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 カナタたちが玄関扉を開けて、すぐのことだ。 『──あれ? 引っ越し、今日だったっけ?』  声が聞こえるよりも、僅か早く。  ──カナタは即座に、視線を奪われた。  姿を現したのは、一人の美丈夫。  親し気にマスターへと声を掛ける、その青年に。 『……っ』  面白味のない自分の黒髪とは違い、明るい金髪。  優しく笑い、ほんの少し細められた紫色の瞳。  けれど決して華美ではなく、落ち着いた身なりの青年の姿。  カナタは一度、確かに目を奪われた。  ……だが、それはほんの一瞬の出来事だ。  カナタは決して、頭が良くはない。  しかし、人並みに【考える】という行為はできる。  だからこそ、カナタは考えたのだ。  ──突然辞めた、三人のアルバイト。  ──その理由は、マスターの【弟子】。  ──そして、この平屋に住んでいるもう一人の青年。  用意されたワードだけで、カナタは【マスターの弟子】と【平屋に住む青年】を繋げた。  その結果……。 『あっ、え……っと』  突然現れた青年に対し、カナタは警戒心を剥き出しにしてしまう。  ……それは、当然の流れだっただろう。  思わず視線を落とし、言葉を濁す。  まともな挨拶ひとつも口にできなかったカナタにとって、その青年への第一印象はシンプルなもの。  ──【恐ろしい】だ。  しかし、青年はまさか自分が初対面の相手に怯えられているとは思っていないのだろう。 『初めまして。俺はツカサ・ホムラ。この平屋に住んでいるから、同居人ってことになるのかな。……これから、よろしくね』  そう言い、にこやかな笑みを浮かべながら、カナタへ握手を求めてきたのだから。  向けられた手を見て、カナタは応じることを躊躇ってしまった。  だがしかし、さすがに応じないのは失礼だろう。  そう思ったカナタは一度、抱えていた箱を床へ置いた。 『はじめ、まして。……オレは、カナタ・カガミです』  顔を上げて、ツカサの手を握る。  ツカサは変わらず、笑顔のままだ。  きっとその笑顔は、女性ならば誰もが赤面してしまうような麗しさなのだろう。  真っ直ぐとカナタへ注がれる視線は、どこか輝いているようにも感じられる。  なのに、カナタは素直に【カッコいい】とは思えなかった。  ──笑顔なのに、どこか恐ろしい。  ──見目麗しいその容貌と相反し、どこか他人を寄せ付けないオーラにも似た空気。  そんな印象を、カナタはツカサ相手に抱いてしまったのだから。  ……今思うと。  ──それは【本能】のようなものだったのだが。  握手を終えると、少量の荷物を持って玄関に立っているマスターへ、ツカサが声をかけた。 『おかえり、マスター。……それ、カナちゃんの荷物? なら、俺が持つよ』 『なんじゃい、ツカサ。お主がワシに優しいなんて、珍しいこともあるものじゃのう』 『ちょっとマスター? カナちゃんの前で変なこと言わないでよ。……まぁ、マスターのために交代を申し出たワケじゃないしね』  訝しむようにツカサを見上げるマスターから、ツカサは荷物を受け取る。  そしてその荷物を、ツカサはカナタへ手渡した。 『はい、カナちゃん。カナちゃんはこっちの荷物を持って? そっちの大きい箱は、俺が運ぶから』  反射的に荷物を受け取ったカナタは、慌ててツカサへ詰め寄る。 『えっ、そんなっ。わ、悪いですっ』 『いいからいいから』  カナタが詰め寄ろうと、ツカサは気にも留めない。  先ほどまでカナタがよろめきながら運んでいた荷物を、ツカサは軽々と持ち上げる。  そして、そのまま。 『こうして荷物運びを手伝ったら、少しでも長くカナちゃんと一緒にいられるでしょう? だから、俺のは【善意】じゃなくて【下心】だよ。……それなら、カナちゃんが申し訳なく思う必要もなくない?』  そう。  笑みを添えて、口にしたのだ。

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