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5章【そんなに好きにさせないで】 1

 怒涛の展開を迎えた夜が眠り、朝が目覚めた。 「それじゃあ、新人さんの面接は明日で決まりですか?」  コーヒーカップをソーサーの上に戻したカナタは、新聞紙に目を通すマスターを見る。  マスターは新聞紙を眺めながら、手探りで湯呑を探す。 「そういうことじゃ。じゃから、明日は休みじゃぞ」 「ヤッタね、カナちゃん」  昨晩の狂人じみた態度が嘘のように笑っているのは、ツカサだ。  ツカサの手には、皿が一枚。  席を外していたツカサを見上げて、カナタはキョトンとした顔をする。 「ツカサさんは知っていたんですか?」 「まぁね。……キョトンとした顔のカナちゃんも可愛いねぇ? そんなカナちゃんのために、プリンを作ってみたよ。食べてくれる?」  皿の上にあるのは、ツカサお手製のプリンだった。  プリンが盛られた皿が目の前に置かれて、カナタは驚く。  その皿のデザインが、ピンクと白で彩られたとても可愛らしいものだったからだ。 「可愛い……っ。……あっ、じゃなくて……えっと、食べていいんですか?」 「モチロンっ。カナちゃんのために作ったんだもの」 「ツカサ、ツカサ。ワシの分は? ワシの分のプリンはどこじゃ?」 「あははっ、ヤダなぁマスター。この世界にないものをさもあるかのように言うなんて、結構面白いジョークじゃない。かぐや姫も、これには喜色満面だろうね」 「貴様は破門じゃッ!」  ツカサはカナタの隣に座り、持っていたスプーンでプリンを掬う。 「はい、カナちゃん。あーんして?」 「えっ? あのっ、それは、ちょっと……っ」  十八にもなってものを食べさせてもらうのは、気が引ける。  尚且つ、マスターの目があるのだ。  カナタが戸惑い、そして拒むのは当然だろう。  しかし、ツカサは笑みを浮かべたまま平然としている。 「カナちゃんは慎ましやかだね。遠慮なんて必要ないのに」  カナタの思いは、なにひとつツカサへは届いていない。  ツカサはスプーンの上でプリンを震わせながら、ニコニコと笑っている。  チラリと、カナタはマスターを見た。  すると、即座に。 「おぉっと~。ワシ、なにかをあそこに忘れていた気がするのう~。はて、なんじゃったかなぁ~?」  そんなヘタクソすぎる演技をしながら、マスターはダイニングから出て行ってしまった。  マスターの足音が遠ざかった後、カナタはジッとツカサを見上げる。 「ツカサさん、困ります。マスターさんに変だと思われます」 「確かに、俺の方から『あーん』って言い出すのは変だったかな。そうだよね、カナちゃんから求めてもらう方が嬉しいもんね。よし、やり直そう!」 「話が噛み合っていません!」  しかし、ツカサは笑顔のままだ。 「カナちゃん、言って? 俺に『食べさせてください』って。俺、カナちゃんから可愛くおねだりされたら嬉しいなぁ」  ここでどれだけ説得や注意をしても、ツカサにはノーダメージだろう。  カナタは渋々、ツカサと向き直った。 「……プリン、食べさせてください」 「ムッとした顔も可愛いね。でも、なんで拗ねているの? プリン、嫌い?」 「プリンは、好きですけど……」 「俺とどっちが好き?」  瞬時に、ツカサの目から笑みが消える。  少しずつだが、カナタはツカサの性格を理解してきた。 「『プリン』って言ったら、ツカサさんは怒るくせに」  そう苦言を呈すと、ツカサはニコリと笑う。 「ヤダなぁ、怒らないよ。ただ、カナちゃんがプリンを嫌いになってくれるような作戦を立てるだけ」  それを、人は『怒る』と言うのだが。 「いじらしいでしょう? 俺はいつだって、カナちゃんの一番でいられるように努力を惜しまないタイプだよ。ねっ、俺って健気でしょう? それなのに浮気なんかされちゃったら、悲しいなぁ……」  今のツカサには、なにを言ったって無意味だろう。  そういうことも、カナタは理解するようになっていた。

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