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顔を青ざめさせているカナタへ、ツカサは千切れたガムテープを握ったまま、じっと視線を向けた。
そのまま……。
『そんなに気にしなくていいのに』
またもや、笑みを浮かべた。
『俺、これから特にやることもないし、全然手伝うよ? 一人で片付けるより、二人で片付けた方が早く終わるでしょう?』
カナタは顔を上げて、笑うツカサを見つめる。
おそらくツカサは、カナタが『遠慮をしている』と受け取ったのだろう。そう、カナタは即座に理解した。
それでもカナタは、懸命に首を横に振る。
決して【遠慮】などではなく、心からの【本音】だと伝えるために。
すると、どうやらツカサに伝わったらしい。
『ホンット、カナちゃんって謙虚なんだね?』
ツカサはそう言うと、ようやくその手を箱から遠ざけた。
『でも、確かに無理強いすることじゃないか。本当はもう少しカナちゃんと一緒にいたかったから残念だけど、分かったよ。手伝うのは、やめておくね』
ツカサは立ち上がり、カナタの頭をひと撫でする。
『だけど、人手がほしくなったらすぐに声をかけてね? 俺、カナちゃんのためならなんでもするからさ』
それだけ言い残し、ツカサはカナタの部屋から退出した。
一人残されたカナタは、深い息を吐く。
それはため息ではなく、安堵の息だ。
『申し訳ないとは、思うけど。……でも、良かった……っ』
それからカナタは、中途半端にガムテープが剥がれた箱を開封する。
……そのまま。
『──こんな趣味、バレるワケにはいかないよ……っ』
箱の中に入っていた【ある物】を。
──フリルがあしらわれた女物の服を、強く抱き締めた。
カナタがツカサからの提案を拒絶したのは、ツカサを恐ろしいと思っているからではない。
カナタは、知られたくなかったのだ。
──自分が【女物の服を好む】という、最大の秘密を……。
* * *
それからも、ツカサはカナタに声をかけてきた。
平屋の案内や、近所の案内。
そうした当初の約束はもとより、それ以外のことでも。
例えば、喫茶店での働き方など。
ツカサは自分が知っていることを、惜しむことなく全て、カナタに教えたのだ。
期間にして、わずか一週間。
たったそれだけの時間だったが、カナタがツカサへ抱く印象は確実に変わっていた。
──新天地に来たばかりの自分を案じてくれる、年上のお兄さん。
──カッコ良くて、優しい人。
それが、カナタにとってのツカサだった。
最初に抱いた、どこか冷たく恐ろしい印象。
それは、直前にマスターから教えられた話による偏見だったのだと。
そう、カナタは思い直せるようになったのだ。
おそらくツカサがカナタに対して優しいのは、弟分ができたような気持ちだからなのだろう。
カナタはぼんやりと、ツカサという男をそう解釈し始めていた。
人とのコミュニケーションを取ることが得意ではないカナタ相手にも、ツカサはペースを合わせてくれる。
疑問に思ったことを口にすると、ツカサは隠すことなく全てを語ってくれて。
逆に、カナタが答えやすいような雑談を振ってくれたりもした。
ツカサとの関係性は、極めて良好だったのだ。
──そう。
──ツカサの【異常性】が露呈した、あの晩までは。
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