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 グラスに注がれた酒を味わいつつ、カナタの父親はツカサの話に耳を傾けた。 「俺は、家族というものを知りません。だからこそ、俺は最愛のカナちゃんと空想上にしかないと思っていた【家族】という関係性を築きたい。俺が持つ全てをカナちゃんに捧げて、カナちゃんを幸せにしたい。……それが、俺の幸せです。それだけが、俺の希望です」  言葉を区切り、ツカサは酒を一気に呷る。それからすぐに、ニコリと笑みを浮かべた。 「……なんて、スミマセン。少し、酔っちゃったかもしれません」 「いや、構わないよ。誘ったのはわたしだ。無礼講さ」 「あははっ。ありがとうございます」  やはり、どこまでいっても優しい。こうした温かな家庭にいたからこそ、今のカナタはあるのだろうかと。取り留めのないことを、ツカサは思わず考えてしまった。 「今日の夕食会は、不思議な心地でした。あぁして、カナちゃんがご両親に向けられるような愛情を……俺は、知りません。親に心配してもらったり、顔色を窺われたりしたことなんて──……」  不意に、母親から向けられた【優しさ】を、ツカサは一瞬だけ思い出す。  しかしそれは【母親】としてではない。あの時の目は、間違いなく【女】としてのソレだった。  ──なぜならツカサが機嫌を窺われたのは、ただの一度。……母親に逆レイプをされた、あの日だけなのだから。 「……ありません、でしたから」  一度も、なかったわけではない。ツカサは『一度もない』と言いかけた口をなんとか強引に軌道修正し、言葉を変えた。  会って数時間しか経っていない相手に、どうしてこの話を。きっとツカサを知る者からすると、この会話は不思議でならないだろう。  だが、ツカサは自分の発言をそうとは思わなかった。なぜならツカサは明確な目的を持って、カナタの父親に自らの生い立ちを語っているのだから。 「もしも俺に、胡散臭さや得体の知れなさを感じたのだとしたら。それはきっと、今まで俺が経験してきたことがカナちゃんとは違いすぎるからです。それは無かったことにはできませんし、全てを切り離して生活していくこともできません」 「そうだね。君の言い分は、わたしにも分かるよ」 「ありがとうございます。……それでも、俺はカナちゃんと一緒にいたいです。カナちゃんを幸せにしたいからこそ、カナちゃんが求めた【ご両親からの理解】を、俺も全力で得ようと思いました」  ツカサが普通の青年と違うことを、カナタは理解している。そしておそらく、カナタの父親も薄々思ってはいただろう。  それを自ら公開し、その上でカナタへの想いを伝える。これがどれだけ愚策だったとしても、ツカサはある種でカナタのご両親を大切にしたいと考えた。  ゆえに、隠し事はなし。ツカサという男を知ってもらったうえで交際と結婚を否定するのならば、それはツカサ個人の問題だ。カナタに被害が及ばないよう、策を講じるしかない。  ……だが、カナタの父親はツカサの思い通りには動かなかった。 「君という青年を、わたしの息子が変えようとしているのなら。二人はきっと、互いにとってなくてはならない存在なのだろう。それを引き裂くような真似を、わたしはしないよ」  二杯目の酒を注ぎながら、父親は続ける。 「君は、カナタを【いい方向へ】変えてくれた。そしてカナタも、君にとってそういった存在なのだとしたら。後をどうするかという問題は、当人が決めることだ。あれこれと口を挟むのは、わたしの本意ではない」 「息子の恋愛事情にはノータッチ、ということでしょうか」 「助けを求められたのならば可能な限り応じるが、そうではないのならただのお節介であり、迷惑だろう」  てっきり、カナタの両親はもっと過保護なのかと思っていた。それゆえに、ツカサは思わず驚いてしまう。  ……だが、決して不快な回答というわけではない。 「ありがとうございます。カナちゃんがご家族に泣きついてしまわないよう、大切にし続けます」 「それを聴けて、わたしは嬉しいよ。あの子は泣き虫だから、あまり虐めないでやってくれ」 「虐めるなんて、とんでもない。大事にしていますよ、誰よりも」  今回の帰省と紹介は、カナタにとって意味のある行為だった。裏を返せば、ツカサにとってはなんてことない行動だと思っていたのだ。  だが、意外にも結果としてはそうならなくて……。 「お話しできて、良かったです。ようやく、緊張が解けてきました」  ──来て良かった、と。  ツカサはガラにもなく、他人との出会いに感謝をしてしまった。  

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