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① : 3
ツカサと同じように椅子から立ち上がった後、カナタはダイニングを後にしようとした。
「それじゃあ、また後でね」
カナタに、ツカサがそう声をかける。ならば当然、カナタは言葉を返そうとした。
「はい、また──」
そこで、思わず。……カナタは、足も言葉も止めてしまった。
──挨拶を送ったツカサが、手近にあった輪ゴムを手にして。
──髪をまとめながら、その輪ゴムをそっと咥えたのだ。
それは一瞬のことで、特段気に留めるような動きでもない。髪を括るために、輪ゴムを咥えた。……ただ、それだけのことなのだから。
しかしカナタは思わず、足を止めてしまった。挨拶すらも止めて、その姿に見入ってしまったのだ。
髪を括り終えたツカサは、依然として立ち止まっているカナタに気付く。
「……ン? カナちゃん、どうかした?」
「えっ?」
「そんなところで立ち止まっているから、どうしたのかなぁって。……なにか気になることでもある?」
飄々と声をかけるツカサは、輪ゴムで髪を括っているただの美丈夫だ。見惚れる要素は確かにあるが、数秒前ほどではない。
「ツカサさん……髪、結びました、ね……」
「髪? あぁ、そうだね。暑いから、こっちの方が涼しいんだよねぇ」
カナタはドキドキと高鳴る胸に戸惑いつつ、ポツリと呟いた。
「──オレ、今。暑いのが少し、好きになりました……っ」
「──えっ? 今っ? なんでっ?」
突然心変わりをしたカナタに、ツカサは当然驚く。
その声でハッとしたカナタは、慌てて両手を横に振った。
「あっ、いえっ! ごめんなさい、なんでもないですっ!」
「イヤイヤ、気になるよ! そんな大きなきっかけじみたことなんてあったかなっ?」
「本当に、なんでもないですっ! あの、だから、その……シャ、シャワーを浴びてきますねっ!」
「あっ、カナちゃん……っ!」
まるで、逃げるように。カナタはダイニングから飛び出し、着替えを用意するために自室へ駆け込んだ。
バタンと大きな音を立てて扉を閉めた後、カナタは閉じたばかりの扉に背を預け、そのまま自分の頬を両手で触る。
……ツカサから『なんで』と問われても、カナタには答えられなかった。それは『恥ずかしいから』ではなく……。
「──なっ、なんでぇ……っ?」
──カナタ自身も、自分の発言に驚いているからだった。
心臓が騒がしく、体や頬がポカポカと熱い。
しかしそれは暑さからなのか、それとも純粋にカナタ自身が熱くなっているからなのか……。それすらも、カナタ本人にはよく分からなかった。
* * *
それから、数日後。
「──ねぇ、カナちゃんっ! こっちの可愛いワンピースタイプの水着と、こっちのちょっとヒラヒラしたカッコ可愛い海パン、どっちがいいかな? せっかくだからコレを買って一緒にお風呂入ろうよっ。モチロン、俺も水着を用意するからさっ?」
「──絶対に嫌ですっ!」
なぜか水着に対して異様な執着を見せ始めたツカサの熱意を拒否する日々が、カナタの中ではひっそりと始まったのであった。
オマケ①【そんなにアツくさせないで】 了
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