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第1話

「和将、今日客が来るから対応よろしく」 冬のある日、鳥羽(とば)(あき)は電話で(たつみ)和将(かずまさ)に指示を出していた。 『今日? 随分急だね。それに、おかげさまで忙しいんだけど』 和将は柔らかい口調ではあるが、不満を隠さずに言ってくる。 「午後の五分くらい、空いてるだろ? スケジュールは俺も見れるんだし」 和将の雇い主である晶は、スケジュール共有システムで、社員のスケジュールを全員分把握している。それも、もうすぐ社長を退任する広告代理店と、今野(こんの)真洋(まひろ)が所属する、晶がAkiとしてプロデュース業を営む芸能事務所と両方全員分だ。 和将は、このシステム何とかならないかなぁ、と愚痴を漏らした。 「俺と真洋は撤収済んだら向かう。……雑用でも、俺は仕事ができる奴にしか頼まないって、知ってるだろ?」 晶はそう言うと、和将の大きなため息が聞こえた。 『……ホント、人遣い荒いクセにそういう事言うの、嫌いだなぁ』 「そりゃどーも」 褒めてないんだけど、と和将は言うが気にしない。真洋を和将に取られた腹いせも含んでいるからだ。 晶は通話を切ると、真洋の元へ向かった。 「これから事務所戻るのか?」 話を聞いていたらしい真洋が、楽器ケースを担ぎ直して聞いてくる。 さらさらの黒髪に元アイドルらしい甘い顔をした真洋は、先程の和将と恋人同士だ。 ノンケが好きな晶が、唯一惚れたゲイというところで、晶の中で真洋は色んな意味で特別な存在になりつつある。 「おう。真洋、面接するぞ」 晶がAkiとして、真洋のプロデュースをして二年。広告代理店の退任も順調にいきそうだし、そろそろこちらのプロデュース業に力を入れていきたいと思っていた時だった。 (あずま)水春(みはる)という男から、突然音源が届いたのだ。 同封されていた手紙には、デビューからずっとAkiのファンで、事務所へ入所希望、もしくはAkiの弟子、それもだめなら付き人でもお手伝いでも良いので、一度会って貰えないか、と書いてあった。 (一応、インディーズでそこそこ売れてるみたいだしな) いつもなら無視する類の連絡だが、タイミングの良さに縁だと思って音源も聞いてみた。真洋とは違う爽やかな歌声が、アコースティックギターの弾き語りで紡がれていた。 「面接って……また急だな」 真洋は呆れている。 「移動の車でこれ聞いておけ」 晶は真洋にCDを渡すと、真洋はオッケー、とそれを持って先に歩き出した。 (場合によっては、真洋とコラボもありか? ……いや、まずは会ってからだな) 真洋の後ろ姿を追いかけながら、そんな事を考える。水春がどんな人物なのか分からない以上、早とちりは良くないだろう。 (しかも俺のファンだとか……物好きもいたもんだ) 晶は苦笑する。 晶の容姿はハーフだからか全体的に色素が薄く、金髪のストレートの髪を胸元まで伸ばしている。大きなくっきりとした目に、そこもまた色素の薄い、長いまつ毛が付いている。そして何より、晶はロリィタ服を普段着として着ていた。 最近は聞かれることも減ってきたけれど、デビュー当時は女性だと思われていたらしい。普段から女装している晶は、もうこの姿が自然なのだ。 母親への反抗から始まった女装は、意外に楽しくてハマった。しかもロリィタ服という、これもまたニッチな所に落ち着いたので、晶を見て戸惑う男性をからかうのはとても楽しい。 車に乗り込んだ晶と真洋は、早速CDを聞いた真洋に感想を求める。 「どうだ?」 「声は良いよな、余分な力が入ってない」 思った通り、真洋は晶と同じ感想を言う。意見が一致しているなら、もうほぼ合格だ。 「ルックスは? そこも大事だろ?」 真洋がニヤニヤしながら聞いてくる。二人のタイプなら会うのが楽しみだな、とからかわれた。 「お前は彼氏いるだろ」 「それとこれとは別だろ?」 そう言えるのは、絶対的な存在がいるからこそだ、と晶は思う。 (ま、所属アーティストとどうこうなろうなんて思ってねぇけど) 晶は窓から車外の景色を眺めた。 早く流れる景色に、目が回りそうだった。

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