7 / 289
1 : 3
飄々とした態度で言い切ったツカサは、そのまま歩き始めてしまう。
『カナちゃんの部屋はこっち。俺が先を歩いて案内するから、ついて来て?』
言葉の意味を理解する間も無く、カナタは慌ててツカサの背を追った。
……それから、すぐ。
ツカサは奥へ進んだ場所にある部屋の前で、ピタリと立ち止まる。
『ここが、カナちゃんの部屋。……で、俺の部屋がそっちね? マスターの部屋は俺たちとは反対方向にあるから、荷解きが終わったら案内するよ』
『ありがとう、ございます』
第一印象は、どこか底冷えするような恐ろしさだった。
けれど、それは気にしすぎだったのかもしれない。
そう、カナタは自分の考えを否定し始める。
扉を開けた部屋の中には、必要最低限の物だけが並んでいた。
『ベッドとかはあるけど、足りない物は随時増やしていこっか。……カナちゃんの実家って、隣町だっけ?』
『あっ、えっと、は、はいっ。だから、あのっ、あんまりこの辺り、詳しくなくて……っ』
委縮するカナタを見て、ツカサはニコリと笑う。
『じゃあ、今度予定が合う日に俺がカナちゃんを案内するよ』
『でも、マスターさんが近いうちに案内をしてくれるって──』
車の中で、似たような雑談をマスターともした。
カナタが口を挟むと、即座にツカサが言葉を差し込む。
『そうなんだ。だけど、そんなこと【俺たち】には関係ないよ。だから、案内をマスターに頼んじゃダメ』
部屋の中を歩くツカサはカナタを振り返らずに、言葉を付け足す。
『カナちゃんは、俺とデートするんだから』
『……デー、ト……っ?』
妙に、引っ掛かるところはある。
例えば……どうして、自分のことを『カナちゃん』と呼ぶのか。
どうして、ツカサがやたらとフレンドリーなのかも。
カナタには、原因や理由が分からない。
けれど、それが【ツカサ・ホムラ】という男なのかもしれない、と。
そう思うと、カナタはなにも言えなかった。
箱を置いたツカサは、笑みを浮かべてカナタを振り返る。
そして。
『じゃあ、片付けを始めちゃおっか。荷解き、手伝うよ』
あろうことか、ツカサは……。
──カナタが最も【触れられたくない箱】に、手を掛けようとした。
『──だめッ!』
ツカサという男について、疑問は尽きない。
しかしカナタは、ツカサの言動に疑問を抱いている場合ではなくなったのだ。
カナタはすぐさま、カナタらしくないほどの大声を上げる。
そのまま、カナタは慌ててツカサの腕を掴んだ。
突然腕を掴まれたことにより、箱に貼られたガムテープが『ビリッ』という音を立てて、斜めに剥がれる。
すぐにツカサは、腕を掴むカナタのことを見上げた。
『……ビックリ、した。カナちゃんって、そんなに大きな声が出せるんだね』
ツカサはどこか驚いたような表情を浮かべてはいるが、箱に手を添えたままだ。
──そのままでは、困る。
──非常に、困るのだ。
カナタはツカサの手を箱から遠ざけるために、声を荒げた。
『片付けは自分でします! 自分でできます! だから! ……だから、箱から手を、放してください……っ』
大きかったカナタの声が、後半にかけて少しずつ小さくなっていく。
『お願いですから……箱の中は、見ないでください……っ』
──さすがに、オーバーな反応をしてしまった。
そう、カナタは肝を冷やしたのだ。
ともだちにシェアしよう!