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第4話
ゼミは近村の言う通り、生徒主体の発表で進んでいく。毎週ある企業を調べてこいとだけ指示が出され、次週にはその企業について強みやビジネスモデルを読み解いていくディスカッションが行われている。
近村のヒント無くしては、心持ちは全く違うものになっていただろう。結果として近村から話が聞けて正解だった。
他のゼミよりもしんどいことで名高いゼミだと言うことは集も把握していなかったらしく、回数を追うごとにゼミヘイトが溜まりつつある。それを田中は見逃さないのもまた最近の動向としてある。
社は毎週TAとして参加する近村とさらに親交を深めているらしく、近村の言う通り社は目に見えて可愛がられている。
そんな最中だった。
「近村先輩、コイツ、こんな澄ました顔して、女よりも男派なんすよ」
ゼミ前のどんよりした空気の中で、社がいきなり爆弾を投下した。宣戦布告もなしに投下されたそれは、標的だった近村だけでなく、教室にいる同級生まで巻き込んで空気を硬化させた。
無論、社にとって戯れのつもりだと言うことは百も承知だ。LGBTに対する理解は深まりつつある昨今に、同性同士の恋愛について否定的な意見を言えば、それこそ袋叩きに遭うだろう。
「社、それは」と集が制止に入るが、それはもはや逆効果だ。
仕方なく、藤田は即座に緊急用仮面を取り付けて、表情筋を弛緩させた。
「お前らは対象外だけどな」
引き攣らないように、強ばらないように、細心の注意を払う。
「近村先輩、藤田っていつもこう言って俺に攻撃してくんすよー。対象外って男からでもひでぇわ」
藤田の想像通り、社はただの戯言の一つとしてネタにしていただけらしい。藤田を見る目が通常運転だ。
一連を窺っていた集と田中は胸を撫で下ろしているようで、藤田も心底安堵する。
——だが、藤田はゼミの間中、背中に玉のような脂汗を出し続けていた。それすらも悟られる訳にはいかず、ひたすら緊急用仮面を手放せない九〇分だった。
「藤田、ちょっといいか?」
ゼミ後、近村が直接藤田を呼び止めた。
「話ってすぐ終わります? 近村先輩が次の授業あったら忙しいでしょう?」
「僕は大丈夫なんだけど。そんなことより、藤田の方が大丈夫だった?」
お互いに次の授業がないと分かるや否や、場所を移動して自販機で購入したコーヒーを持って、人気の少ない多目的ホールの一室に腰を下ろす。
二人きりのシチュエーションは初めてだが、振られる話題が分かっているとあってか、幾らか心穏やかな藤田がいる。
「何のことです?」
「……社はきっとネタに昇華できてるつもりなんだろうけど……これ以上藤田が無理するようなら、僕、動かざるを得ないよ」
「別に隠してるわけじゃないですし、大したことないです」
「僕、授業中に藤田を退席させるかすごい迷ったんだよ」
「でも、途中退席をさせることで、授業前の休み時間との関連性を疑われるのも嫌うだろうからと思って僕もすごく我慢した」と近村は小さい缶コーヒーを口にする。
どうやら、嫌な汗を掻いていて、体調も悪くなったことに気付いていたらしい。よりにもよって、苦手な近村に。
「……」
「今更、僕に吐き出して愚痴れって言ってない。僕はどうにかするつもりがあることだけは、念頭に置いておいてってこと」
「……びっくりはしたけど、別に隠すことじゃないから大丈夫なんですよ。今時、LGBTに理解のない若者なんてそういないですし」
「お気遣いありがとうございました。俺、社たちのとこに戻ります」と足早にその場を去った。
どうしてか、完全に二人きりになると、緊急用仮面の装着が叶わなかったのだ。近村こそ仮面をつけたかったが。
お陰でヘマをした。
「話の腰をぶった斬ったら、そりゃ、肯定も同じじゃないか……」
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