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ー 盛夏の候 ⑨ 完

白い雲が立ち昇った青空に結界が張られる。海人は視えないとわかっていても、空を見上げていた。   ユリウスは(あご)に手を当て「まあ、こんなものか」とうなずいた。イリアスの結界は及第点がもらえたようだ。   海人とノルマンテ兄弟の三人は領主家の庭先にいた。イリアスが張った結界は屋敷の上空である。駐屯地の結界は三日前にユリウスが張ったものをそのままにしていた。 王宮を守護する国内随一の結界だ。第五の霊脈で増幅したイリアスの結界よりも強固らしい。ユリウスの力も測り知れない。 では、イリアスよりもユリウスの方が強いのかといえば、そうではないらしい。ユリウスは攻撃魔法が大の苦手なのだそうだ。 魔力の制御が不得手で、生来の魔力が多い分、簡単な魔法でも高魔力で顕現させてしまう。破壊力も大きいし、無駄に魔力を消費するので使いたくないらしい。 初日にシモンに魔法を使わせたのは、自分やイリアスだと軽々破ってしまうからだった。 「あの者がイリアスの結界を破ったことがあると聞いて、内心焦ったぞ。破られては困るからな」   ユリウスは笑いながら言った。そしてこうも言った。 「彼は魔法の才があるな。一度、魔法院で修行させてみたらどうだ」   イリアスは考えてみます、と答えた。ユリウスはうなずくと、懐から手紙を出し、海人に差し出した。 「ディーテからだ。渡すように言われたんだが、私の前でカイトに読ませてほしいと」   複雑な顔で渡された。自分のことが書かれているかもしれないと気になっているようだった。海人も緊張しながら封を開けた。日本語で書かれている。   一行目を読んですぐに気が遠くなりそうになった。 『海人くんへ。海人くんの悩みはイルにまたがっちゃえば解決するから、がんばって!』   言われなくとも、昨夜(またが)った。そして解決してしまった。気を取り直して、読み進める。 『贈り物は受け取ってもらえたかな? ユスは渡さないかもしれないから、もらってなかったらちゃんと言ってね!』   海人は顔を上げた。贈り物はもらっていない。 「なんて書いてあるんだ?」   ユリウスは読めないのに、のぞき込んできた。 「おれに贈り物を渡したけど、受け取ったかって確認です」   途端、ユリウスが空を仰いだ。 「もらってませんが……」   佐井賀の懸念は当たっていた。だから、この手紙をわざわざ海人のいるところで開封させるように言ったのだ。 「ユリウスさん、佐井賀さんからのプレゼントください」   責め口調で言うと、ユリウスは額に手を当てた。 「それは、イリアスに渡した」 「!」   イリアスがびっくりしたようにユリウスを見た。イリアスを見つめると、視線から逃れるように明後日の方を見た。 「イリアス? プレゼントは?」 「……もうない」 「はあ⁉ ないって、どういうこと。捨てたの⁉」   手紙を握りしめて詰め寄ると、イリアスはさらに顔を逸らした。 「……使った」 「使ったって、そんな勝手に……!」   二人は気まずそうにしている。なんて兄弟だと怒りが湧いた。さらに言い募ろうとしたとき、イリアスが観念したように言った。 「夕べ使った! 枕元の小瓶だ!」 「‼」   海人は状況を理解した。手紙の内容との符号に、プレゼントを勝手にされた怒りが急速に収まっていく。同時に周囲に人がいないか確認した。   ユリウスの護衛が離れたところで、聞こえないふりをしてくれている。 「そういうことでしたら……もう、いいです……」   なぜか敬語になり、海人は赤くなってうつむいた。ユリウスが咳払いをひとつした。 「他に何か書いてあるか?」   言われて、握った手紙の最後の行を読む。 『また悩み事があったら遠慮なく言ってね。ユスを送るよ』   ユリウスが大きく息を吐いた。 「人を伝書鳩のように……」 「でも、来てくれてよかったです。ユリウスさんがいなければ、イリアスと気まずいままだったろうから」   海人はイリアスの腕を取った。 「あんまり隠し事しないでね」 「……反省している」   イリアスが珍しくしおれた。そんな彼を愛しく思う。ユリウスもやんわりと笑った。 話が落ち着いたところで、ユリウスの護衛が近寄ってきた。 「ノルマンテ様。そろそろ出立しませんと」 「ああ、そうだな。領主殿に挨拶してこよう」 「玄関先で、すでにお待ちです」   ユリウスが颯爽と歩いていく。もう帰ってしまうのかと、少し寂しかった。イリアスが海人の肩に手を置いた。 「いずれまた会える。それにな、カイトとディーテが会っても大丈夫なように、兄上と考えていくつもりだ」 「ほんとに⁉」   佐井賀とはもう会えないと思っていた。たったひとりの同郷の人なのに、二人が会えば、また竜を呼び寄せてしまうかもしれない。 二度と会うことはないと、今生の別れのつもりで王宮を発った。それがまた会えるかもしれない。海人は顔を輝かせた。 「おれ、貴族社会のこと勉強するよ。マナーも身につける。剣の練習ももっとして、強くなる。それで、佐井賀さんとユリウスさんに会いに行きたい!」   イリアスがうなずいてくれた。海人はうれしくなり、恋人の元に帰るユリウスを笑顔で見送るため、後を追った。   真夏の蒼天の空はどこまでも高く、果てしなく続いていた。 ー完ー

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