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 翌日の、朝。 「このクーラーボックス、ムラサメさんに返してもらえる?」  朝食を終えたカナタとツカサが帰る直前に、母親がそう声をかけた。  身支度をしっかりと済ませた後、カナタは母親からクーラーボックスを受け取る。 「うん、分かった──って、重いっ! 中身抜いたんだよねっ?」 「お礼の品を返さないと失礼でしょう?」 「そうだけど、なんで最初より重くなってるのっ?」 「それは……。……ムラサメさんから聞いてちょうだい」  なぜかニコリと、母親は笑っていた。その笑みの理由をツカサは知っているが、カナタには全く分からない。 「カナちゃん、貸して? 俺が持つよ」 「いえ、大丈夫で──あっ!」 「ご両親の前なんだから、カッコつけさせてよ?」 「……それ、言ったら意味がないんじゃ?」 「こう言えば、優しいカナちゃんは俺に持たせてくれるでしょ?」  完全に緊張が解けているのか、もうすぐ二人きりになれるからと浮かれているのか。すっかりいつもの調子で、ツカサはカナタを甘やかした。  なぜか渡す前よりも重くなっているクーラーボックスを軽々と持ち上げて、ツカサは笑う。大仰すぎるバッグを持っているというのに、さすがだ。 「じゃあ、お母さん。マスターさんたちの家に戻るね」 「えぇ。またいつでも帰ってらっしゃい」 「うんっ。……お父さんも、またね」 「あぁ」  両親に見送られながら、カナタは手を振る。ツカサも微笑みを浮かべながら、小さな会釈を返した。  玄関扉を抜け、二人は行きと同じ車に向かう。 「あんな人たちに手土産なんて返さなくていいのに、カナちゃんのご両親はホントに優しい人たちだね」  完全に、いつものツカサだ。車の鍵を開けてトランクにクーラーボックスと荷物を置きつつ、小さくぼやき始めた。 「あ~あ。車を走らせたら、またアイツらと同じ家に戻るのかぁ。……ねぇ、カナちゃん。いっそのこと、二人でどこかに移住しない? 俺、カナちゃんとならどこでだって生きていけるよ?」 「駄目ですよ、ツカサさん? シフトの休みは今日までなんですからね?」 「つれないなぁ。そんな仕事熱心で義理堅いカナちゃんも大好きだけどね」  運転席に座ったツカサは、助手席に座るカナタを見つめる。 「でも、一個だけお願い。……遠回りしても、いい?」  甘えるような視線で、ツカサはカナタを射貫く。 「帰ったら今まで通りの俺に戻るからさ。今だけは、カナちゃんだけの俺でいさせて? ……ダメ?」 「駄目では、ないですけど……っ」 「甘えん坊な年上は、嫌い?」 「ツカサさんなら、甘えてくれるのは……嬉しい、です」  カナタはくいっと、ツカサの袖を引いた。 「……戻ったら、ツカサさんはオレだけのツカサさんでいてくれないのかなって。それが、ちょっとだけ気になってしまって……」  これではまるで、揚げ足取りだ。なんとも幼稚なモヤモヤに、カナタは恥ずかしくなってしまう。  するとすぐに、ツカサはパァッと笑みを咲かせた。 「いつだって俺は、カナちゃんだけのツカサさんだよっ! 独占欲を見せてくれるなんて、すっごく嬉しいっ! 俺の恋人、可愛いなぁっ! 俺の婚約者、世界で一番愛おしいなぁっ! ……ねぇっ、カナちゃんっ! ヤッパリ二人で知らない土地に移住──」 「──目的地は変更なしですっ!」  迂闊なことを言うと、ツカサはすぐにヒートアップしてしまう。  どうやら寸分の狂いもなく、完全に。ツカサは、普段のツカサに戻ったようだった。

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