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 両親との夕食を終えて、ツカサは言われるがまま浴室へと向かった。  そこでシャワーを浴びた後、ツカサは一先ずリビングへと向かう。 「お湯、ありがとうございました」 「あっ、ツカサさんっ」  リビングには、カナタと父親がいる。二人は雑談をしつつ、ツカサが戻って来るのを待っていたのだろう。  父親からツカサへ視線を移すと、カナタはパッと花が咲いたように明るい笑みを浮かべる。 「シャワーの使い方とか、分かりましたか?」 「ウン、大丈夫。ちゃんとお湯にも浸かったよ。ありがとう」 「準備をしてくれたのはお母さんなので、オレはなにも……っ」  ツカサは持参していたタオルで髪を拭きつつ、カナタの隣に座った。 「次はカナちゃんがお風呂に入る? ……それとも、ご両親でしょうか?」 「いや。……カナタ。先に入ってきなさい」 「分かった。……ツカサさん。オレの部屋に行ってもいいですよ」 「ありがとう」  立ち上がったカナタは準備をするため、すぐにリビングから出て行く。  背中を見送った後、ツカサは斜め向かいに座っているカナタの父親へ目を向けた。  すぐに父親は、ツカサの視線に気付く。 「カナタは本当に、君のことが大好きなのだろうね。あんなに嬉しそうな顔は、滅多に見せない子だったよ」  そう言うと、父親は不意に立ち上がる。 「君、酒は飲めるかい?」 「はい。大丈夫です」 「それなら、少し付き合ってくれ。妻もカナタも、酒は駄目でね」 「俺で良ければ、ご相伴にあずかります」  ツカサの返事を聴き、父親は今日買ってきたであろう酒とグラスを用意し始めた。  すぐに二つのグラスに酒を注ぎ、父親は訊ねる。 「緊張しているかい?」 「そうですね。恋人の父親ともなると、さすがに」 「すぐにその切り返しができるのなら、大丈夫そうだね」 「あれっ、お気に召しませんでしたか?」  グラスを軽くぶつけ合い、小さな乾杯をした。それから二人は一口、酒を口に含む。 「君はなんだか、堂々としているね。カナタが好きになるような人だから、同じ価値観の……似たタイプの子かと思っていたのだが」 「これでも、緊張しているのは本音ですよ。俺はそれを、きっと上手に取り繕うのが得意なのでしょう」  グラスをテーブルに置き、ツカサは笑みを浮かべる。 「……お恥ずかしい話なのですが、俺は【父親】と接した機会がないんです」 「それは、どういう意味だい?」 「俺の母親は……これもまたお恥ずかしい話ですけど、男をとっかえひっかえするような人でした。相手の顔と名前が一致した次の日には、新しい男が家にいる。俺の母親は、そういう人だったんです」  グラスに指を這わせながら、ツカサは言葉を続けた。 「だから、俺には【父親】との思い出がありません。強引に挙げるのならば、俺にとって一番【父親】という想像に近い相手は、シグレ……さん、です」 「あぁ。あの人はとても、愉快でいい人だね」  思わず敬称を忘れてしまうような相手ではあるが、ツカサは笑みを浮かべて「そうですね」と相槌を打つ。 「だからきっと、俺はあまりカナちゃんのご両親とうまく話せません。カナちゃんのご両親がただの他人ではないからこそ、俺は緊張してしまいます。……俺には、家族の温かみが分からないですから」 「……それでも君は、カナタと家庭を築きたいと?」  父親から向けられる当然の問いにも、ツカサは笑みを崩さない。  女性なら誰もが見惚れるような笑みを貼り付けて、ツカサは答える。  ──「だからこそ、ですね」と。

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