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「カナちゃん、俺があげたヘアゴム持ってる?」  食器を洗い終えたツカサが、制服に着替えたカナタへ近寄った。  いつもカナタは、ツカサから貰ったヘアゴムを制服のポケットに隠し持っている。  まるでお守りのように大事にしていると、ツカサは知っているのだ。  カナタは頬を赤らめつつ、ポケットからヘアゴムを取り出す。 「持っています」 「うんっ。本当は知ってるよ。……ソレ、ちょっと貸して?」  言われるがまま、カナタはツカサへおずおずとヘアゴムを渡した。  それからジッと、ツカサを見上げる。  カナタからの視線に気付いたツカサは、食卓テーブルの椅子をひとつ引いた。 「この前はできなかったけど、今日は髪の毛を結んでもいいよね。もう隠す必要はないんだからさ」  キラッと、カナタの瞳が輝く。  素直なカナタの反応に気を良くしたツカサは、椅子に座るようカナタを促す。 「ひとつ結びにするね?」 「ありがとうございます」 「どういたしまして。それと、俺の方こそありがとうっ」  椅子に座ったカナタと背後に立つツカサは、どちらも上機嫌そうに答える。  カナタの髪に、ツカサの指が這う。  その感触に、カナタは目を細めた。 「ふふっ。ツカサさん、ちょっとくすぐったいです」 「カナちゃんが敏感だからかなぁ?」 「びん、かん? ……ちっ、違います! ツカサさんの手が優しすぎるんです!」  揶揄われたと瞬時に気付いたカナタは、顔を赤くしながら反論する。 「そんなに優しい手つきでやらなくても平気ですよ? もっと、なんて言うか……乱暴に引っ張っても大丈夫ですから。少しくらい痛くてもオレは平気ですし、気にしませんよ」  カナタの言葉に対し、ツカサは髪をまとめながらサラリと答えた。 「俺が気にするの」  すぐに、カナタの顔が赤くなる。  髪をまとめたことにより、カナタの耳がツカサの視界に入った。 「カナちゃん、耳まで赤いね。どうしてかなぁ?」 「ツカサさん……っ!」 「あははっ!」  ヘアゴムで髪を束ねたツカサは、カナタの髪から手を離す。 「はいっ、終わり。後ろ姿からもう可愛いよ。誰かに見られるのが心配になっちゃうくらい」 「えっと、それは……ありがとうございます、で、いいのでしょうか?」 「『大好き』って言ってほしいかなぁ」 「なんだか話がずれているような……」  髪を束ねたカナタが、後ろにいるツカサを見上げる。 「ありがとうございます、ツカサさん。……大好き、です」 「わ~い、ヤッターっ」  ツカサは心底嬉しそうに笑うと、背後からカナタを抱き締めた。 「あのね、カナちゃん。ちょっとだけ、変なことを言ってもいいかな?」 「はい。いいですよ?」 「昨日、自分の好きなものをマスターに打ち明けたカナちゃん。凄く、カッコ良かったよ」  すぐ横にあるツカサの顔を、カナタは振り返る。 「本当ですか?」 「うん」  ツカサは頷いた後、ジッとカナタの目を見つめた。 「──惚れ直しちゃった」  囁くようにそう呟いたツカサに対し、カナタはまたしても赤面する。  そんなところが、今までと同じように可愛くてたまらない。  ……きっとカナタは、これからも変わっていく。  そのたびにツカサは不安を抱え、抑えきれない感情を持て余すのだろう。  それでも、ツカサはカナタと生きていきたい。  そしてカナタも、そんなツカサと同じ未来を見たいと言ってくれたのだ。  だから少しだけ、ツカサは分かった気がした。 「──俺も、カナちゃんが大好きだよ」  ──誰もが当たり前のように紡ぐ、この言葉の意味を。  ツカサは少しずつ、自分のモノとして掴めそうな気がしたのだ。 8章【そんなに惚れ直させないで】 了

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