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それから、少しして……。
「お待たせし──あっ、お父さんっ! ツカサさんにお酒飲ませたの?」
風呂上がりのカナタが、リビングに姿を現した。
すぐさまカナタはテーブルに並ぶグラスを見て、状況を理解する。それからすぐに、眉を吊り上げて父親を見たのだ。
なぜか威圧的な視線を送られているが、父親からするとどこ吹く風。
「少しだけさ。カナタがまだ相手をしてくれなくて寂しいから、誘ってしまったよ」
「無理強いは駄目だよ? ツカサさんは優しいから、きっと断れないもん」
「……【無理強い】だったかい?」
「いいえ、まったく」
少し席を外している間に、父親とツカサが妙に仲良くなっている。それはそれでとても嬉しいが、なんだか隠し事をされているような気持ちにもなってしまう。カナタは頬を膨らませつつ、ツカサを見た。
楽しそうにしている二人が、羨ましい。そんなカナタの小さなヤキモチに気付いたのか、ツカサは椅子から立ち上がった。
「お酒、ありがとうございました。それに、つまらない身の上話まで聞いていただいてスミマセン」
「いいや、構わないよ。誘ったのはわたしだからね。……あぁ、グラスは置いておいていいよ」
「そうですか? ……では、お言葉に甘えて。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ。カナタもね」
「おやすみなさい……っ!」
そのまま二人は、並んでリビングから出る。
そしてすぐに、ツカサはカナタの顔を覗き込んだ。
「もしかして、実の父親を相手にヤキモチ?」
「いいえっ!」
「あはっ。可愛いなぁ~っ」
カナタは唇を尖らせつつ、ツカサを見上げる。
「……お父さんと、なにを話したんですか?」
「俺の母親とか、俺が【家族】っていうものについてどう思っているかって話。……あまり、大したことがない話かも」
それは、大したことがある話ではないのか。ツカサの過去を知っているだけに、カナタの表情は明るくならない。
「大丈夫だよ。イヤな話じゃないから」
「無理、していませんか?」
「カナちゃんにウソは吐かないよ。きちんと、カナちゃんのご両親にも俺を知ってもらいたかっただけ」
カナタが部屋の扉を開け、ツカサが通る。
「大事な一人息子を貰うんだから、誠実でいないとね」
そこはかとなく、ツカサらしくない言葉だ。
……しかし、おかしくはない。むしろカナタは、今のツカサがとても好ましく思えた。
扉を閉め、カナタはツカサの手を握る。
「なぁに? 甘えたいの?」
「逆ですよ。オレが、ツカサさんを甘やかしています」
ツカサの冷たい手を、カナタは両手で優しく包み込む。
「一緒に来てくれて、ありがとうございました。緊張していたのに、お父さんと話してくれて……それを、楽しそうに語ってくれて。本当に、ありがとうございます」
ただ、手を握られているだけ。たったそれだけの、至ってピュアなやり取りだ。体の関係まで持っているツカサたちにとって、この行為は取るに足らないものだろう。
「こちらこそだよ。俺にこんなステキな気持ちを教えてくれて、ありがとう」
それでも、二人にとってはとても意味のある大きなことだった。
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