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カナタは毛布の中に閉じ籠ったまま、ペンギンのぬいぐるみだけを外の世界へと放つ。
「ふっ、ふふふ~っ! 驚いているようじゃのうっ!」
両手でぬいぐるみをしっかりと掴んだまま、カナタは寸胴なフォルムをコミカルに動かした。異様なほどはしゃいでいる様子が、口調も相まって実にマスターらしく見える。
……ちなみに、唐突に始まった人形劇を強制的に観覧することとなったツカサはと言うと。
「……えっ?」
珍しく、露骨なほどの驚愕を顔に張り付けていた。
輝きの無い瞳はキョトンと丸くなり、カナタに向けられる甘い笑顔はピシリと硬直。カナタが包まっている毛布に伸ばした手は、進むことも戻ることもできていなかった。
まさに、静止。ツカサはガチッと動きを止めつつ、恋人の奇行を眺める。
「えっと、カナちゃん? いったい、突然どうしちゃったのかな?」
「ワシは『カナちゃん』ではないのじゃよっ! ワシはペンギンの『ペンちゃん』じゃっ!」
「──あっ、マスター口調だけど女の子の設定なんだ?」
「──そこは問題じゃないのじゃよっ!」
ツカサは手を引っ込め、戸惑いつつもペンギンのぬいぐるみ──命名、ペンちゃんを見た。
……カナタは、自分の力量をきちんと理解している。
経験がないのだから、リンのような百戦錬磨の相談役にはなれない。
器が小さいのだから、ウメのように自信満々な相談役も務まらないだろう。
──しかし、マスターのように明るく元気な相談役にはなれるはず。
マスターという男をオマージュしつつ、カナタはカナタが思う【話しやすい相手】を精一杯演じ、ツカサに寄り添おうとした。……というのが、今回の人形劇に至る経緯なのだが。
──正直、恥ずかしい。カナタの感想は、この一言に尽きた。
それでもカナタはぬいぐるみをピコピコと動かし、毛布の外側にいるツカサとの会話を続行する。
「お主、悩みがあるのじゃろう? 良ければこのワシ、ペンちゃんに話してみてはどうじゃ?」
おそらく既に、ツカサはカナタが奇行に行きついた思考の道筋を把握しているのだろう。……内心で『なんでマスターなんだろう』とは、思っているはずだが。
しかし、状況を把握してしまえばツカサが動揺する理由はない。
「俺、初対面の相手に悩みを話すほどどうかしてるつもりはないんだけど」
途端に、ツカサの発言が【対、カナタ用】ではなく【対、他人用】へと変わる。
当然これはツカサなりにカナタの人形劇に本気で応じているつもりなのだが、カナタからすると大層困る展開だった。
「なっ、なにを言うっ! ワシはずっとお主の部屋でお主を見守っていたではないかっ! すっかり【知り合い】なのじゃよっ!」
「えぇ~、なにそれ迷惑千万だな~? ダメだよ、人のプライバシーを侵害しちゃ」
「えっ、あれっ? なんか、ちょっと腑に落ちない気が……?」
思わず素で返事をしてしまい、カナタは慌ててペンちゃん役に気持ちを切り替える。
「と、とにかく! お主の元気がないと、カナタも心配するぞ! そしてお主が一人で抱えてしまうと悲しくて、悩みを話してくれないとカナタは寂しくて──」
「は? なんでお前がカナちゃんのことを知っているの? カナちゃんと喋ったこともないくせに、知ったような顔をしないでよ。って言うか、他人未満のぬいぐるみなくせに、軽々しくその名前を呼ばないでよね。さすがの俺でも怒るよ?」
「ひっ! ツ、ツカサさん……っ! オレの手首を掴む手が、こっ、怖いです……っ!」
「──あれぇ~っ? カナちゃんの声が聞こえるなぁ~? なんでだろうなぁ~?」
「えっ? ……あっ! うっ、うぅ~っ!」
一度だけ、ツカサは力強くカナタの手首を握った。
しかしカナタが怯えるとすぐに、つい、と。ツカサの冷えた指先が、カナタの手首を優しくなぞったのだ。
確実に、揶揄われている。カナタは毛布の中でパニックに陥りながらも、それでも決してペンギンのぬいぐるみだけは手放さなかった。
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