223 / 289

11 : 23

 手を離した後、カナタはツカサを見上げた。 「ツカサさん、ベッドを使いますか? それとも、お母さんが用意してくれた敷布団の方に──」 「カナちゃんと同じところで寝たいなぁ?」 「……狭いですが、ベッドにしましょうか」 「うんっ」  間延びした声で「おじゃましまぁ~す」と言いながら、ツカサはカナタが使っているベッドに寝転がる。 「うわっ、凄いっ! カナちゃんの匂いがするっ!」 「えっ。くっ、臭い、ですかっ?」 「ううん、真逆。いい匂いがしすぎて、興奮するなぁって」 「っ!」  顔を赤らめつつ、カナタは部屋の電気を消した。  そのままカナタはツカサが寝転がるベッドへ近寄り、同じように寝そべる。 「なんだか、変な感じです。オレの部屋に、ツカサさんがいるなんて」 「イヤ?」 「くすぐったくて、フワフワしています。不快とかじゃなくて、えっと……嬉しい、です。ちょっとだけ、恥ずかしいですけど」 「整理整頓がされたキレイな部屋だよ? なにも恥ずかしいところなんてないと思うけど?」 「それはたぶん、お母さんがオレの帰宅に合わせて掃除をしてくれたのかと」 「そっか。……優しいお母さんだね」  カナタのことを想ったのではなく、おそらく見知らぬ来客に気を遣った結果なのだと思うが……そこは野暮なので、あえて言わない。  男二人で寝そべるには少々狭いベッドの上で、ツカサが身じろぐ。 「もっと、くっついてもいい?」 「はい。……オレも、ツカサさんに寄りますね」 「ふふっ、嬉しい。いいよ、おいで?」 「失礼します」  互いの体を抱き締め合い、数時間ぶりに恋人らしい触れ合いをする。 「カナちゃん。……キスだけなら、してもいい?」 「……は、い」 「ありがとう」  顔を寄せて、目を閉じる。そうするとすぐに、ツカサはカナタにキスを落とした。  ただ、啄むだけ。いつもの少し過激なキスとは違い、実にピュアな口付けだ。 「これ以上すると我慢できなくなっちゃうから、続きは明日。……帰ってから、ね?」 「……っ」  コクンと縦に頷き、カナタもツカサにキスを返した。  口付けを受けたツカサは嬉しそうに笑いながら、カナタを見つめる。 「今日は凄く濃厚な一日だったよ。カナちゃんと初めてドライブをして、初めて外でエッチなことをして、カナちゃんの思い出が詰まった場所をたくさん案内してもらって……そして、ご両親にもご挨拶させてもらえた。初めてのことがいっぱいで、本当に……不思議な一日だったなぁ」  充足感に満ちた声で囁くツカサを見て、カナタは不安気な瞳を向けてしまう。 「疲れちゃいましたか?」 「いつもの仕事よりも、ちょっとだけ。……でも、いつもとは比べ物にならないほど満たされているよ。たぶん、カナちゃんと本当の両想いになった日の次くらいに、今日は幸せな日だったかな」 「それは、嬉しいです。……オレも、今日は楽しかったから」  はにかむカナタを見て、ツカサの手が動く。 「……ねぇ、カナちゃん。ひとつ、お礼を言わせてもらえるかな」  呟いたツカサの手が、カナタの頬を撫でた。  改まって、いったいどうしたのか。カナタは不思議そうな顔をしつつ、ツカサからの言葉を待った。  頬を撫でながら、ツカサは……。 「──ありがとう、カナちゃん。キミが過ごした時間の一部を、キミが大切にしているもののカケラを、俺に分けてくれて。俺を選んで、信じて……愛してくれて、ありがとう」  隣に寝転がりながら、ツカサは柔らかく微笑んだ。  その微笑みは決して、アルコールによって表情筋が緩んでいるからではないと。そう、カナタは分かっていた。  ツカサと同じく、カナタも柔らかく微笑む。  そして、ツカサの静かな声と同じように「こちらこそ」と、カナタは囁いた。

ともだちにシェアしよう!