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自分はこれから、大きなカミングアウトをする。しかも、相手は最も近しい存在だ。
そのプレッシャーに、早くもカナタは押し潰されそうだった。
「大丈夫、でしょうか。……オレ、上手にできるでしょうか……っ」
弱々しく呟いたカナタの頭を、ツカサは優しく撫でる。
「別に、上手じゃなくてもいいんじゃないかな。……キレイじゃなくても、いいんじゃないかな」
「だけど、オレの言い方が悪くて失敗したらと思うと……っ」
「それはカナちゃんだけのせいじゃないよ。一緒にいる俺にだって、責任が発生する。だから、一人で抱え込まないで?」
情けなさで、涙が出そうだった。
自分で変わることを決めたのに、結局はツカサの優しさに甘えている。どこまでいっても情けなくて弱い自分自身が、カナタは大嫌いだった。
……それでも、こうして『変わろう』と思えたのは、隣にいる恋人のおかげだ。
「……俺はね? 正直なところ、カナちゃんのことを考えているだけで幸せなんだよ。だから本音を言えば、カナちゃんにとってもそうだと嬉しい。俺が隣にいるだけで『幸せだ』と思ってもらいたい」
「……っ」
「だけどきっと、カナちゃんは【変わらないと】幸せになれない。そう思ったから今朝、あんなことを言い出したんだよね? そして、それは俺の責任でもあるはずだ。カナちゃんがこうして動いたのは──変わろうと歩き始めたのは、俺に要因があるはずだよ」
「それは……っ」
なにを言っても、ツカサの考えは変わらない。ツカサは確証を持って、カナタにそう言っているのだ。
「カナちゃんの存在全てを手に入れたって、俺はカナちゃんを追いかけ続けるよ。手を掴んで、僅かな距離もすぐに埋める。絶対に、放してなんてあげない。カナちゃんはずっと、俺と一緒にいるんだから」
「ツカサ、さん……っ?」
「だから、大丈夫。どっちの結果に転んだって、俺はカナちゃんから離れてあげないもん。ホラ、安心だね?」
そういう問題ではないと、カナタは反論をしそうになる。
……だが、よくよく考えると『そういう問題になるのか』と妙に納得してしまったのだから、一度、閉口するしかない。
「……そう、ですよね。一人じゃない、ですもんね」
「そうそう。サクッと交際宣言して、サクッと婚約宣言して、サクッと了承してもらおうよっ」
「そんなにサクサク進みますかね……」
「俺、腕力とかずる賢さ──じゃなくて、トーク力に自信があるけど?」
「変なことはしちゃ駄目ですからねっ!」
冗談なのだろうが、ツカサが言うとそう聞こえないのだから不思議だ。……おそらく、欠片ばかりでも【本心】が混ざっているからだろう。
どこまでいっても相変わらずなツカサに注意をした後、カナタは思わず小さな笑みを浮かべてしまう。
そのままカナタは顔を上げて、微笑みを浮かべるツカサの頬にキスをした。
「オレ、頑張ります。頑張ったら絶対、オレはもうこうしたことには悩まないと思うから」
「……ウン。俺も、頑張るよ。頑張って、カナちゃんの一番で在り続ける。頑張って、カナちゃんにとって【怖いこと】をしない俺になるよ」
脅されて、怖い目にもたくさん遭って、普通とは違うことばかりが起きて……。
それでもカナタは、ここまでの道筋をなにひとつ『間違いだった』とは、思わない。それは誰になにをどう言われたって、思いたくなかった。
「好きです、ツカサさん。大好きなツカサさんに胸を張れる男になれるのなら、オレはなんでも頑張れます。そのくらい、大好きです」
全てのことを諦めて、扉を閉めて、逃げ隠れを続けていたカナタ・カガミから、ようやくサヨウナラをする。
そんな決意をしたカナタに向けて、ツカサは普段と同じ優しい笑みを送った。
「俺も、カナちゃんが好きだよ。キミのためならなんだってしたくなるくらい、キミが好きだ。だから、一緒に頑張ろう。カナちゃんが頑張るのなら俺は協力するし、俺が頑張るときは協力してほしい。これから先もずっと、一緒にいてほしいから」
たったそれだけで力が湧いてくるのだから、やはりカナタは弱くて単純なのかもしれない。
そしてそれを『悪くない』と思っているのだから、カナタはやはり自分が選んだ道を【後悔】しないのだった。
10章【そんなに他人を拒絶しないで】 了
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