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序章【そんなに弄ばないで】 1
ふと。
妙な違和感によって、カナタは目を覚ます。
「ん……っ?」
カーテンの隙間から差し込む、暖かで柔らかな日差し。
けれどそれとは別に、二度寝を誘うような穏やかな温もり。
──そう。
──【人】の、温もりだ。
瞳を開き、カナタはぼやける視界をどうにかクリアにしようとする。
そうして、数秒後。
カナタはようやく、妙な違和感の【正体】に気付いた。
「──おはよう、カナちゃん」
口を開き、微笑むのは、見知った青年。
十八年の人生で、カナタはこの青年以上に見目麗しい男を見たことがない。
そして、この青年以外に瞳を奪われたこともまた、カナタには経験がなかった。
「今日の寝顔も可愛かったよ。……どうして人って、寝ているときにしか寝顔を見られないんだろうね? いつものカナちゃんも可愛いけど、寝顔はまた貴重だから、起きちゃったのが少しもったいなく思えちゃうよ」
「……ツカサ、さん……?」
「そう、ツカサさんだよ。……不思議そうな顔をしているね、カナちゃん。もしかして、それ以外の誰かに見える?」
ゆっくりと、カナタは首を横に振る。
カナタは、見間違えたわけではない。
同じベッドに寝転がる青年は、間違いなく【ツカサ】という男だ。
しかし、問題はそこではない。
見間違えたから、疑問符を送ったわけではないのだ。
カナタは乾いた口で、言葉を紡ぐ。
「──オレの部屋の鍵、閉まって……ました、よね?」
もっと、根本的な問題なのだ。
──カナタは、部屋を施錠していた。
──それなのに、カナタ以外の人間が部屋にいる。
この状況を疑問に思わないはずがなかった。
けれど、当の本人……ツカサはというと。
「……開いていたよ?」
サラリと。
そう、申告したのだ。
ツカサは笑みを浮かべたまま、カナタの顔にかかる髪を指で払う。
「カナちゃんは不用心だね? いくら気心知れた人しか住んでいないからって、鍵はちゃんと閉めなくちゃ」
「そん、な……」
一瞬だけ、カナタは自分自身を疑った。
しかし、確信と自信がある。カナタは昨晩、確実に鍵を閉めたのだ。
つまり、嘘の申告をしているのはツカサの方。
カナタはそのことを、問い詰めようとした。
──しかし。
「カナちゃん」
名前を呼ばれ、頬を撫でられる。
「さっきの言葉、ちょっと訂正」
──鍵のことだろうか。
カナタは弁明を聴こうと、ツカサの端整な顔を見つめた。
すると……。
「起きちゃったのが、もったいないって言ったやつ。カナちゃんは起きていても可愛いから、ヤッパリもったいなくなんてないや。それに寝ていたら、こうして可愛い声を聞くこともできないからね。だから、訂正。……カナちゃんは、今日も可愛いよ」
そう言い、ツカサは柔らかな笑みを真っ直ぐと向けた。
途端に、カナタの胸が高鳴る。
これだけの美丈夫に、至近距離で微笑まれたのだ。
しかも、甘い言葉まで添えられて。
けれど、カナタの胸が高鳴った理由はツカサの【見目麗しさ】ではない。
──ツカサの【言葉】に、高揚してしまったのだ。
「顔、赤くなったね。もしかして、暑い?」
「そういう、わけでは……っ」
「そう? なら、良かった」
一人用の、狭いベッド。
そこに、男が二人、並んでいる。
狭苦しさはあるけれど、決して不快ではない。
けれど、カナタはそっと身を引いた。
──その動きを見逃すほど、ツカサは優しくなかったけれど……。
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