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手を離した後、カナタはツカサを見上げた。
「ツカサさん、ベッドを使いますか? それとも、お母さんが用意してくれた敷布団の方に──」
「カナちゃんと同じところで寝たいなぁ?」
「……狭いですが、ベッドにしましょうか」
「うんっ」
間延びした声で「おじゃましまぁ~す」と言いながら、ツカサはカナタが使っているベッドに寝転がる。
「うわっ、凄いっ! カナちゃんの匂いがするっ!」
「えっ。くっ、臭い、ですかっ?」
「ううん、真逆。いい匂いがしすぎて、興奮するなぁって」
「っ!」
顔を赤らめつつ、カナタは部屋の電気を消した。
そのままカナタはツカサが寝転がるベッドへ近寄り、同じように寝そべる。
「なんだか、変な感じです。オレの部屋に、ツカサさんがいるなんて」
「イヤ?」
「くすぐったくて、フワフワしています。不快とかじゃなくて、えっと……嬉しい、です。ちょっとだけ、恥ずかしいですけど」
「整理整頓がされたキレイな部屋だよ? なにも恥ずかしいところなんてないと思うけど?」
「それはたぶん、お母さんがオレの帰宅に合わせて掃除をしてくれたのかと」
「そっか。……優しいお母さんだね」
カナタのことを想ったのではなく、おそらく見知らぬ来客に気を遣った結果なのだと思うが……そこは野暮なので、あえて言わない。
男二人で寝そべるには少々狭いベッドの上で、ツカサが身じろぐ。
「もっと、くっついてもいい?」
「はい。……オレも、ツカサさんに寄りますね」
「ふふっ、嬉しい。いいよ、おいで?」
「失礼します」
互いの体を抱き締め合い、数時間ぶりに恋人らしい触れ合いをする。
「カナちゃん。……キスだけなら、してもいい?」
「……は、い」
「ありがとう」
顔を寄せて、目を閉じる。そうするとすぐに、ツカサはカナタにキスを落とした。
ただ、啄むだけ。いつもの少し過激なキスとは違い、実にピュアな口付けだ。
「これ以上すると我慢できなくなっちゃうから、続きは明日。……帰ってから、ね?」
「……っ」
コクンと縦に頷き、カナタもツカサにキスを返した。
口付けを受けたツカサは嬉しそうに笑いながら、カナタを見つめる。
「今日は凄く濃厚な一日だったよ。カナちゃんと初めてドライブをして、初めて外でエッチなことをして、カナちゃんの思い出が詰まった場所をたくさん案内してもらって……そして、ご両親にもご挨拶させてもらえた。初めてのことがいっぱいで、本当に……不思議な一日だったなぁ」
充足感に満ちた声で囁くツカサを見て、カナタは不安気な瞳を向けてしまう。
「疲れちゃいましたか?」
「いつもの仕事よりも、ちょっとだけ。……でも、いつもとは比べ物にならないほど満たされているよ。たぶん、カナちゃんと本当の両想いになった日の次くらいに、今日は幸せな日だったかな」
「それは、嬉しいです。……オレも、今日は楽しかったから」
はにかむカナタを見て、ツカサの手が動く。
「……ねぇ、カナちゃん。ひとつ、お礼を言わせてもらえるかな」
呟いたツカサの手が、カナタの頬を撫でた。
改まって、いったいどうしたのか。カナタは不思議そうな顔をしつつ、ツカサからの言葉を待った。
頬を撫でながら、ツカサは……。
「──ありがとう、カナちゃん。キミが過ごした時間の一部を、キミが大切にしているもののカケラを、俺に分けてくれて。俺を選んで、信じて……愛してくれて、ありがとう」
隣に寝転がりながら、ツカサは柔らかく微笑んだ。
その微笑みは決して、アルコールによって表情筋が緩んでいるからではないと。そう、カナタは分かっていた。
ツカサと同じく、カナタも柔らかく微笑む。
そして、ツカサの静かな声と同じように「こちらこそ」と、カナタは囁いた。
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