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 カナタに抱き締められたまま、ツカサは力なく呟く。 「ごめんね、カナちゃん。……変われなくて、ごめんね」  それは、本心からの言葉だった。【変化】を恐れていたツカサから出た、本心なのだ。  ツカサはきっと、奥深くある根本から【家族】というものが受け入れられないのだろう。自分に深入りする人間を、カナタ以外に受け止められないのだ。  それは【拒絶】なのか、純粋な【嫌悪】なのか。……もしくは、ツカサ自身の【弱さ】が起因なのかは、カナタに判別できなかった。  けれどもしも、原因の大半が【弱さ】なのだとしたら……。 「大丈夫です。大丈夫ですよ、ツカサさん」  無理にツカサを強くするつもりが、カナタにはない。ツカサには強がらず、弱さを持ったまま変わってもらいたいと思っているからだ。  ならば、どうすればツカサを守れるのか。どうすればツカサの【弱さ】をカバーできるのかと、カナタは考える。  そしてすぐに、答えは出てきた。  その方法は、ウメが言っていたこと。  ──【カナタが変わる】しか、方法はないのだ。  * * *  翌朝。  朝食を四人で食べている中で、カナタは顔を上げた。 「マスターさん、ウメさん。お願いが、あります」  名を呼ばれた二人だけではなく、ツカサも怪訝そうな目でカナタを見る。  真っ直ぐと向けられた視線に、カナタは決心が鈍りそうになった。今から言おうとしていることをハッキリと口にした場合、カナタはもう後戻りできないからだ。  それでも、カナタは昨晩抱き締めたツカサの体を思い出す。弱々しい声で『ごめんね』と謝るツカサの声を、思い出したのだ。  ──そんなことを繰り返さないためにと、カナタは言葉を発した。 「──オレとツカサさんに、二日間の休みをください」  またしても先に名を呼ばれた二人だけではなく、ツカサまでもが目を丸くする。それは当然で、なぜなら休みの申請をツカサは相談されていないからだ。 「……えっ? 俺と?」 「はい。ツカサさんと、です」 「それは全然、モチロン大歓迎だけど……でも、なんで急に?」  同じ疑問を、マスターとウメも抱いているだろう。口を挟まず、カナタの答えを待っているのだから。  カナタは隣に座るツカサを見て、それからハッキリと答えた。 「──ツカサさんを、オレの両親に紹介したいからです」  ピクリと、ツカサの指が小さく跳ねる。  それとほぼ、同じタイミングで……。 「……ふぅん? なるほどねぇ?」  ウメの口角が、ゆるりと上がった。  状況を理解できていないツカサは、困ったように眉尻を下げる。 「確かにお義父様のことは存じていないけど、お義母様にはもう挨拶したよ? それなのに、どうして改まって紹介するの?」 「確かにオレのお母さんとツカサさんは会ったことがあります。だけど、それは【職場の先輩】としてですよね?」 「それは、まぁ。だって、実際そうだから……?」 「そうだけど、違います。オレが言いたいのは、そうじゃなくて……っ」  どうして珍しく、ツカサが鈍いのだろうか。こうして質問責めされると、やはり決心が鈍りそうだ。  しかし、カナタは募る羞恥心を必死に押さえつけながら、言葉を続けた。 「──オレの、彼氏として。未来の旦那さんとして、ツカサさんを紹介したいんです」  ここまでハッキリと言葉にして、ようやくツカサにも伝わったらしい。 「「……えっ?」」  同じ地点に立っていたマスターとツカサが、声を揃えて疑問符を口にしたのだから。

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