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 カナタに迫られたツカサがたじたじになる、数時間前。  買い物から戻って来たツカサは、食卓テーブルの上にとあるものを置いた。 「ほう? これはまた珍しいものを買ってきたのう?」  髪をひとつに結びながら、ツカサはマスターを振り返る。 「最近食べていないなって思ってさ。それに、カナちゃんが喜ぶかなぁって」 「後者が買ってきた理由の大半じゃろうて」 「そうだけど、なに? ダメなの? なんでそんなことマスターに言われなくちゃいけないのさ? 晩ご飯抜きにするよ?」 「ちょっと口を挟んだだけでそこまで言うかッ!」  夕食の準備を始めるツカサに、マスターはギャンギャンと突っかかった。  その場に、カナタがひょこっと姿を現す。 「おかえりなさい、ツカサさん」 「カナちゃんっ! ただいまっ! 俺がいなくて寂しかった?」  心底嬉しそうな笑みを浮かべて、ツカサは勢いよくカナタを振り返る。 「今すぐ抱き締めたいけど、これから料理しなくちゃいけないからなぁ。……ねぇ、カナちゃん。後ろから俺をギュッとしてくれない?」 「えっ? えっと、その……っ。……あっ、このお菓子はなんですかっ?」  マスターがいる手前、露骨なことはできない。  恥じらった末に、カナタは話を変えるためにテーブルの上を見た。  カナタの視線の先にあるのは、ツカサが買ってきたチョコだ。  わざと話を変えたと分かっていながらも、ツカサは手を動かしながら返事をする。 「ウイスキーボンボンだよ。チョコの中に洋酒が入ったお菓子だね」 「オレ、ウイスキーボンボンって食べたことないです」 「そう言うと思って、カナちゃんのために買ってきたよ。ご飯を食べた後、みんなで食べようか」  カナタはトコトコとツカサのそばに寄り、笑みを向けた。 「ありがとうございます。あの、なにか手伝えることってありますか?」 「じゃあ、俺のことギュってして?」 「えっと、それは危ないので。できれば、それ以外で」 「それじゃあ、ほっぺにキスは?」 「そ、れは……っ」  顔を赤くしたカナタを見て、ツカサは満足そうに微笑む。 「カナちゃんは座ってゆっくりしながら待っていて? 食器とかはマスターに準備させるからさ」 「ワシもゆっくりさせんかッ!」  相変わらず、ツカサのカナタに対する斜め上の過保護は健在だ。  それでも、ツカサは笑顔のまま料理を続ける。  カナタもカナタで、苦笑しながら食卓テーブルへと戻った。 「まったく、あの男はやはり性格がねじ曲がっておるわ。カナタよ、悪いことは言わん。ツカサはやめておけ。奴のいいところは嘘偽りなく顔だけじゃ」 「カナちゃんごめ~んっ。ちょっと生ゴミを処分してくるね?」 「誰が生ゴミじゃッ!」  包丁を持って笑顔で振り返るツカサに、カナタは慌てて駆け寄る。 「えっと、あのっ、ツカサさんっ! ツカサさんが料理するところ、隣で見ていてもいいですかっ?」 「モチロンっ」  ツカサのことを好きになり、ツカサと正式に交際を始めて。  さすがのカナタでも、ツカサが危ない男だということは理解し始めていた。  ──仲裁しないと、マスターが生ゴミになる。  そう察したカナタが露骨なご機嫌取りをしたのだが、上機嫌となったツカサはそのことに気付かない。  しかし、マスターは気付いている。 「あぁッ、愛しの我が妻よッ! いったいいつになったら帰ってきてくれるのじゃッ!」 「逃げられたんじゃないの?」 「ツカサさんっ!」  またしても始まる口論に、カナタは必死に仲裁役を続けるのだった。

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