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第1話

 昔々、あるところにポムフィオーレというお城がありました。そのお城には、フロイドという可愛らしいお姫様(♂)がいました。鮮やかな海色のターコイズに一房だけ漆黒のメッシュをたらした髪、ゴールドとオリーブの2色の宝石のような瞳は少し眦がさがっていて愛らしく、楽しそうに大きく開けて笑う口からはギザギザな歯がちらりと見えていましたがそれすらも愛嬌があってフロイドの可愛さを引き立てていました。    そんな可愛らしいフロイドに頭を痛めていた人物がいました。それはフロイドの継母である、美しき女王・ヴィルでした。奮励の精神に基づくポムフィオーレでは、ヴィル女王をはじめ美意識の高い者が殆んどでしたが、フロイドだけが違ったからです。見た目はポムフィオーレに相応しいのに、美に対して何の興味もないフロイド。気まぐれなお姫様は楽しくないことはしたくないという気分屋さんだったので、ヴィルは常に小言を言っていました。 「フロイド!アンタまたスキンケアをサボったわね!」 「え~。昨日したけどぉ?」 「毎日しないと意味がないのよ!それに髪もボサボサじゃない!ちゃんと乾かしてから寝たの?」 「あ、わすれてた~」 「わすれてた~、じゃないわよ!大体アンタはいつもいつも、、」 「も~、ベタちゃんママうるさぁい」 「あ、こらっ、待ちなさい!フロイド!」  なんて事が二人の間では日常茶飯事でした。 「…もう、ホントうっさいんだからママは~」  ヴィルの小言から逃れたフロイドは、ずんずんお城の中を歩き広い庭園へと出ました。 「今日はもうケイコゴトって気分じゃねぇし」  庭園の向こうに見える城壁へと足を進めるフロイド。そこへたどり着くと壁のそばに生えている枝ぶりのいい林檎の木に手をあてました。 「すこぉしくらい、さぼってもいーよなぁ♡」  城壁に沿って伸びている丈夫そうな枝へひょいとジャンプすると両手で枝を掴み体を大きく振って壁の上へひらり。ドレス姿とは思えない身のこなしにフロイド自身も満足気です。 「あは♡オレすごーい。じゃ、いこっかあ」  そう言うと目の前に広がる深緑へ目を向け、その身を壁の向こうへ。草地に見事な着地を決めドレスの裾を軽く払うと、フロイドは後ろを振り返る事もなく森の中へ足どり軽く入って行ってしまったのでした。    そんなフロイドを称賛の目で見送るひとつの影がありました。 「オーララ。実に素晴らしい!見事な城壁越えだったよ、ムシュー愉快犯」    大きな羽つき帽子を被った狩人のルークでした。 「さて、我が君へこの事は報告させてもらうとして。暫しの間その尾鰭で自由に泳ぎまわっているといい、フロイドくん」  楽しそうににっこりと笑ったルークはくるりと踵を返し、城壁の上からフロイドとは逆の壁の中へその姿を消したのでした。 「僕の探していたキノコをこんなに収穫できるなんて嬉しいです」 「…良かったな、ジェイド」  うさぎやリス、小鳥たちに囲まれながら森の中を歩くふたり連れがいました。  ひとりは190cmの長身でターコイズに一房だけ黒のメッシュが入った髪に金とオリーブの2色の瞳をもつ少年。もうひとりは先の少年より少し小さく銀色の髪に肩にリスを乗せた少年で、ふたりは森のもっと奥の方に住む小人(?)たちでした。 「本当にありがとうございます。シルバーさん」 「…お礼なら動物たちに言ってくれ。見つけたのは彼らだ」    そう言ってシルバーが肩の上のリスを指でなでてあげると、リスは嬉しそうに指にすり寄ってきました。  その様子を微笑ましく見たジェイドが、そのリスに対して丁寧なお礼をします。 「ご案内していただいてありがとうごさいました。リスさん。この対価は必ずお支払いさせていただきますね」  胸に手をあて首を少し傾けたジェイドがにっこり笑うと、リスは体を震わせ飛び退きシルバーの肩から近くの木に飛び移って行ってしまいました。 「おや、逃げられてしまいました」  眉尻を下げ一見困ったような顔に見えるけれどその実たいして困っていないジェイドに、それをきょとんと見ていたシルバー。    そんなふたりの頭上で「…ぶはっ」と吹き出す声がしました。  ジェイドが声の方を仰ぎ見ると少し上の方の枝にドレス姿で自分たちを見下ろして笑っている人物がいます。  その人物と目が合いジェイドは「…え?」と声を漏らしてしまいました。同様に隣のシルバーからもしましたし、頭上のその人からもしました。  行動にうつしたのはその人が先でした。 「ちょ、まってっ」  そう言うやいなや、その人は枝からジェイドの目の前に飛び降りてきました。そしてずいっと顔を寄せると驚きと好奇心の混ざったような顔をしました。 「やっぱり!オレたち、ちょーにてねぇ?」    その人の勢いにおされたもののジェイドも同じ事を思ったので素直に肯定しました。 「…そう、ですね。僕も同じ事を思いました。僕たち、似てますね…」  まるで鏡合わせのような黒のメッシュと2色の瞳のオッドアイ。容貌も似ていれば片方はドレス姿といえ長身で細身と背格好も似ているふたり。他人とは思えないその人にジェイドは不思議とイヤな思いは感じませんでした。 「ねえねえ。オマエ名前はぁ?オレはね~、フロ、、」 「…フロイド」  “フロイド”と嬉しそうに本人が名乗るより先につぶやいたのはシルバーでした。 「……アンタだれ?なんでオレの名前しってんの?」  途端に機嫌が悪くなりフロイドの声のトーンが下がりました。そのフロイドの様子にシルバーは目を見開きます。 「…やはりお前、俺たちの事が分からないのか?」 「は? 初対面だろ?アンタのことなんてしんねぇし」 「……」  フロイドの返答に黙ってしまったシルバー。そんなシルバーに疑問符が浮かんだジェイドが質問しました。 「シルバーさんは、この方の事をご存じなのですか?」 「………ジェイド」    すると今度は複雑な表情になるシルバー。ますますワケが分からなくなるジェイドにフロイドが飛びつきます。 「オマエ、“ジェイド”って言うの?」 「はい。ジェイドです」 「え~。オレら名前までにてんね、ジェイドぉ」     さっきの不機嫌はどこへやら。今度は嬉しさあふれる笑顔で抱きついてくるフロイドにジェイドは自然と笑みが溢れました。 「そうですね、フロイド」 「あは♡ ジェーィド」  にっこりとジェイドが笑いかけるとフロイドも満面の笑みになり更にぎゅうぎゅうと抱きしめてきました。まるでそうするのもそうされるのも“あたりまえ”というように。 「…一度戻ろう、ジェイド」  そんなふたりにシルバーが真剣な顔で話しかけました。「え…」と戸惑った声を出すジェイドにフロイドが不満を口にします。 「えーっ、ジェイド帰っちゃうの?そんなのダメダメ!!ジェイドはオレともっと遊ぶの!帰るなんてぜってぇダメだかんな!」 「……フロイド」  ほっぺを膨らませるフロイドにまゆ毛を八の字にするジェイド。どうしたものかとジェイドは口元に手をあて、ふと思いついたように提案しました。 「ではフロイドも一緒に行きましょう」 「え?」 「僕たちの家に招待致しますよ」 「ホント?いいの?」 「ええ、是非いらしてください」 「やったあ。ジェイドのおうち~」 「ふふ。僕のキノコ料理もご馳走しますね」  ジェイドが手に持っていたキノコいっぱいのカゴを持ち上げると、それを見たフロイドが盛大に顔をしかめました。 「げえーっ。それはいらねぇ!オレ、シイタケきらいだもん!!」 「おや、シイタケではありませんよ?これは珍しい種類のキノコで、、」 「どれも一緒だろっ!土くせーから近づけんな!」    ぎゃいぎゃいと揉める(ジャレる)ふたりを少し困ったような、それでいて懐かしむような顔で見守っていたシルバー。    そのシルバーの背後から呆れたような声がしました。 「あー、こんなとこにいたんスね、シルバーくん」    茶髪の頭に獣人特有の耳を生やした少年でした。 「…ラギー」 「もー、探したんスよ?戻りが遅いってアズールくんが心配して、、。え、あれ?ジェイドくんと一緒にいるのって」  シルバーの隣に立ったラギーがジャレているふたりを見て驚いたようにシルバーの方を振り返りました。 「…ああ。フロイドだ」  そんなラギーにうなずいてみせるシルバー。  シルバーからまたふたりの方に視線を戻したラギーがほんの少し興奮を滲ませてつぶやきました。 「……戻って来たんスね」 「…ああだが、フロイドは…」    シルバーが言葉を続ける前にラギーに気づいたジェイドが声をかけてきました。 「おや。ラギーさんじゃないですか。こんな所でお会いするなんて奇遇ですね」 「奇遇なわけないっしょ。アズールくんに言われてジェイドくんたちを探しに来たんスよ、、って。フロイドくん?」  にこにこと笑うジェイドにはフロイドが引っ付いていて、親しげに話をするラギーに対して警戒心をバリバリに放っていました。 「? ラギーさんもフロイドの事をご存じなのですか?」 「……オレ、こんなやつしらなぁい。だれ?ジェイドの知り合い?」  予想外の事を言い出すジェイドとフロイドにラギーは困惑してシルバーに小声で聞きました。 「どういう事っスか?シルバーくん。ジェイドくん…は仕方ないにしても、フロイドくんは?」 「…俺たちの事を覚えてないらしい」 「はあ? どうして?!」 「…分からない」  ちらりと、ジェイドとフロイドを見るとふたりとも怪訝そうに自分たちを見ています。 「…オレたちの手には負えないっス。さっさとアズールくんに引き渡すっスよ」 「…そうしよう」    ラギーとシルバーは顔を見合わせうなずくと、意を決してジェイドたちに向き合ったのでした…。

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