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Q1

 asuma side:prologue    暮れなずむ夕陽の中を、列車が走っていく。ガタゴトガタゴト揺れる車内。乗客は疎ら。  ()()()はその中にあって、両耳から流れ込んでくるリズムの効いた音楽を聴きながら、車窓ごしに時間が経つにつれ変わっていく景色を何となしに見つめていた。  懐かしい感じがする。音楽も、この風景も。  少し前なら、何とも思わなかったに違いない、平凡であって日常である現在に、明日真は目を向ける。  この先に待つのは、明るい未来か。それとも絶望か。  どちらでもいいと思いつつ、どちらかでは嫌だとも思う。  複雑な感情が、音楽で表現されていく。  ——憶えている。  明日真はずっと、この景色を憶えている。  ??? side:rest:wake up  ──誰かが僕を殺した。  廿()()()(きょう)は、地獄の果てから甦った。  理由はただ一つ。自分を殺した相手を見つける為だ。  どうしてか、目が覚めた時。すっぽりと犯人に関する記憶だけが、抜け落ちていた。  自分は殺されたのだと理解しているのに。幽霊として、復活し復讐をする機会を得たというのに、相手のことを何一つ思い出せないのである。その記憶だけないのだ。  しかし、見当はついている。 “彼ら”の内、誰か。  後は、“誰”なのかを探るだけ。  だから接触しようと思う。  ニ〇✖︎✖︎年十一月十一日。二十三時過ぎ。  腕に嵌めている時計は壊れることなく動いている。 「……絶対に、見つける」  深夜。誰もいない山奥で、京は誓った。  * * *  少年が泣いている。  まだ夜明け前のこと。意外にも移動に手間取ってしまった京だが、目的の家にやって来ることができた。  広々としたリビング。そこで暮らしていた時のことが蘇る。  しかし、目的を忘れてはならない。  もしかしたら、今目の前で顔を伏せ、泣いている少年こそが、自分を殺した犯人かもしれないのだ。  ことり。突き進む京の足が何かを蹴ってしまう。 「!」  その音に、少年がびくりと体を震わせた。そして、顔を上げる。 「……──京くん?」  か細い、寂しさをいっぱいに湛えた声音であった。 「(つばさ)」  少年──翼は大きな瞳を更に大きくし、こちらを凝視してくる。信じられないものを見たように。  そうだろう。もう死んでいるのだから。幽霊なのだから。  見えないはずの者が、視えている。 「京くん!」  弾かれるようにして、翼が向かってくる。室内の明かりは一つもなく、暗闇も同然だが、構わず駆け寄ってきては抱きついてくる。  だが、触れられはしない。 「走ったら危ない」 「京くん、本当に京くんだよねっ? もう会えないと思ってたのに……!」 「翼」 「っ、よかったぁ。また会えた」 「翼」  京は名前を呼び続ける。  蘇るのである。昔の、自分が生きていた頃の思い出が。  翼は可愛らしい笑顔が魅力の人物であった。その笑顔が、京の好きなところでもあって。  だが、泣き腫らした愛らしい顔は無惨にも当時の面影をなくし、心が痛んだ。  ──そんな顔をしないでほしい。  内にある犯人を探す、という以前に、彼は親しかった。“彼ら”の誰とも、親しく、好きだった。  ──彼らの誰一人として、犯人だと疑いたくはない。 「翼」 「ん」  京の姿を見て安心したのだろうか。翼がうっとりとした声を出す。  だが、心を鬼にして、京は問う。 「翼。僕を殺したのは、君?」 「……っ」  その瞬間。はっと、息を飲むような。驚いたような表情をした翼が、愕然としたようにこちらを見上げてきた。 「京、くん……? なんで、そんなこと、言うの……?」 「翼、僕、誰かに殺された」 「!? どういうこと!?」 「分からない。だからそれを確かめに来た」 「……」 「翼、どうしてさっき、泣いていたの?」 「……それ、は。もう、京くんに会えないと思って……」 「どうして?」 「どうして、って……」 「翼が犯人?」 「……ぇ」  呆然とした顔をする。それだけは、確かだった。  翼が離れていく。 「京くん、信じてよ。ボクじゃない。ボクは京くんを殺してないよ」 「翼。僕は幽霊だ。何か言うことは?」 「……」  一拍ほどの沈黙後、 「会えてよかった。ボクが一番京くんのこと好きだって、知ってるでしょう?」  翼は涙をぽろりと溢して、そう答えた。  * * *  夜が明けた。  十一月十二日。六時五分を時計の針は示している。  京は家を出、新たな場所へと向かっていた。まだ通勤通学の時間帯ではないらしく、街は静かなままだ。けれど、着実に人々は動き出していて、閑静ながらも、生活音は一秒毎に大きくなっているようだった。  その中を京は悠々と歩き、向かう。  場所は、学校である。  そして──目的の人物を見つけた。 「草介(そうすけ)」 「──どうして貴方がここに……」  生徒が登校してくる前の校舎内。四階、校庭に面している廊下にて。  ()(しろ)草介は、開けられた窓から外を見るようにして佇んでいた。 「草介」 「そう何度も呼ばずとも聞こえています」 「じゃあ、こっち向いて」 「……」  小さな溜め息が聞こえた。  眼鏡で真意を隠した彼は、京の姿を認識した後、見たくないとでも言うように、視線を再び窓の外へと投げたのである。  そんな心情を隠そうともせず、実に嫌そうに、草介がこちらを向く。 「僕が目の前にいて驚いた?」 「……はい。できれば、会いたくありませんでした」 「……」  そんなことを言われるとは思わず、京は目を見開く。先程会った翼は、あんなにも再会を喜んでくれたと言うのに。  あまりにも不服そうな表情をしていたのだろうか。  草介が、不健康そうに笑う。 「そんなに落ち込まないでください。私の言葉一つで……」 「草介」 「はいはい」  子供あやすような返答。諦めたように、ようやく体ごと向き直ってきた。 「驚きました。貴方が私に会いにきてくれるなんて。それに、よく私の居場所が判りましたね?」 「ここは、僕と草介の出会いの場所でしょ」 「……ええ。あの頃は二人とも未熟だった」 「今は?」 「おや。京、貴方は何が言いたいんですか?」 「僕を殺した人を探してる」  言うと、翼とは違い、その表情は変わらなかった。 「何言ってるんですか。殺しただなんて……誰が貴方を?」 「それを探してる」 「ああ……そうですか」  また視線を窓外へ。 「草介、興味ない?」 「そう思いますか?」 「だって、僕の方見ようとしてない」 「……そんな」  くすり、と笑う。 「もしかして、私を疑っているんですか」 「草介、」 「私が? 貴方を?」 「……違うなら違うって言えばいい。それで済む」 「そうですか。では……私は貴方を殺していませんよ」  その時、声が掛けられた。 「──そこの、君。ここの生徒じゃ……ないよね?」  京の背後からだった。反射的に振り返り、全く知らない人だということを確認し、草介を見直す。 「私は、もう生徒ではありませんよ。ただ、思い出す為に」 「困るよ、部外者が勝手に入ってきちゃ。今なら黙ってるから早く帰った帰った!」 「草介」  追い出そうとする声に構わず、京は問う。 「僕は幽霊だ。何か言うことは?」 「……私は、貴方に会いたくありませんでした。私のしたことを、咎められているようで」  彼が横を通り過ぎると共にそう言われた。  * * *  翼には会いたかったと抱きつかれ、草介には会いたくなかったと半ば拒否された。ここまで怪しいのは圧倒的に草介である。話もあまりしたくなさそうだった。終始視線は窓の外に固定されていて、京の方をちっとも気にしていなかった。──見たくない、そう態度が示していた。 「……」  気を取り直して、京は足を進める。言ってしまえば、二人の反応は予想の範疇であったのだ。受け入れられるか、拒絶されるか。どちらかなのだから。しかし、草介がああいう態度だったのは、少々不意を突かれたが。 「()(かげ)」  次に京の足が向いたのは、静寂が場を支配する空間、様々な本が詰め込まれた書棚が整列する図書館であった。  誰もが本を読み、教科書を開いて勉強をする学生もいる中。奥まった、誰にも見つからないような隅っこに、神上(かみじょう)千景はいた。みんなが背を丸めて机と向き合っているというのに、その背はすっと伸び、育ちの良さを窺わせる首筋が京を懐かしい思いにさせる。 「千景」  だが、呼んでも彼は振り向かなかった。誰よりも集中しているのだろうか。机の上には何が広げられているのだろう。真面目な千景のことだから、やはり何かの勉強だろうか。  考えつつ、彼に近づいていく。  広い肩幅を堪能してから、もう一度。 「ねぇ、千景」  そう呼んだ。 「京か」  振り向かぬまま、返答がある。  そこで気付いた。千景は京の存在に気付きながら、無視をしていたのだと。 「千景に無視されるとは思わなかった」 「無視は、していないよ」  そう言って、太めの眉毛をハの字にし、こちらを見る。 「呼んだらちゃんと振り向いてよ」 「はは。京は寂しがり屋だな。だからこんなところにまで来たのか?」 「……僕、死んだんだ」 「本当に?」 「千景が一番知ってるんじゃないの?」 「どうかな。俺はよく分からない」 「どうして?」 「どうして、か。どうしてかな」 「ほら、触れないんだ」  京は千景の逞しい肩に手を伸ばす。が、そこにあるだろう感触は手のひらに伝わってこない。 「うん、確かに触れられてないね」 「さっき、翼と草介にも会ってきた。けど、誰が僕を殺したのか、分からないんだ」 「だから俺のところへ?」 「うん」  頷くと、彼は少し考える素振りをして、机上を指差した。 「見ての通り、俺は勉強をしてて。京のことは何も知らないな」 「……」 「嘘じゃないよ」 「僕、殺されたんだ。それが誰なのか、探してる」 「探してどうするの? 復讐?」 「そうするつもりだけど……」 「うん、復讐、いいね」 「適当じゃない?」 「だって、俺には分からないんだもの。京がどうしてここにいるのか。……俺の前に、現れたのか」  そう言う千景の表情が一瞬曇った。それを見逃さなかった京は、ぐっと彼の顔を覗き込んで強く言った。 「僕は幽霊だ。何か言うことはある?」 「……」 「千景」 「そんなふうに俺を呼ばないでくれ。俺が、悪かったから。俺が、手にしちゃいけないものだった。だからバチが当たったんだ」 「天罰なら僕が与えてやる。誰が僕を殺したか、知ってるなら答えて」 「ごめん、京」  千景の目が、京を見なかったことにする。 「俺、勉強をしなくちゃ」  * * *  自然と京の両足は、図書館とは正反対の空気が漂う場所に向いていた。公園である。もう少しすれば時計は十二時を指そうとしているが、公園は子供達で賑わっている。近くの幼稚園に通う園児なのだろう。揃いのスモッグを身につけ、元気に走り回っている。  その隅に、彼はいた。 「……」  何も言わず近付き、隣に座ってみる。  彼は、木製のベンチに座って、周囲を眺めるでもなく、ただ地面と睨めっこをしているのだ。そのせいか、なかなか京のことに気付かない。 「……」  ふと、なんとなく、彼の横が居心地良いと感じる。早く話さなくてはと思うのに、その妙な安らぎが京を黙らせた。 「……」  確か、以前もそうだったと思い出す。この青年の隣は、案外居心地が良く、ついうとうとと眠ってしまう。  ──愛おしかった。  抱いている感情を表すならば、それが一番近しかった。 「──おれのせい、かもしれない。ああなったのは、おれのせい……」 「!」  そんな呟きが聞こえ、京は我に返った。彼の肩に傾きかけていた頭を垂直に戻し、彼の顔を視界に入れる。 「歩人(あると)」 「うわ!」  ()(がわ)歩人は、大仰に驚いて見せ、ベンチからひっくり返るようにして落ちた。 「な、なっ、なんでキョウがここに?!」 「歩人」 「う、うん、聞こえてるよ。……キョウ」  驚愕な表情から一転、しゅんと項垂れて、親に叱られた小さな子のようにその身を縮める。 「キョウ、ごめんなさい。おれのせいで……」 「歩人は、どうして僕がここにいるのか、分かっているの?」 「うん。分かるよ。おれを責めにきたんでしょ? 全部、おれのせいだから」  そう言って立ち上がり、歩人は腰を折って頭を深く下げた。 「ごめん、キョウ。ごめんなさい」 「……そんなに歩人は悪いことをしたの?」  自分の声が、妙に浮ついて聞こえる。彼がどうして謝っているのか。どうしてそこまで申し訳なさそうなのか。考えていることが正しければ、それは恐ろしいことだ。 「僕は、殺されたんだ」 「ごめんなさい」 「……歩人が犯人?」 「ごめん、キョウ……おれは、……おれは……みんなを巻き込んで……っ」 「歩人」  ──ああ、触れられたら。  幼子のように、今にも声を上げて泣き出してしまいそうな年下の歩人の手を取って、隣に座らせることができるのに。  京にはそれができない。触れられない、歩人に。  だから、代わりに問う。……もう、答えは決まっているようなものだったが。 「僕は幽霊だ。何か言うことはある?」 「ごめんなさい、キョウ。許して」  彼は謝るばかりで、何に対しての謝罪なのかを一向に口にしてくれなかった。まるで壊れたおもちゃのように、ただただ、ごめんなさいとだけ繰り返していた。  * * *  謝ることしかしない歩人の元から離れ、京は喧騒の只中にいた。客を呼び込む声、既に酔っ払っている男の声。時間が経つにつれて騒がしさを増していく街で、京はある店に入った。刻々と夜が近付いてくる夕暮れ、店内はまだ閑散とし、比較的緩やかな時が流れている。  そこに、鈴木(すずき)(けい)はいた。外見的要素、人格的にも鈴木という名字が似合わない男は、豪奢な店内の片隅──そこが彼の定位置──に一人で座っている。好きな女を侍らすこともせず、何を考えているのか、じっとどこか一点を見つめている。  そこへ、京は近付いていく。内心はなんとなく不満だ。彼は、女を口説くのが生き甲斐というような人物であったが、常に“そういう”お店が彼の入り浸る場所なのだと思うと、複雑だった。 「馨」  それでも声はかける。目的を忘れてはならない。自分を殺した人物を探さなくては。これまでに会った彼らと、これから会う彼らの中に犯人がいるのだから。 「馨」  もう一度呼ぶと、 「……あ?」  華やかな外見に反して、その魅惑的な唇から出てきた声音は、相当機嫌が悪いと窺い知れるものであった。 「馨、こんなところで何してるの」  だからだろう。思わずそう問うてしまう。 「京こそ……なんで? え……夢、見てる? オレ」 「夢じゃないよ。現実」 「え? ……じゃあ……なんで京がここにいるの?」 「探しに来た」 「誰を?」 「僕を殺した人」 「……」 「びっくり、してる?」  これまでとは違い、反応がよく分からなかった。驚いたり、拒絶したり。反応は様々で、見て知ることができた。目の前の人物が今、どんな気持ちでいるのか。  だが、馨の感情は全く分からない。……ずっと、そうだったろうか? 「京が、オレの前に現れるとは思わなかった。京は、やっぱり、死んだんだ?」 「知ってるの?」 「……知らないわけないだろ」 「犯人は、馨? 馨が僕を殺した?」 「逆に、オレが殺すと思うの? 犯人なら別にいるだろ」 「……」 「なに、疑ってんの?」  は、と軽く笑い、馨は自嘲げに呟く。 「オレの気持ち、あんま伝わってなかったのな」 「馨、」 「京。オレ、悲しいよ。オマエに会えなくて、[[rb:寂> さび]]しい」 「……」 「あ。こんなこと京は言われ慣れてるっけ。それに京が一番に会いに来てくれるわけないし。……一番は、翼だろ?」 「……」 「はい、ビンゴ。オレって天才」  はは、と、また笑う。しかし、そんな笑いが馨の笑い方ではなかった。もっと、子供っぽく──。 「なぁ、京。どうしてオマエが死んじゃったわけ? オレは助けたつもりなのに」 「助けた? 僕は、馨に助けられたのか?」 「……死んだんなら、助けられてねぇよ」 「馨」 「触れない」  不意に、手が伸びてきて、京の頬辺りを撫でてくる。が、無論、感触はない。 「つまり、そういうこと」 「……」 「は。ウケる」 「僕は、幽霊だ。何か、言うことはある?」  そう言うと、馨は長い前髪の間から京を見つめ、ぐっと顔を近付け、耳元で囁いてきた。 「オレも、もう少ししたら幽霊になるよ」  * * *  馨の言葉に、なんだか怖くなってしまって、京はその店を足早に出た。馨をそのままにしておくのは気になったが、幽霊の自分にできることはなかった。それに、京が側にいると、彼の気分もより落ち込むようであったから、仕方ないことでもあろう。  それ故、気分が沈み込んでしまい、犯人捜索も中断してしまった。  すっかり陽も沈み込み、京は喧騒の中から抜け出して、歩人がいた公園へ戻ってきていた。だが、歩人の姿は既にない。謝り倒すだけの歩人でも、彼の側は居心地がいいのだ、いてくれれば良かったのにと思うものの、その思いは届かない。他人の人影もなかった。 「……」  涼しい風が京を撫でていく。風は感じるのに、どうして馨達には触れられないのだろう。京はここにいて、そこにいないからだろうか? 馨達とは、住む世界が違うからだろうか。  そうならば、それはとても寂しいことだ。馨が言っていたように。 「……僕も……寂しい」  ──誰かに抱き締められたい。京の心は、彼らに会うにつれ、弱っていくようだった。  * * *  残りの一人。  (はす)()(れん)の居場所。きっとあの場だろうと京は今まで通り当たりを付けて最寄りの駅前から少し離れた、高層ホテルの前までやって来た。芸能人も多く利用すると噂にもなっている。  そこへ入っていき、エントランスを見渡して、エレベーターを見つける。ちょうど扉が開いたところで、難なく目的地に向かうことができた。  六◯六号室。彼はそこにいる。  真っ暗な部屋で、一人がけソファに座っていた。 「漣」  呼びかけると、びくりと肩が震え、 「──京?」  こちらを見てもいないのに、京が誰なのかを認識する。……それが、すごく嬉しかった。 「漣」  だから自ずと、そう呼ぶ声が甘くなる。 「京」  重たそうな、長い髪を纏った頭が動き、意志の弱い瞳が京を捉える。 「どうしてこんな、ところに? 俺には、会いたくないでしょう?」 「なんで?」 「だって、君に酷いことをしたから」 「僕は、憶えていない」  そう言い近付いて、腕置きに腰掛ける。 「こうなったのは、俺への罰だ」 「漣は……僕が死んだこと、知ってるんだ」 「やっぱり死んでしまったんだね……京、」 「漣、漣が犯人なのか?」 「犯人でいい、これは俺への罰だ。俺が、ちゃんと罪を償えば……」 「漣。僕さ」  彼の長い髪に触れる。さらさらと艶やかな銀色の髪は、京の指に絡まってくれない。この髪の感触が、京は好きだったのに。 「僕、悲しい」 「京……」 「みんなに会ってきた。反応は色々だったけど、僕は……悲しいんだよ。誰が僕を殺したのか知りたい。どうして殺されたのか、知りたいんだ。漣。僕は幽霊だ。何か言うことはある?」 「……すまない、京。俺のことは、呪い殺してくれて構わない」 「……」 「けど」  続いた言葉に、京は少なからず驚いてしまった。 「歩人達には、手を出さないでほしい」  * * *  ホテルを出ると、雨が降っていた。さて、ここに来るまで雨は降っていたのか。  考えても答えが出ないほど、京の意識は別のところへと向いていた。  幽霊として蘇って、仲間達のところに聞きに行った。犯人は誰だ、と。  みんなを疑いたくない。けれど、彼らは何かを知っている。何を隠しているのだろうか。  ふと、雨が止む。 「──お前、こんなところで何やってんだ?」  新たな人物の登場である。  止んだと思っていた雨は降り続けていた。だんだんとその雨脚を激しくし、鼓膜を劈く。  だが、その男の声は、いとも容易く雨音の中を通り抜け、京の両耳に届いた。雨が止んだと思ったのは、彼が差している傘の半分が京にかかっていたからだったらしい。 「……」 「えっと、名前は確か……すっげぇ読み辛い苗字だったよな、なんだっけ。……あー……あ、そうだ、きょう。お前、京、だろ?」 「……あんたは、ハネト」 「羽本秋(はねもとしゅう)な。何してんだよ、こんなとこで」 「こんなところ?」 「そうだよ。いい男が雨に打たれてるのが絵になるのはテレビの中だけだぜ。傘も差さないでこんなところに突っ立ってたら営業妨害もいいところだろ」 「……そう」  傘の下にあり、意外にも近くにある羽本秋の顔を見つめる。夜闇に紛れるような黒髪は長いようで、後ろで一括りにされている。何度か顔を合わしたぐらいで特に親しいわけではない。初めて眼鏡を掛けている姿を見た。 「どうして僕が見えるの?」 「あ? どういう意味」 「僕は幽霊だ」 「……」  次の瞬間、 「あははははっ! なんだそれ、面白い冗談にも程があるぞ!? はは、幽霊? お前が? 殺しても死にそうにないお前が……幽霊!」  羽本は爆笑したのだった。  いきなり笑い出した羽本に、近くにいた人間は何事かと視線を送ってくる。  一人で大笑いしていれば、不審な目で見られるだろう。  だが、彼はどうして他人の視線を集めているのか、理解していない。 「で? 本当の理由はなんだよ。お前が女遊びに躍起になってるって噂も知らねぇし……まさか、ここが京の寝床か?」 「ハネト」 「だから今は羽本秋だって、」 「僕、死んだんだ」 「は?」 「誰かに殺されて、幽霊になった」 「……」  二人の間に沈黙が下りる。  やがて、その静寂さに我慢できなくなったとでも言うように、丸眼鏡姿の羽本が吹き出して笑った。 「ぷはっ、何言ってんだよ。お前ってそんな面白い奴だったか? 俺の記憶が正しければ、お前は仲間の影に隠れるようにして普段はいた気がするが……」 「本当だ」 「……」  食い下がる京に、彼が溜め息を吐く。 「じゃあ」  と言って、傘を持っている手とは逆の手を伸ばしてきて、京の手に触れてくる。 「こうして触れるのは、どう説明する? 俺は、幽霊は実体を持たないものだって思ってるんだけど」 「……っ」  右手を目の高さまで持ち上げられ、眼前で指を絡めるように握られてしまう。 「……」  感触があった。握られている、という感覚。羽本の、見た目とは違い、ごつごつとした男らしい手を感じる。 「ハネトも、僕に触れてる感触がある?」 「はぁ、何度言っても分かんねぇのな。俺は仕事とプライベートはきっちり分けたい派なのに。……そうだ、そうだよ。俺はお前に触れてる。お前だって俺の手を感じてるだろ?」 「うん」 「じゃあ幽霊じゃないじゃん」 「でも、僕は本当に死んでて……蘇ったんだ」 「あの世から?」 「うん」  また溜め息。 「あの世に行ったら、蘇ることなんてできねぇよ」 「……」 「三途の河を渡ったら、もう生きてる俺には会えない」 「……これを見たら、どう?」  京は掲げられたままの右手首を見せる。そこには、痛々しい、赤黒い幅一センチほどの線がぐるりと一周している。羽本が見たのを確認し、今度は襟元を寛げる。 「それ……」  それを見て彼は言葉を失ったようだ。 “予想”が当たったことを知って、京は薄く笑った。 「僕は抵抗できないように手を縛られて、首を絞められて殺されたんだ」 「……」 「犯人は、仲間のうちの誰か」 「仲間って、お前んとこの?」 「うん」 「“うん”ってよ……」 「だから聞いてきた。犯人は誰? って」 「どうだったんだよ」  京は首を振る。 「わからない」 「分からない?」 「誰が僕を殺したのか……話しただけじゃわからなかった」 「……噂、がある」  慎重な口調で、羽本が言った。 「廿九日京は、既に死んでいる──」 「ふふ、今、僕の苗字思い出したのか?」 「うっせ。……その噂が本当だとして……もう一つ、恨みを買って殺されたとも言われてる」 「ハネトは噂好きなんだ」 「お前は、一体どうして殺されるに至った?」 「わからない。僕は、僕を殺したのが仲間の誰かであることしか思い出せない」 「……触れる幽霊」  呟き、ぎゅっぎゅっと手を握ってくる羽本。  拍車をかけて、妙な光景だろう。  このままでは彼が可哀想だと思い、京は離れることにした。 「じゃあ、またね」  指を解き、傘の下から抜け出す。  刹那、 「わ」 「ちょっと待て」  腕をぐっと掴まれ、体が斜めになった。とん、と羽本とぶつかる。  ……本当に、彼だけには触れるのだ。泣いている翼を慰めることも、歩人に抱きつくことも、漣の髪を梳くこともできなかったというのに。 「犯人を探すんじゃなくて、協力してくれる奴を見つけろ」 「え」 「仲間の中に犯人がいる。六分の一だ。だったら、協力してくれる奴を見つけた方が早い」 「協力……」 「そうだ。確か、お前はメンバーの誰かと付き合ってきたんじゃないかって噂があった。噂になるぐらい親しかったんなら、今だって協力してくれるだろ?」  羽本の、意外にも真剣な瞳を見つめる。 「……そう、かも。うん」  京は、自分の内側に歓喜が湧き起こるのを感じた。  ずっと、犯人を探さなくてはと思っていた。疑いたくない仲間であっても、彼らのうち誰かだ自分を殺したのは事実で、そのつもりで話を聞きに行った。何故か、彼らは京がいるだろうと思うところにいて……思わず寂しくなって、心が折れるところであったが。  そう、協力してくれる人物を探す方が、いい。断然。 「ありがとう、ハネト。あんたって実はいい奴だったんだ」 「今更知ったのか?」 「じゃあね」 「なぁ」  早く協力してくれる仲間を探しに行きたいのに、羽本が呼び止め続けてくる。 「なに」 「キュウ、お前が本当に好きだったのは誰だ?」

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