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 夕食を食べ終えた三人は、いそいそと菓子の封を切る。 「カナちゃんは未成年だから、お酒を飲んだことはないよね? でも、これで少しだけ大人気分だね」 「ツカサさんとマスターさんも、お酒を飲んでいるところは見たことがない気がします」 「俺は別に好きじゃないしねぇ」  すいっと、ツカサはウイスキーボンボンが入った箱をマスターに渡す。 「カナタじゃなくてワシが最初でいいのか?」 「うん。どうぞ?」  ツカサらしくない動きに、マスターは一瞬だけ訝しむ。  しかし、渡されたのならば素直に受け取ろう。  そう思ったマスターは、すぐにチョコを一粒つまむ。 「マスターがお酒を飲まない理由は、今から分かると思うよ」  ツカサがポツリと、そう呟く。  カナタが意味を訊く前に、チョコを口に放ったマスターは……。  ──バタンッ、と。  大きな音を立てて、テーブルに突っ伏してしまった。 「えっ! ちょっと、どうしたんですかマスターさんっ!」  カナタは慌てて席を立ち、奇怪な動きをしたマスターに近寄る。  肩を掴み、揺さ振ろうとして……。 「──ぐぅ」  カナタは、マスターが熟睡していることに気付いた。 「この人、ほんのちょっとのアルコールでもすぐに寝ちゃうんだよねぇ」  そう言うツカサは、満面の笑みを浮かべている。  マスターは一度眠ると、なにをされても決まった時間にならないと目を覚まさない。  たとえ耳元で叫ばれようと、家の近くで工事が始まろうと、騒音を鳴らす暴走族が走り回ろうと……マスターは絶対に起きないのだ。  ……余談ではあるが、ツカサはマスターのそんな習性をとっくの前から知っている。  ゆえに、カナタがあられもない声を部屋や浴室、ダイニングで響かせても注意しないのだ。  ウイスキーボンボンを食べてマスターが即刻寝ることは、想定の範囲内。  つまりこの状況は、ツカサにとって予定通りなのだ。 「さっ、カナちゃん。もうほぼ二人きりみたいなものだよ」  隣の席に戻るよう促した後、ツカサはチョコを一粒つまむ。 「カナちゃんの初めては俺だけのものだから、邪魔者は消さないとね」  マスターを心配しつつ戻って来たカナタの顎に、ツカサは指を添えた。 「はい、あーんっ」 「自分で食べられますから、その、少し恥ずかしいです……っ」 「ダメだよ。カナちゃんが初めて食べるものなんだから、俺の手でその初めてを奪わないと。だから、ホラ。あーんっ」  渋々、カナタは口を開く。  素直にチョコを食べたカナタは、モグモグと口を動かす。  そんな姿にも胸を打たれつつ、ツカサはカナタを眺めた。 「どう? 美味しい?」 「思っていたよりも、美味しいです。もっと苦いのかなって思っていました」 「お酒のイメージってそうだよねぇ。他にも数種類買ってきたから、食べてみて?」 「はい、ありがとうございます」  色々なタイプのウイスキーボンボンを食べ進めるカナタを眺めて、ツカサはぼんやりと考える。  ──こんなとき、漫画などでは酔っ払うのが鉄板ネタなのだが……。 「ぐぅ、ぐぅ……んんっ、むにゃむにゃ……っ」  そんなフィクション要素は、マスターが既に回収している。 「さすがにそんな人、周りに二人もいないか」  ツカサがそう呟いても、カナタにはなんのことだか分からない。  そうして二人は、まったりと食後のチョコレートに舌つづみを打つ。  ……はず、だったのだ。  カナタが【あんなこと】になるまでは。

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