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おまけ①~異世界鍋パーティー~
寒さに身震いする夜だった。
金髪で灰色の瞳をした異世界の恋人と屋敷の廊下に出たとき、海人はつぶやいた。
「鍋、食べたいなあ」
「ナベ?」
後ろを歩いていたイリアスが首を傾げるように言った。
「なぜナベなど食べたいんだ?」
現代日本から異世界転移してきた海人は声を立てて笑った。
「いや、調理器具の鍋のことじゃなくて、料理のこと」
階段を先に降りながら、顔を後ろに向ける。
「おれのいた国では、冬とか寒い日に鍋に作った料理をみんなで箸でつついて食べる風習があってさ」
「ハシとは?」
「んーと、スプーンやフォークみたいな食べるための道具かな」
「ナベはどんな味なんだ?」
金髪の恋人イリアスが思いの外、興味を示してきた。
一階にある食事の間で、フレンチコースのような夕食を摂りながら海人は鍋パーティーの話をした。
広間には執事のグレンと給仕係のマーシャもいて、時折うなずきながら海人の食文化の話しを聞いてくれた。
異世界にやってきて、この冬が開ければ二年になる。
海人は和食を恋しく思いながら、戻ることのない故郷に思いを馳せた。
暖炉の火がぱちりと爆ぜた。
それから一週間ほど経ったある日のことだった。
太陽が中天を回った頃、自室で本を読んでいた海人の部屋にイリアスがやってきた。
「カイト。ナベを作ってみたから、庭に来てくれ」
「え!?」
海人は驚きの声を上げた。
本を置いて立ち上がり、颯爽と歩いていくイリアスについて外に出る。
庭にはグレンとマーシャが海人を見て、にこにこしていた。
海人は目を見開いた。
寸胴の鍋が棒に吊るされ、薪であぶられていた。
鍋の中をのぞくと、魔獣の肉と野菜がごろごろしており、コンソメスープのような香りが漂ってくる。
(鍋っていうより、大量のポトフみたいだ)
海人が顔を上げると、焚火の近くに簡易テーブルがあり、スープ皿が用意されていた。
その横に細い木の棒が置いてあった。なんだろう、と見つめていると、
「ハシというのは、こんな感じで合っているだろうか?」
とイリアスが問いかけてきた。
(これが箸!!)
海人は固まってしまった。
太くて長すぎる。三十センチほどの長さで、万年筆くらいの太さがあった。
海人の反応をみて、ちょっと違ったらしいということをその場にいた使用人たちは悟ってしまった。
「……イリアス様。やはり、サプライズなどなさらない方が良かったのではありませんか」
「ええ……。お料理もハシも違うようですし……」
グレンとマーシャが小声で囁いた。
イリアスはいつもの鉄壁の無表情で海人を見てきた。
その瞳は喜ばせたかったと語っているようだった。
海人は急にたまらなく愛しい思いでいっぱいになった。
海人は二度と故郷に帰れない身だ。
その心情を思って、少しでも故郷に近いものを用意しようとしてくれたことに、胸が熱くなった。
異世界人の三人が海人の顔を窺うように見ている。海人は目を細めた。
「ううん、大体こんなもんだよ。でも箸は使い慣れてないと食べ辛いから、今日はスプーンで食べようよ」
イリアスは小さくうなずいた。
グレンとマーシャがいつものように、イリアスと海人に給仕を始めようとした。
海人はその手を止めさせた。
「グレンさんとマーシャさんも一緒に食べるんだよ。鍋パーティーはみんなで食べるものなんだから」
すると二人は目を見開き、イリアスを見た。
イリアスは目元を緩め、うなずいた。グレンとマーシャは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「今日は魔獣鍋だ!」
海人の声が響く。
冬の寒空の下、領主家の庭では初めての鍋パーティーが開催されたのだった。
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