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朝食を終えたカナタは、一人でダイニングに残っていた。
その手には、固定電話の子機が握られている。
電子音が電話の相手を呼び出していると訴えているのを聞きながら、椅子に座り続けること数秒。
『──はい、カガミです』
受話器から、聞き馴染みしかない女性の声が聞こえた。
「……もしもし、お母さん? カナタ、だけど」
『あら、カナタ? どうしたの? 電話なんて珍しい』
「うん、ちょっとね。……今度、お休みをもらえることになったんだけど……お父さんとお母さんって、いつなら家にいるかなって」
『あら、またまた珍しいことを言い出したわね? お金でも貸してほしいのかしら?』
「そんなんじゃないよ。金銭面の問題なら、もうちょっと言いづらそうにするし……」
『そうかしら? 今のカナタも充分、本題を切り出しにくそうに話しているけどね?』
「うっ」
さすが、母親だ。カナタの動揺や惑いを電話越しでも見抜いているらしい。
そしてそれでも平然と会話を続行するのだから、やはり母親は強い。
『次の土日ならお父さんも家にいるわよ? 帰ってくるなら、なにか用意しておこうかしら』
「ううん、大丈夫──あっ、ヤッパリお願いしようかな。晩ご飯、久し振りにお母さんの料理が食べたい」
『それくらい全然いいわよ。それじゃあ、カナタが好きなオムライスにしようかしら』
「うん、ありがとう。……えっと、もう一個お願いしてもいいかな」
『ふふっ。なによ、改まって? 家族なんだから、遠慮なく言いなさい?』
電話の子機を持つ手が、情けなく震える。今からこの調子で大丈夫なのかと、自分自身を責めたくなるほどだ。
……それでも、カナタは言葉を続けた。
「──晩ご飯のオムライス、なんだけど。……三人分じゃなくて、四人分お願いしたいんだ。……お父さんとお母さんに、紹介したい人がいるから。その人の分も、作ってほしい……っ」
カナタの言葉に、母親は一瞬だけ驚いたような息遣いをする。
『……もしかして、彼女?』
「それは、ちょっと違う、かな。……帰ったら、ちゃんと言うよ」
『あらあらまぁまぁ、どうしましょう? オムライスじゃなくて赤飯の方がいいかしら?』
「変に気を回さないでよ。それにオレ、オムライスがいい……っ」
『はいはい、分かったわよ。楽しみにしているわね』
「うん、オレも。……それじゃあ、また土日に」
母親との通話を終えて、カナタは電話の子機をテーブルの上に置く。
それから、まるで肺の中にある空気全てを吐き出そうとしているかのように深いため息を、カナタは吐いてしまった。
「……もう逃げられないぞ、カナタ・カガミ」
そう呟き、ペチンと両頬を叩く。小さな痛みに、カナタの頭はスッキリと覚醒したようだった。
するとそのタイミングで、ダイニングにカナタ以外の人間が姿を現す。
「電話、終わった?」
このタイミングで入って来るのは、ツカサしかいない。そんな確信が、なぜかカナタにはあった。
心配そうに見つめてくるツカサに、カナタは虚勢を張ることができない。
「一応、用件だけは伝えられました。次の土日に、お休みをもらいたいです」
「そう。じゃあ俺はカナちゃんの彼氏として、どんな手を使ってでもマスターとウメを納得させたらいいんだね?」
「えっ、いやっ、そこまではしなくても……っ」
相変わらずなツカサが、今だけは心地良く感じる。
隣に座ったツカサに、カナタは思わず頭を預けてしまった。
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