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第5話
「ちょっと待って!!」
近村が走って追いかけてきた。「じゃあさ、連絡先交換しない?」。
冷涼感すら感じる爽やかな笑みに藤田は鼻で笑い、近村の申し出を一蹴する。「あの、一応の警戒はしておくに越したことはないと思いますよ。近村先輩まで要らぬ噂を立てられます」。
「あれ? 社に言ってたよね? 対象外だって。アレ、あの場にいた全員に言ってたんじゃないの?」
崩さないポーカーフェイスで近村が「まぁ、皆がいる場で言い振らしていいネタではないから、皆がびっくりしちゃっただけだと思うし安心して! だから、連絡先交換しようか!」とスマホを取り出して軽く振る。
こちらもスマホを取り出すよう促されている気がしてならない。
だが、ここまで何もかも見透かされている状況で、これ以上の抵抗は愚策に思える。
一息吐いて、徐にリュックからスマホを取り出す。「だからって、よく分かんないですが」。
「まあまあいいじゃん! 教職課程カリキュラム説明会で、初めて藤田を見かけた時からなんか気になっててさ。絶対友達にならなきゃって感じちゃって……多少強引だったことは謝るね」
「大いに謝って下さい」
「はい……ごめんなさい」
「へ?!」
スマホを振りながら連絡先交換をしている最中に、近村が素直に頭を垂れた。
「困らせるつもりはなかったんだよ。明らかに僕のことが苦手ですってオーラで伝えてきてるのに、わざわざ僕から声をかけてさ」
「田中は僕を少し敵対視しているみたいだけど、その誤解はいずれ解けることだしいいんだ。でも、君だけはどうしても誤解の解きようがなくって」と近村が寂寥感を募らせた眼でこちらを見てくる。
(ここも筒抜けか)
藤田は白旗を上げるしかないと悟る他なかった。
思わず乾いた笑いが口元から溢れる。
「俺の負けです。——俺の方こそ、すみません」
「俺の勝手な事情で、近村先輩に苦手意識を持ってました」と吐き出すと、藤田が大学に入学してから半年程抱えていた痼が雲散霧消になっていくようだった。
「だから、近村先輩自体に嫌いになる理由はないんです。それほど話してないし」
「だよね。よかった! これからはガンガン話しかけるから、そのつもりで!」
「え、それは嫌です」
「何で?!」
藤田の言葉で一喜一憂する近村が可笑しくて、つい一笑してしまった。「先輩がちょっとだけアホなお陰で、少し体調良くなってきました」。
「……そう感じるのは、藤田が相当お人好しな証拠だね」
近村は性急に顔を近づけ、「僕、言ったよ? 初めから気になってて強引に友達になろうって迫ってたって」と雄の顔をする。近村の切れ長な目は本来、相手を射落とす時に本領を発揮するのだろう。近村の男の部分に魅せられてしまう。
「だから、僕を対象外にして接するのはやめて欲しいな——なんて」
今度こそ、初めて見る強かな笑みを見せた近村は、その顔をすぐに引っ込めて「コレ、捨てとくね」と藤田が握るほとんど完飲した缶コーヒーを持って立ち去った。
そして、藤田は思い出す。
近村自体はタイプであったと。ただ、苦手意識を自他共に認めてしまえば、残ったのは今まで奥底に眠っていた雄を欲しがる本能のみだった。
缶コーヒーは先程取られてしまったので、藤田は堪らず生唾を飲み込む。
それでも口の渇きは直らない。
程なくして通知音が鳴る。早速近村がラインを寄越してきた。「ねぇ、さっきのすごくキマってなかった?! 僕の中では結構満点に近いんだけど!」。
「台無しだ。この人、人と恋愛したことあるのか?」
スマホ画面を見て、藤田は先刻までの高揚感がいとも簡単に冷めた。
(……俺がないんだった)
藤田はさらに、氷点下の外気に曝されるかの如く、気分を下げた。
「……ふぅ、今日一日だけでドッと疲れた」
これに尽きた。
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