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目を丸くしているウメに気付いたのか、ツカサは言葉を続ける。
「違うよ。言いたいことは、そこじゃない。お前のことが嫌いなのは、今に始まったことじゃないからね」
「それも知っているさ。……じゃあ、ツカサ。アンタはいったい、アタシに【なに】を言いたいんだい?」
組んでいる腕を、指でトントンと叩く。
どことなく落ち着きのないツカサを眺めながら、ウメはツカサが切り出す【本題】を待った。
「俺の世界に、お前たちは要らない。ウメのことはいつだって、本気で『旅先で死ねばいいのに』って思っているし、マスターのことだって『いなくなればいいのに』って思っているよ。お前たちに対してそれなりに思うことはあるけど、それだけ。俺の中で、お前たちに対する【それなりに思うこと】じゃ【嫌悪】はどうしたって中和できないし、相殺もできない。だから、俺の世界にはカナちゃんしか要らないんだ」
「そうかい。それは、実に今のアンタらしいね」
「だから、ウメに言いたいのはその先」
ウメに向かって顔を上げることもなく、ツカサは変わらず静かな声を発し続ける。
「カナちゃんにとっては、マスターもウメも【大切な人】らしいんだ。俺に対する気持ちとは別の意味合いで、お前たちのことが大切なんだってさ」
「改まって言われると、なんだか照れくさいねぇ」
「それをさ。少し前までなら、純粋に疎ましく思った。カナちゃんの【特別】は俺だけでいいし、俺以外に存在する必要性が感じられなかった。それに対して、俺は未だに納得をしたワケじゃないよ」
そっと、ツカサは瞳を伏せた。
そうして瞳を伏せたことにより、ほんの少しだけツカサの視界から世界が消える。
「──だけど、それを【許容】する隙間が……俺の中に、僅かだけどできたんだ」
それは、ウメが予想も想定もしていなかった言葉。
行く当てもない少年時代のツカサを拾い、家と仕事を与えたウメとシグレにさえ告げられなかった、小さな言葉だ。
「マスターのことはジャマだと思うし、ウメのことも大嫌いだよ。ヒシカワ君なんて論外だし、俺はカナちゃんが紹介しようとしているカナちゃんのご両親だって、別に好きなんかじゃない。全員、俺の世界には要らない。俺とカナちゃんの世界にだって、誰一人として要らないんだよ」
「……そうかい」
「だけど。……カナちゃんの世界には、在ってもいいんじゃないかなって。そう、少しだけ思えるようになった気がするんだ」
いくら覇気がない声だとしても、ツカサが根拠もないことを口にするとは思えない。そんな確信めいたものが、ウメの中にはある。
しかしどうやら、ツカサは未だに自分自身の【変化】を理解し、そして認めることができていないらしい。その証拠として、ツカサの瞳は伏せられたままなのだから。
まるで子供のような姿に、ウメは堪らず笑みを浮かべてしまう。
「排除したくて堪らないくせにかい?」
「それはモチロン。今すぐにでも、全員をね」
そう言い、ようやくツカサは顔を上げる。
その口角は、薄く上がっていた。
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