1 / 11

第1話◆魔法少年、再び!

 俺は小学四年生の時、魔法少年だった。  十歳の誕生日を迎えた真夜中、シャイニスという惑星からやって来たという、水色のキツネのような見た目をした手負いの動物に出会った。  ウルウと名乗った彼は、突然部屋に現れたかと思うと俺を救世主と呼び、シャイニスの征服を果たした悪の組織ダークネスを打ち倒して欲しいという驚愕の依頼をしてきた。  あまりにもスケールの大きな話に、俺はにわかには信じられず適当にあしらおうとしたのだが。そこでウルウの追手が現れ、家族がダークネスの一派による襲撃に巻き込まれてしまい、俺はあれよあれよという間に魔法少年としての活動をスタートさせてしまったのだった。  悪の組織ダークネスはシャイニスに次いで地球の征服を企んでおり、俺は自身に備わっているという光の力を呼び起こし、ウルウと共に数々のピンチを乗り越えそんな奴らと闘ってきた。  次から次へと現れるダークネスの構成員たちを倒し、経験値を積みレベルアップをする。最終的にボスであるナイトホークを討ち、俺は一年をかけ、見事ダークネスの地球征服を阻止することに成功した。  そして同時にダークネスの強さの源であった、使う者によって兵器にもなれば世界平和をもたらすというマジカルスターを手に入れた俺は、それを使って荒廃したシャイニスを平和で自然豊かな惑星へと復活させたのだ。  こうしてふたつの惑星には、再び平和の時代が訪れた――。  ……と、ここまでが六年前に起きた、決して人には口外できない俺の冒険譚である。今の地味な俺には似つかわしくない、輝かしき少年時代の偉業だ。 「で、ウルウ。どういうことだよ」 「だから! また地球の危機を救ってほしいんだよ、那由多(なゆた)」  俺が歯ブラシを終えて、明日の高校二年生の新学期という日に備えてそろそろ寝ようかと自室に戻った時。なんと目の前に、かつて激しい戦況を共にした水色のキツネのような相棒――ウルウが現れたのだった。  しかし彼との感動の再会も束の間、ウルウはとんでもないことを言い出した。地球に再び別の脅威が迫っているので、助けてほしいというのだ。 「いや、だって俺地球の危機一回救ったじゃん。しかも他の惑星(シャイニス)まで復興させたんだよ? なんでまた危機が起きてるんだよ」 「那由多はシャイニスと地球がどれだけ美しく素晴らしい奇跡の星なのか全然分かってない! シャイニスと地球はね、宇宙の中でもダントツに人気の星なんだよ」  「だったらせめて国交を結んで地球を観光地にでもすればいいじゃんか」と言うと、ウルウは宇宙人とは皆野蛮なのだと一蹴した。どうやらシャイニスと地球が美しい星と称されるのは自然の豊かさだけではなく、棲む人間の心の綺麗さにもあるらしい。 「シャイニスは那由多の願いのおかげで永い平和が約束されているけど、地球はマジカルスターの加護を受けていないんだ。……あのね、那由多。他の惑星の人間からしたら、地球は垂涎物の、喉から手が出るほど欲しくなる美しい惑星なんだよ? 狙ってるやつは多いんだ」 「そんなこと言ったって……」  ウルウによると、また別の、今度はブラックムーンという惑星の悪の組織が、今地球にどんどんスパイを送り込んできているらしい。そこで俺はまた、そのスパイたちを倒していかなければならないという。 「でね、ブラックムーンのスパイたちは煌輝(きらめき)学園という日本屈指の超エリート高校に乗り込んで、既に学園を掌握してるの」 「き、煌輝学園……?!」 「ああ、那由多もそりゃあ知ってるか。そう、各界のご子息や芸能人、奇才なアーティストからスポーツマンまでありとあらゆるエリートとスターの卵が通う全寮制男子高校の煌輝学園! ブラックムーンはね、そんな煌輝学園の中でもエリート中のエリートでアイドル的存在でもある生徒会メンバーに属してるんだよ」  地球の征服を企む悪の組織が、学生に扮して諜報活動をしている――。俺はばからしくなって肩の力を抜いた。背もたれに背中を預けて頭をかいてから、ベッドの上に座るウルウを見下ろした。 「ブラックムーンってばかなのか? 高校生に混じってどうやって地球を征服するんだよ」 「ば、ばかなのは那由多だよっ。分かる? 煌輝学園の掌握は日本の掌握と同義なんだよ?! そして地球に存在する星の力を持つ人間――魔法少年は君しかいないんだ。そんな那由多の住む日本に、那由多と同じ学生という形で潜伏している……いい? ブラックムーンの今の狙いは那由多、君だよ。地球征服のためにまずは邪魔な那由多を、殺そうとしているんだ!」  突然の、ウルウの『殺そうとしている』なんて鋭利な言葉に俺は少なからず息を呑んだ。けれどそんなのは束の間、俺は弱ったな……と思い溜息を吐いた。ベッドの上に座るウルウの、動物特有の強く澄んだ眼差しが痛い。 「……ごめんな、ウルウ」 「那由多……!」 「でも俺、もう地球は救えない」 「――え?」  俺はイスから立ち上がって、ウルウの前に立った。六年前、小型犬くらいのサイズだったウルウは今では立派な成獣に成長していた。けど、撫で心地のよさそうな水色の毛並みは相変わらず綺麗で、そのキツネのような太いしっぽと大きな三角の耳は、俺の言葉を聞き逃さまいとピンと立てられていた。俺は覚悟を決めると、一息に捲し立てた。

ともだちにシェアしよう!