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それはまだ、カナタがツカサに対して恐怖心を抱いていた頃。
『来月、女の子の服を着てデートしない?』
カナタはツカサと、そんな約束をしてしまった。
クローゼットを開けるツカサは、その約束を当然覚えている。忘れていたのは、カナタだけだ。
「結局俺、まだ一回もカナちゃんのスカート姿を見ていないんだよ? 恋人なのに、なんでだろう?」
「それは、タ、タイミング? でしょうか?」
「カ~ナちゃんっ。なんで俺から目を逸らすのかなぁ?」
──この流れは、良くない。
今までの経験上、カナタはそう直感する。
カナタは慌てて椅子から立ち上がり、ツカサへ駆け寄った。
「えっと、そ、そうだ! ベッドの上でお喋りしませんか? せっかくのお泊り会ですし、ねっ?」
なんとか話題を変えようと、カナタは強引にツカサの手を引く。
するとなぜか、ツカサはパァッと表情を綻ばせた。
「カナちゃんからボディタッチしてもらえるなんて、嬉しいなぁ」
視線が、クローゼットからカナタへと移る。
それを好機だと思い、カナタは大胆にもツカサの腕に自身の腕を絡めた。
「カナちゃん?」
カナタにとってはとてつもなく恥ずかしいことではあるが、今ここで女物の服を着させられるよりはマシだ。
むしろこのくらい、比較にもならない。
予想以上にツカサは喜んでいるようで、クローゼットに伸ばされていた手がするりと落ちたくらいだ。
多少あざとすぎるかとは思いつつ、カナタは上目遣いでツカサを見上げた。
「ベッドに、行きませんか?」
社会人にもなった男が、いったいなにをしているのか。
そんなツッコミを、今は自分自身に入れている場合ではない。
徐々に、頬へ熱が溜まる。
するとついに、ツカサの体がカナタの方へと向けられた。
「情熱的だね。初めてのお泊り会だから? それとも、デートの前日だからかな?」
先ほどまでクローゼットにかかっていたツカサの手が、カナタの頬を優しく撫でる。
「どっちにしても、カナちゃんが舞い上がってくれているのなら、俺は嬉しいけどさ」
「あ、っ」
少し冷えた指先が耳たぶに触れると、カナタは思わず甘い声を漏らしてしまった。
「カナちゃんからベッドに誘われるなんて、ちょっと意外。でも、積極的なカナちゃんも可愛いよ」
「ベッドに、誘われ……。……えっ?」
復唱した後、カナタはハッとする。
「……あれっ、あのっ、えっ? ち、違いますよっ? オレが言いたかったのは、お話をしようって意味です! だから、あの、変な意味じゃ──」
「『変な意味』ってなに?」
──またしても。
「俺も『お喋りに誘われた』って意味で言ったのだけれど、もしかして違うように聞こえたのかな?」
カナタにとって、良くない話題に変わってしまった。
──好きな人。
──可愛い服。
──ベッドへの誘い。
「ねぇ、カナちゃん。教えて? カナちゃんが言う『変な意味』って、どういう意味?」
どの話題になっても、結局カナタは逃げられない。
ツカサの瞳に捕らえられたカナタは、観念するしかなかった。
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