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第3話 種を探しに僕は旅立つ
お昼ご飯の時間になって、ネネが『昼食の用意ができました』と話しかけてきた。僕はネネが話し終わる前に、急いで「十日分の朝ご飯をまとめて出して!」とお願いした。
『了解しました』
よかった、用意してもらえるんだ。十日分じゃ足りないかもしれないけど、それ以上はパンっぽいものが腐ってしまうかもしれないから、とりあえずの十日分だ。
本当は、お昼ご飯のスープや夜ご飯の汁がかかった四角いお肉みたいなものもいいなと思っていた。でも、持ち運ぶことを考えたら朝ご飯が一番よさそうだと考え直した。
「白い飲み物は皮水筒に入れれば大丈夫かな」
そういえば、神様も僕と同じものを食べていたんだろうか。お昼ご飯のスープをスプーンでクルクル混ぜながら、そんなことを思った。
神様の塔で出てくるご飯は見たことがないものばかりだけど、パンっぽかったりお肉っぽかったりする。具材はよくわからないけどスープは僕たちが食べるものに近いし、もしかして神様は僕たちと同じようなものを食べていたのかもしれない。
「神様って、どんなだったんだろう」
神様がいたことは知っているけど、どんな姿でどんなことをしていたかは知らない。きっと僕たちの誰も知らないに違いない。それでも神様が住んでいた遺跡があちこちにあるから、神様がいたことは僕たちもよく知っていた。
『十日分の朝食の用意ができました』
お昼ご飯が置いてあったところに、山積みになった棒の形をしたパンっぽいのと、白い飲み物が入ったコップが十個出てきた。こぼさないように大きなお皿をしっかり持ってテーブルの上に置く。
「うわぁ、桃色の四角いのもいっぱいだ」
きっと今朝が桃色だったからだ。棒の形をしたパンっぽいのと合わせたら、十日よりもう少し長く食べられそうな気がしてきた。
「すぐにたくさん出せるなんて、ネネはすごいなぁ」
それに、毎日同じ味のものを作り続けられるのもすごい。
「ネネは同じものしか作れないのかなぁ。それとも、神様はいつも同じものを食べていたとか?」
よくわからないけど、とりあえず十日分の朝ご飯が手に入ってよかった。
僕は大急ぎでお昼ご飯を食べてから、ベッドの下に押し込んでいた袋を二つ引っ張り出した。これは神様の塔に来た最初の日に見つけたもので、何かに使えるかなと思ってベッドの下にしまっておいたものだ。
「そういえば、この中に入ってたものって何だったんだろう」
小さい袋には何本もの赤い色の細い棒と、いろんな色をした薄っぺらな小さい箱が何個も入っていた。触ったら青や茶色のキラキラした色が指についてびっくりした。
中くらいの袋にはガラスの大きなメガネに魚のヒレっぽいもの、真っ黒でツルツルした変な服が入っていた。もしかして神様の服だったのかもしれないけど、僕には必要なかったから全部ごみ箱に捨ててしまった。
空っぽの袋を開いて、パンっぽい棒を入れる。小さい袋には甘い桃色の粒を入れて、両方とも旅をしていたときに使っていた背負い鞄の中に入れた。背負い鞄の底には、今日の朝着替えるはずだった洗濯済みの服も入れてある。
「服は、いま着てるのと二つあればいいかな」
あとは、お風呂場にあるタオルを二枚追加すれば完璧だ。取りに行くついでに、お風呂場で白い飲み物を皮水筒に移し替えた。ちょっとこぼれてしまったけど、これだけあれば十分だ。それから髪を切っていた小さなナイフも鞄に入れて、準備は万端整った。
「よーし、僕に種をくれる誰かを探しに行くぞー!」
神様の塔に来たときよりも重い背負い鞄を担ぐ。旅の間使っていたクタクタの布サンダルを履いて、一年ぶりくらいに塔の外に出た。
僕はまず、陸のほうに行くか海の向こう側に行くかを考えた。陸のほうは、僕が神様の塔に来る前に通ってきたところだ。
「……こっちはやめておこうかな」
塔に来るまでの間に出会ったのは、僕をジロジロ見てヒソヒソ話をする半獣人や角持ちが多かった。ということは、僕に種をくれる誰かはいないような気がする。
じゃあ、目の前に広がる海の向こう側はどうだろう。塔に来るまでの間に大きな池の近くを通ったことはあったけど、海の近くは通ったことがない。だから、海の向こう側がどんなところかわからない。
「わからないけど、海の向こう側のほうがいい気がする」
海の向こう側になら、ごちゃ混ぜの僕にも種をくれる誰かがいるかもしれない。
「よーし、行き先は決まった」
僕は塔のすぐ下にある海のそばまで降りることにした。
「本物の羽持ちならパパッと飛んで行けるんだろうけど」
そう思って空を見上げたら、真っ赤な鳥が火の粉をまき散らしながら気持ちよさそうに飛んでいた。残念ながらパタパタ動かすことしかできない僕の羽じゃ、あの鳥みたいに海の上を飛んで行くことはできない。もちろん泳いで行くなんて無理だから、舟を探すことにした。
急な坂道をズルズル滑りながら海のそばに降りると、とても小さな舟がプカプカと浮いているのが見えた。
「やったぁ!」
すぐに舟が見つかるなんて何て幸先がいいんだろう。神様の塔の近くだから、いいことが起きるのかもしれない。
船の中を覗き込んで「もしかして神様が使っていたのかな」なんて思いながら、穴が開いていないことを確認した。「神様の塔に住んでいてよかったなぁ」って思いながら、担いでいた荷物を載せて乗り込む。
「ええと、たしかこの棒を動かして……」
大きな池で一度だけ乗った舟は、ブラウニーのおじさんが長い棒を使って動かしていた。この小さな舟にも棒がついているから、たぶん同じようにすれば動くはず。
そう思って棒をクイクイと動かした。そうしたら、とてもゆっくりだけど少しずつ海のほうに向かって舟が進み始めた。
「海の向こう側って、どんなところかなぁ」
そんなことを思いながら棒を動かし続ける。少しずつ陸が遠くなって、神様の塔も段々小さくなっていった。一年くらいしか住んでいなかったけど、ほんの少し寂しいなと思いながら手を振った。
それからも僕は棒を動かし続けた。途中で持って来た朝ご飯を食べたり、夜は舟の中でゴロンと寝転んで夜空を眺めたりした。そうしてゆっくり動いていく舟の上で、昼と夜が七回過ぎた。
「夜空はどこで見ても綺麗だなぁ」
舟の上での一番のお気に入りは、やっぱり夜空だ。今夜も降ってきそうな星に手を伸ばして、手のひらを握ったり開いたりしてみる。
「もしかしたら流れ星くらいは掴めるんじゃないかと思ってたけど、やっぱり無理かぁ」
たまにピューッと流れる星を見ながらそんなことを思った。そんな楽しみを見つけながら八回目の夜が過ぎ、九回目の昼が来た。
「昨日より静かだなぁ」
これならもう少し遠くまで行ける気がする。そう思って棒を握ると、急に海が盛り上がってびっくりした。小さな舟が大きな波に何度も当たって、グラグラ、グラグラと前後左右に大きく揺れる。
「なに、なに、なに」
必死に舟にしがみついたけど、どんどん揺れがひどくなって落ちそうになった。舟底に置いていた背負い鞄は、あっという間に渦を巻く海の中に落ちてしまった。
「なに、なに……!」
一際大きく盛り上がった海の中から、大きくてつるっとしたものが出てきた。つるっとした真ん中にはとんでもなく大きな目がある。同時にニョロニョロした太くて長い脚が海から何本も出てきた。
「ク、クラーケン?」
本物を見たのは初めてだ。クラーケンは海にしかいないから、海の近くに行ったことがなかった僕は話でしか聞いたことがなかった。
「でも、クラーケンって、なんで急に」
「なんで急に出てきたんだろう」と言い終わる前に、クラーケンの太い脚がグワッと海を押し上げて大波を作った。その波が僕の乗っている小さな舟にドーンとぶつかる。続けてさらに大きな波がドドーンとぶつかって舟を押し上げた。
必死に舟の端っこを掴んでいた僕の手は、あまりにもすごい衝撃で簡単に離れてしまった。
「あっ!」
小さな舟がポーンと空中に飛び上がった。それよりも遠くに飛んでしまった僕の体は、そのままドボンと海の中に落っこちた。
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