しばらくしたら、これまでで一番大きな痛みがお腹の奥をダダダダダと突っついた。ジンジンしたのがギュルルルルって動いて、お尻がジクジクする。  あまりにも痛くて、気がついたら「痛い、痛い」って泣いていた。痛くてベッドをぎゅうぎゅうに掴む。それでも痛くて体中に力が入ったとき、お腹にもグッと力が入った。そうしたらとんでもない痛みが走って、ますますググッと力が入って……痛いのが、急にスポンと消えてしまった。 「……ふぇ?」  あんなに痛かったのに痛みが消えてしまった。吹き出していた汗も、もう流れてこない。どういうことだろうと思って体を動かすと、お尻のあたりに何かぶつかったのがわかった。  ゆっくりと体の向きを変えて、毛布をめくってからお尻があったあたりを見てみる。 「……たまご?」  そこには真っ白な卵があった。 「え? なに? なんで?」  ゆっくりと体を起こして卵を見る。大きさは僕の両手の拳を合わせたくらいだ。卵は少し濡れていて、ベッドもちょっと濡れていた。そっと触った卵はじんわりと温かい。 「……もしかして、僕が産んだってこと?」  口に出したら、急にそんな気がしてきた。僕は、ベッドの上で卵をコロコロ転がしたりトントンと優しく殻を叩いたりして観察した。明るくなったドームの天井に卵を向けて、何か見えないか透かしたりもした。 「うーん。もしかして、これって無精卵ってやつなのかな?」  羽持ちは大体卵を産む。卵からは子どもが生まれるけど、子どもが生まれない卵を産むこともある。  お母さんの部屋の近所に住んでいたハルピュイアのお姉さんが、たまに子どもの生まれない卵を産むことがあった。お姉さんやほかのハルピュイアは、そういう卵を“無精卵”って呼んでいた。 「僕、雄なんだけどなぁ」  そもそも卵を産む羽持ちは雌だ。膝まである服の裾をペラッとめくって股間を見てみる。そこには小さいけれどちゃんと雄の証がついている。 「やっぱり僕は雄だよなぁ……あっ!」  独り立ちしてあちこち歩き回っていたとき、卵を産んだ雄に会ったことがあるのを思い出した。その雄も羽持ちで旦那さんがいた。ようやく生まれたと言っていた卵は無精卵で、とても残念がっていた。 「ええと、コカトリスのお兄さんだったっけ?」  バジリスクのお兄さんだったかもしれない。どっちか忘れてしまったけど、羽持ちの雄の中には卵を産む雄もいるんだって、そのとき初めて知った。 「じゃあ、僕のお父さんにはコカトリスかバジリスクがいたってこと?」  お父さんたちのことを思い出してみたけど、数が多すぎてコカトリスやバジリスクがいたかどうかわからなかった。そもそも僕は角も持っている。ということは、雄だけどこんなごちゃ混ぜだから卵を産んだのかもしれない。 「ってことはもしかして僕、子どもが生めるかもしれないってこと?」  こうして卵が産めるということは、卵から子どもが生まれるかもしれないってことだ。今回は初めてだったし、何より僕には旦那さんがいないから無精卵だった。でも、旦那さんがいたら子どもが生まれる卵を産んでいたかもしれない。 「子どもがいたら、つまんなくないかな」  急にそんなことを思った。つまらなくないかはわからないけど、一人ぼっちじゃなくなる。それなら、きっとつまらなくはないはずだ。  子どもならネネと違っていつでも話ができるだろうし、笑ったりケンカしたりもできる。僕の子どもなら僕のことを変な目で見たりもしないと思う。そんなことを考えていたら、卵を産むのはとても素晴らしいことのように思えてきた。  でも、一つだけ問題がある。子どもが生まれる卵を産むには旦那さんが必要だ。こんなごちゃ混ぜの僕の旦那さんになってくれる相手がいるだろうか。  僕たちはいろんな姿をしていて、同じ姿じゃない相手とえっちをしたり番いになったりすることもある。でも、生まれてくる子どもはどちらかに似た姿をしていた。それが普通だから、僕みたいなごちゃ混ぜの姿は遠巻きにされてしまう。何かよくない存在だと思われることもある。ジロジロ見られたりヒソヒソ言われたりすることもたくさんあった。  そういうのが嫌で、僕は一人ぼっちになれる神様の塔に来た。 「こんな僕の旦那さんになってくれる誰かなんて、いるかなぁ」  うんうんと考えてみたけど無理そうな気がしてきた。旅をしている間のことを思い出しても、そんな誰かはいないような気がする。  しゅんとしながら、僕はネネが用意してくれた朝ご飯を食べることにした。 「旦那さんがいないと、子どもが生まれる卵は産めないしなぁ」  無精卵は産めるかもしれないけど、それじゃあ駄目だ。 「……そうか、無精卵だから駄目なんだ」  無精卵というのは、雄の種が入らないまま生まれた卵のことだ。だから子どもは生まれないんだってハルピュイアのお姉さんが教えてくれた。ということは、雄の種さえ入っていればいいってことだ。 「旦那さんは駄目でも、種だけなら何とかなるかも」  種をもらうだけなら、僕みたいなごちゃ混ぜでも「いいよ」と言ってくれる誰かがいるかもしれない。なんたって下半身が三匹の怖い犬だったお母さんにだって、あんなにたくさんのお父さんたちがいたんだ。  頭だけなら角持ちに見えるだろうから、一人くらいは種をくれる相手が見つかるような気がする。服を脱がなければ背中の小さな羽を見られることはないし、きっとごまかせる。種はお尻にもらえばいいわけだから、それなら裾をペラッとめくってお尻だけ出せばいい。 「うん、種だけもらえばいいんだ!」  いい考えだと思ったら、しゅんとしていた気持ちもすっかり消えた。 「せっかくだから、すぐに探しに行こう」  僕は久しぶりにワクワクした。お母さんの家を出て旅に出るんだと決めた日くらいドキドキしてくる。  種をくれる相手を想像しながら、棒の形をしたパンっぽいものをムシャムシャ食べた。ちょっと甘くて少し酸っぱい白い飲み物を飲みながら、どんな相手がいいか想像してみる。 「僕の頭だけなら角持ちに見えるから、やっぱり角持ちかなぁ」  角持ちはどこに行っても大体いるから、それがいいかもしれない。 「あ、でも羽持ちは相手が角持ちでも気にしないんだっけ」  角持ちよりも数が多い羽持ちは、相手が角持ちでも下半身が馬や魚でも気にしないって聞いたことがある。だからこの世界には羽持ちが多いんだって教えてくれたのはアプカルルのおじいちゃんだ。おじいちゃんも、おじいちゃんの兄弟も羽持ちと番ったって言っていた。  アプカルルは体にびっしりと鱗があって、頭や手足は僕みたいな姿をしている。ちょっと怖く見えるアプカルルとでも番ってくれるなら、僕にも種くらいはくれそうな気がした。 「まぁほかの誰かでも、種をくれる相手ならいいか」  見た目よりも種をくれるかどうかが重要だ。それに、一回種をもらっただけで子どもが生まれる卵を産めるかわからない。何度か種をもらうことになるかもしれないわけだし、そうなるとやっぱり見た目よりも種をくれるかが大事になってくる。 「よーし、種を探しに行くぞー!」  そして子どもを生むぞー! 僕はドームの天井に向かって握りしめた拳をグッと突き上げた。

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